黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

色無き世界の色男

 当ブログでは前回ジャンプ二大ヤンキー漫画の1つ、「BØY」の作者である梅沢勇人(梅澤春人)の作品を紹介した。ならば、二大ヤンキー漫画のもう1つ、「ろくでなしBLUES」の作者である森田まさのり作品を紹介するのが筋であろう

 …と言いたいところだが、残念ながら森田まさのりがジャンプで連載した作品は前述「ろくでなしBLUES」の他に「ROOKIES」、「べしゃり暮らし」と残念ながら短期終了作品は存在しない(「べしゃり暮らし」はジャンプ連載分だけなら短期終了作品とも言えるが)。いや、作者からすれば残念でも何でもないのだが

 なので、今回は代わりに森田まさのりのアシスタントであった作者によるこの作品を紹介したい

 

 原色超人PAINTMAN(93年14号~25号)

 おおた文彦

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作者自画像

 本作品の連載当時は作者が森田まさのりのアシスタントだったという事を知らなかったので見比べようなどと思わなかったが、改めて師弟の画を見比べてみると作者の方は当時デビューして間もないという事もあってタッチはかなり粗い。が、顔の陰影のつけ方や、口を開けた時に下唇が突き出るような感じなどに師の影響が見て取れる

 作者は90年に高校卒業後、森田まさのりのアシスタントとなる。因みに森田まさのりとは同郷(滋賀県)の上、単行本1巻に寄せられた同氏のコメントによると恩師も一緒だったというが、出身校まで一緒だったのかは残念ながら調べてもわからなかった。尚、同門には以前当ブログで紹介した「神光援団紳士録」の岩田康照もいる

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 その後91年に「ペイントマン」でホップ☆ステップ賞佳作受賞、翌92年増刊スプリングスペシャルに掲載されてデビューを飾る。同年サマースペシャルに設定を引き継ぎ題名を少しだけ変えた「原色超人ペイントマン」を掲載、それが連載化にあたりペイントマンをPAINTMANと英語つづりに変えて93年14号から開始されたのが本作品だ

 そんな本作品は、新米の小学校教師である一色彩人が、ドゥ・トゥーン・ボーリ星の王子であるクィン・ダ・ウォーレⅡ世から授けられた超人原色でペイントマンに変身し、クィンを追って地球にやってきたケェアニ・ド・ルァークの一族と生徒たち及び地球を守るために戦う変身ヒーロー漫画である

 ドゥ・トゥーン・ボーリやらクィン・ダ・オーレやら語感の悪いカタカナが出てきて戸惑った人もいるかもしれないが、落ち着いてよく見て欲しい。何の事は無い、道頓堀に食い倒れ、かに道楽と関西由来の名前をもじっただけである。作中には他にもアディ・グル・スーだのジャ・ロートァ・イーグだのが出てくるのだが、これらも元ネタがあるのだろうか。あいにく私は関西に縁が薄いのでわからない

 ところで、ジャンプの黄金期において生徒たちを守る為に戦うといえば「地獄先生ぬ~べ~」を、地球を守る為に戦う変身ヒーローといえば「とっても!ラッキーマン」を連想する人も多いだろうし、その中には本作品を両者からパクっていいとこどりをしようとした作品と思ってしまう人もいるかもしれない。が、本作品の方が先に連載が開始されているので誤解なきよう。むしろ両者の方が本作品からパクったのかもしれない…いや、ないか

 そんな本作品の一番の特徴は、ペイントマンの名前の通り、彩人が赤、青、黄という三色の超人原色を体に塗る事によって変身する事だ。この超人原色は、赤は空中飛行、青は筋肉超増強、黄は五感超進化、と塗る色によってそれぞれ異なる能力が得られる。加えて、色を混ぜる事で更に強力な能力、例えば青と黄を混ぜて緑にする事によって武装変形の能力が得られるという風に、色の特性を生かしたギミックがあってなかなか面白いアイデアである

 のだが、ここで問題が1つある。ジャンプは、いや、ジャンプに限らず漫画というものは基本的に白黒で描かれるものだという事だ。その結果、色を塗る、色を混ぜるという本作品の肝であり見どころでもあるシーンが何色なのか視覚的にわからないという残念な事になってしまったのである

 この問題は読切の段階で気付いてもよさそうなものだが、作者や編集者はどう考えていたのだろうか。デビューする事に必死で見落としていたのか、それとも気付いていたけど読切が好評だったから大した問題ではないと高を括ったのか

 いずれにしてもいくら読切で好評だったからといって連載でもそうだとは限らない。何せ他の連載陣も皆、読切で好評を博して連載を勝ち取った作品であり、今度はその中で争わなければならないのだから。そして各作品がそれぞれの特色を出してなんとか連載存続を図る中、白黒な為に特色を充分に出せなかった本作品は、当時誌面で「キン肉マン」のオリジナル超人募集のように読者から怪人を募集したにもかかわらず、結局作品に登場させる事の無いまま僅か11話にして終了してしまったのであった

 

 

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 本作品の終了後、作者は二度とジャンプ作品が掲載される事も無く、話によると再び森田まさのりのアシスタントに戻ったという。一方、皮肉な事に本作品の終了後僅か数カ月のうちに「とっても!ラッキーマン」(同年35号)、「地獄先生ぬ~べ~」(同年38号)の連載が開始され、共にアニメ化されるほどのヒット作となってしまう。それを見て作者は一体何を思ったであろうか

あの人気作品との共通点は

 突然だが、あなたはヤンキー漫画と言えば何を思い浮かべるだろうか?

 「BE-BOP-HIGHSCHOOL」、「疾風伝説 特攻の拓」、「今日から俺は」、「カメレオン」等々、80年代から90年代にかけてはヒットしたヤンキー漫画が各誌で数多く誕生した為、思いつくタイトルは人によって千差万別だと思う。が、ここに「ジャンプで」という前置きをつけたならば、思い浮かべるタイトルは2つしかないのではなかろうか

 その2つとは勿論「ろくでなしBLUES」と「BØY」である

 どちらも長い事連載が続いたジャンプの二大ヤンキー漫画と言えるのだが、私個人の意見としてとしては悪役のキャラが本当にクズみたいなのが多く、それを晴矢がぶっ飛ばすという単純な構造で爽快感のある「BØY」の方が好みで、単行本も購入していたものだ。…後半になるにつれ悪役キャラの悪事がインフレして、いくら漫画だとしても洒落にならん重犯罪レベルまでになったのにドン引きして途中で購入を止めてしまったが

 

 そんな訳で今回紹介するのはそんな「BØY」の作者によるこの作品である

 

 酒吞☆ドージ(90年15号~30号)

 梅沢勇人

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作者自画像

 まず触れるべきはペンネームだろう。梅「澤」「春」人ではなく梅「沢」「勇」人。もっと厳密に言うなら現ペンネームは梅の旁の部分が「毎」ではなく「每」と書く旧字体なのだが、変換方法がわからなかったので不本意ながらそのままにしておいた。ところでWikipediaには旧ペンネームは「うめざわまさと」と読むと書いてあるのだが、ソースは何処なんだろうか? 少なくとも単行本の奥付には©Hayato Umezawaと書いてあるのだが

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画像は荒いが頭文字がMではなくHなのはわかるだろう

 作者は北条司に師事し、88年に「南方遊伝」がホップ☆ステップ賞入選、同年増刊サマースペシャルに掲載されてデビュー。同年オータムスペシャルにも「炎のマリア」を掲載している。89年スプリングスペシャルには「南方遊伝 初戀地獄編」が掲載。因みに作者はこのタイトルに思い入れがあるのか、ジャンプが653万部という発行部数記録を打ち立てた95年3・4号でも設定を少し変え、タイトルも「NANPO U DEN」とローマ字に変えた読切を、当時連載中であった「BØY」と共に掲載している

 

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 その後同年サマースペシャルに掲載された「酒吞ドージ」が同年39号に掲載されて本誌初登場を飾ると、これが連載化されて翌90年15号から開始されたのが本作品である

 さて、作者の漫画と言えば上に挙げた「BØY」以外にも「無頼男」、更にヤングジャンプに移ってからの「カウンタック」と、現代が舞台でやんちゃな男どもが沢山出てくる作品が多いというイメージだが、本作品はタイトルと単行本のカバーイラストからしてそんな作品ではない事は想像がつくだろう。そう、本作品は大江山酒呑童子伝説をモチーフにした物語である

 作者のイメージからはかけ離れているかもしれないが、実は古史古伝をモチーフにしたものは本作品だけではない。デビュー作である「南方遊伝」は西遊記を、「炎のマリア」はジャンヌダルクをそれぞれモチーフにしたもので、この時期の作者の常套手段であったのだ

 ただし、あくまでモチーフとしただけで内容の方は元ネタとはだいぶ違う。「南方遊伝」は三蔵法師の三代目と孫悟空の孫娘の恋話であるし、「炎のマリア」はジャンヌダルクが火刑に処された後、神の導きによって異世界を渡り歩くという内容で、設定にフレーバーが感じられる程度の全く別の話と言ってしまってもいい作品になっている

 そして勿論、本作品にも大胆なアレンジが加えられている。共通点は名前と酒が好きという所くらいで、舞台は大江山どころか日本ですらないし、時代も酒吞童子がいたとされる平安時代でもなければ現代でもない。主人公のドージが妹のシズカ、ダビンチ星人のポンと共に星から星へと渡り歩くというSF漫画なのである

 基本的な話の流れは、酒を飲むほどに酔うほどに力をまし、その手で惑星をも破壊できるという伝説の超戦士である酒吞星人のドージが行く先々で酒を飲んでは悪事を働く。のではなく、逆に悪事を働く連中をぶちのめすというものであり、ぶちのめされる連中は善人を虐げる下衆ばかりと、時代劇のような非常にわかり易い勧善懲悪ものになっている

 こういった特徴は作者の代表作である「BØY」とも共通しており、まさに私好みの展開である。加えて言うならば、本作品は別のある作品とも共通したものがあったりする

 その作品とは黄金期ジャンプの大看板の「DRAGONBALL」だ

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 伝説の超戦士という酒吞星人の肩書はサイヤ人と近いものがあるし、それに何といっても「DRAGONBALL」もまた主人公の名前が孫悟空というところからもわかるように元々は古史古伝西遊記をモチーフにした作品なのである

 作者の代表作である「BØY」だけでなく「DRAGONBALL」とも共通したものを持っているとあれば本作品もヒットする素地は充分にあると言っても過言ではない。…いや、過言だった

 なにせ「DRAGONBALL」は如意棒や筋斗雲といった西遊記由来のものは早々にぶん投げてしまっているし、サイヤ人の設定もそこまでオリジナリティのあるものではなく、そこが共通していたところでヒットする程ジャンプは甘くないし、そもそもSFはジャンプの読者層にはウケが悪い。更に間が悪い事に、本作品の連載時はちょうどサイヤ人にスポットが当たるフリーザ編の真っ最中で大盛り上がりとあっては連載デビューしたてでまだ画力も話作りも未熟な作品に注目する読者は少ない。結局本作品は「DRAGONBALL」との類似点を指摘される事すら無く15話で終了してしまったのであった

 

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ジョジョの奇妙な冒険のルーツ

 本日発売のウルトラジャンプ9月号で荒木飛呂彦が描く「ジョジョの奇妙な冒険」(以下「ジョジョ」)Part8こと「ジョジョリオン」が完結する。と言ってもシリーズ自体が完結する訳では無く、「JOJOLANDS(仮)」という新章が始まるとの事で、胸をなでおろした人もいるだろうし、やっぱりかと思った人もいるだろう。ジャンプの黄金期が終焉を迎えて早や二十五年、黄金期を彩った作品が皆連載を終える中、連載中断や掲載誌の変更がありながらも未だ連載が続いている「ジョジョ」は、黄金期唯一の生き残り、言わば生きる伝説である。…厳密に言うなら「BASTARD‼ 暗黒の破壊神」はまだ連載中断扱いだが、どうせほぼ息していないし

 今回はそれを記念して荒木飛呂彦によるこの作品を紹介したい

 

 魔少年ビーティー(83年42号~51号)

 荒木飛呂彦

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画像は文庫版

 作者は80年に荒木利之名義の「武装ポーカー」で手塚賞準入選、81年1号に掲載されてデビューにして本誌初登場を飾る。同年に増刊で読切作品の「アウトロー・マン」と「バージニアによろしく」を掲載、82年にはフレッシュジャンプ12月号で読切作品の「魔少年ビーティー」が掲載、それが連載化されて83年42号から開始したのが本作品である

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読切版「ビーティー」と「バージニアによろしく」はこちらの短編集に収録されている

 そんな本作品は社会的ダイナマイト一触即発的良心罪悪感ゼロ的猛毒セリフ的悪魔的計算頭脳的今世紀最大的犯罪少年であるビーティーが巻き起こしたり巻き込まれたりした身も心も凍りつくエピソードを描いたサイコホラーである。…なんだ、その修飾過剰でやたら的が多い形容詞は、とお思いの人もいるかもしれないが、これは私の言葉ではなく作中で言及されている言葉なのであしからず

 ところで、このビーティーという名前は本名でなくイニシャルである。余談だが、当時の私はイニシャルという概念が理解出来ない程に幼くて、ビーティーではなくてビューティー、つまり美少年という事だなと誤解していた。更に余談を重ねると、ビーティーの本名は作中では明らかにされていないが、作者が語るところによるとBuichi Terasawa、つまり「コブラ」の作者である寺沢武一から取ったという事である。が、この手の話は、「キン肉マン」の作者のゆでたまごというペンネームの内訳は嶋田隆司が「ゆでたま」で中井義則が「ご」だという話と同様、冗談半分で語られている場合が多いのであまり信用しない方がいい

 さておき、本作品は「ジョジョ」とは違って、登場するキャラ達は波紋や幽波紋、その他超常的な能力を何も持たない一般人であるし、舞台も特別なところはない普通の現代日本である。そしてビーティーはそんな中でもフィジカルでは大人はおろか同級生にすら劣っている、なんて言うと本作品は「ジョジョ」とはまるで違う作品のように感じるかもしれない。それはある意味では正しいが、ある意味では正しくない。確かに本作品を読んで受ける印象で「ジョジョ」に似ているところは絵柄くらいしか無いように感じられる。しかし、ある面に注目してみると、本作品は間違いなく「ジョジョ」と共通した面を持ち、そのルーツになった作品だと言えよう

 フィジカルに劣るビーティーは敵対する相手とまともにやりあってはとても敵わない。そこで手品のトリックを利用したり、言葉を巧みに操ったりして相手を陥れるのだが、こういう頭脳を駆使して精神に揺さぶりをかけるやりとりは「ジョジョ」Part2の主人公であるジョセフの常套手段であり、他にもPart3の人気エピソードの1つであるダービーとのギャンブル勝負などに見られ、間違いなく本作品から受け継がれている要素である

 受け継がれているものは他にもある。ビーティーはタイトルに魔少年とあるように、恐竜の化石を盗もうとデパートに侵入したり、敵対した相手には向こうに非があるとは言え容赦なく叩きのめしたうえに財布を失敬したりと悪事を働く事に躊躇が無い、というよりは悪い事をしているという意識すら感じられない。おかげで編集部のウケが悪く、人を説得させたら右に出る者はない、と作者が評する担当編集者の椛島良介ですら本作品の連載化を認めさせるのに大変苦労をしたという

 こういった悪魔的性格は「ジョジョ」シリーズにおけるディオなど、毎朝パンを食べるように悪事を行うような魅力的な悪役に受け継がれている。と同時にビーティーは確固とした信念を持ち、自分より親友の麦刈公一に危害が与えられる事の方により怒りを感じるという友情に厚いところもあるという、(作品ではなくキャラとしての)歴代のジョジョに相通じる面もある。言わばビーティーはディオのルーツであると同時にジョジョのルーツでもあるのだ

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ビジュアル面でもディオと共通した雰囲気が感じられる

 しかし、あくまでルーツはルーツに過ぎず、本作品は「ジョジョ」ではない。ビーティーは悪役と主人公の両方の性格を持ち合わせているのでその魅力が倍増とはいかず、両方の魅力を打ち消しあってしまい、結果、善悪の区別がつかない小賢しいガキになってしまった

 また、頭脳戦は確かに「ジョジョ」の魅力の1つではあるが、それは肉体及び能力を使用した派手なバトルの合間に行われるからこそ魅力が際立つのであり、そればかりだと見た目も地味で飽きてしまう。ましてや本作品は相手がナチかぶれのイカレたオッサンとか、妄想癖のあるサイコパスな警備員とかしょぼい連中で、キャラとしての魅力も皆無である。ようやく最終エピソードでビーティーを一度は負かすような好敵手が出てきてアンケート結果も良かったというが時既に遅し、元々編集部のウケが悪かった事もあり、その頃には連載終了が決定していて本作品は僅か10回でその幕を閉じたのであった

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ジャンプで一番激しいバトルは

 本日8月10日は、ジャンプの黄金期を彩った漫画家の1人である山根和俊の誕生日である。などと周知の事実のように言ってみたが、もしかすると中には「誰だよ、山根和俊って?」と思っている人も少なからずいるかもしれない。だが、そんな人も作品名と単行本のカバーを見れば思い出すのではないだろうか。…まあ、思い出せなくてもどうせ紹介するから問題ないし

 という訳で今回紹介するのはこの作品だ

 

 超弩級戦士ジャスティス(93年48号~94年11号)

 山根和俊

 

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カバーの下にはスタッフクレジットが

 作者は89年「BERSERK」でホップ☆ステップ賞佳作を受賞。翌90年に「KILL BLADE」が増刊スプリングスペシャルに掲載されてデビュー、同年サマースペシャルにも「SCORPIO」が掲載される

 また、この頃に萩原一至のアシスタントを務めるとともにアルバイトとしてウルフチームというゲームメーカーで働いており、同社の数々の作品のキャラクタデザインを担当したという。そしてその内の1つである「エル・ヴィエント」が91年にゲーム誌の「BEEPメガドライブ」でコミカライズされる事になり、これが連載デビュー作となる(名義は上野哲也)

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画像はBEEPメガドライブの前身であるBEEP(復刻版)

 ジャンプ関連に話を戻すと91年にジャンプノベルで第1回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞入選作である定金伸治の「ジハード」の挿絵を担当、翌92年には増刊オータムスペシャルからコミカライズも手掛けるようになる。そして93年30号「魔剣戦記DEICIDE」で本誌デビューを飾ると、同年48号から本作品で連載を開始する事となったのであった

 そんな本作品は、生きている剣である斬魔刀の使い手であるジャスティスが、人類を滅ぼして地球移住を目論むネクロシスとの戦いに身を投じるバトル漫画である

 ところで、本作品の単行本カバーを見て、作者がアシスタントを務めた萩原一至の「BASTARD‼ 暗黒の破壊神」(以下「BASTARD‼」)を思い浮かべた方もいる事だろう。主人公であるジャスティスの長い金髪につり目という外見的特徴は「BASTARD‼」の主人公であるダーク・シュナイダーと一緒であるし、画のタッチも師弟である故か似た雰囲気がある

 共通点は他にもある。そもそも剣と魔法のファンタジーというテーマからして「BASTARD‼」と一緒だし、女性キャラがやたら露出度が高いのも一緒、決めの場面でのアメコミのようなハッタリの効いた演出もまるで「BASTARD‼」を見ているようで、師である萩原一至の影響は隠れようがない

 だからといって、私は本作品を「BASTARD‼」のパクりなどと言う気はない。確かに「BASTARD‼」との共通点も多いのでそう思ってしまうのもわからないでもないが、読んでみるとそれと同じくらい相違点も見つけられるからだ

 まず物語の舞台からして違う。「BASTARD‼」の舞台はベタベタなファンタジー世界で、登場するキャラも如何にもな格好をしているのが多いのに対し、本作品の舞台は現代に近い世界で魔法の要素は薄く、普通にヘリコプターとか銃も出てくるし主人公のジャスティスも革ジャンにホワイトジーンズ姿でバイクに乗っていたりする

 中でも一番の違いは主人公だろう。両作品の主人公の見た目が似ている事は前述したが、中身の方はまるで違う。「BASTARD‼」の主人公であるダーク・シュナイダーは、所謂剣と魔法のファンタジーにおいては主人公になる事が少なくむしろ悪役になりがちな魔術師であり、性格面を見ると残忍で傲岸、おまけに世界征服を目論んでいるという悪役じみた、というかまんま悪役な設定である

 一方、本作品の主人公であるジャスティスの方は、単行本のカバーでも剣を持ってポーズを決めている事からわかるようにバリバリの剣士であり、性格の方も正義を意味する名前そのまんまに正義の心を持った熱血漢と、典型的なジャンプの主人公キャラとなっている

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刀より銃の方が似合いそうな格好だ

 以上の相違によって「BASTARD‼」は一見王道のヒロイックファンタジーのようで、実はアンチヒーローのダークファンタジーになっているのに対し、本作品の方はジャンプの王道ど真ん中と、似て非なる作品に仕上がっている。そしてその相違はそのまま両作品の明暗を分ける結果となってしまった

 何度も言っているが、ジャンプで連載を持つだけでも相当大変な事である。そして、長期に渡って連載を続けるにはその相当大変な事をやり遂げたもの同士での争いに勝ち残らなければならないので輪をかけて大変な事である。なので、各々はサバイバルレースを勝ち抜く為のセールスポイントが必要とされる

 その点において「BASTARD‼」はダーク・シュナイダーの主人公でありながら悪逆非道なところは当時のジャンプでは珍しく、他にない明確なセールスポイントとなっているのに対し、それが無い本作品はジャンプの中でも最も層の厚い王道バトル漫画という土俵で他の王道作品と真正面から争わなければならなかった。そしてその結果、力足りず14話で終了となったのであった

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  しかし、当時のジャンプの王道バトル漫画といえば「DRAGONBALL」に「幽☆遊☆白書」、「ダイの大冒険」といった錚々たる面々であり、それらとの争いに敗れたからといって誰が責める事が出来ようか

 ジャンプの王道バトル漫画同士の生き残りを賭けたバトルは、どんな漫画の中のバトルよりも過酷なのだ

北条司に何が起こったか

 何度も言っているが、と何度も言っているが、ジャンプの正式名称は少年ジャンプであり、メイン読者層は少年、つまり未成年である。なので、連載作品の主人公は読者と同様の未成年者か、成人であっても「北斗の拳」のケンシロウや「るろうに剣心」の緋村剣心のように社会生活感が無く、何で収入を得ているのか、そもそも収入があるのかもわからないような者が多い。「DRAGONBALL」の孫悟空なんかは初期は少年で、後に大人になった上に結婚して子持ちにもなるが、仕事をしている様子は微塵も無しと両者を兼ね備えており、こんな部分でもジャンプの王道を行っていると、ある意味感心させられたりする

 そんな中で一際異彩を放っているのが北条司の作品である。北条司と言えば黄金期前に「キャッツ♡アイ」、黄金期に「CITY HUNTER」と2つの作品がTVアニメ化されたジャンプを代表する漫画家の1人であるが、その両作品共に主人公はちゃんと仕事を持った社会人(スイーパーはちゃんとした仕事と言っていいのか微妙だが)で、内容の方もジャンプ作品の主流とはかけ離れた大人のムードが漂う都会的な作品となっている。その為か両作品の読者層はジャンプのメイン層よりも年齢が高めで、アンケート結果はそれほどでもないが、その割に単行本の売り上げは良かったという話もある

 そんな訳で今回紹介するのは北条司のこの作品だ

 

 こもれ陽の下で…(93年31号~94年5・6号)

 北条司

 

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短編集「桜の花咲くころ」より作者自画像


 作者は79年に「スペース・エンジェル」で手塚賞準入選、翌80年に「おれは男だ!」がジャンプ増刊に掲載されてデビュー。81年に原作付きの「三級刑事」が増刊に掲載された後、29号に読切「キャッツアイ」が掲載されて本誌デビューを飾ると、これが好評だったのか早くも同年40号から連載作品となり連載デビューを果たし、いきなりTVアニメ化される程の大ヒットを記録する。84年に「キャッツ♡アイ」が終了した後は、同作品が連載中の83年18号及びフレッシュジャンプ84年2月号に掲載された読切の「CITY HUNTER」が85年13号から連載化、こちらもTVアニメ化と2作続けての大ヒットとなる。そして91年に「CITY HUNTER」が終了後、92年11号に「ファミリープロット」、同年39号「少女の季節」と読切作品を経て、93年3・4合併号に掲載された「桜の花咲くころ」をベースにタイトルを変更した上で同年31号から連載が開始されたのが本作品である

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ベースとなった読切はこちらの短編集に収録されている

 そんな本作品の概要は、作者の公式サイトに解説が載っているのでまずはそれを引用させて頂く

 妹の怪我の原因となったエゴノキを切ろうとした少年・北崎達也の前に現れた少女・紗羅。彼女は植物と交感できる力を持っていた。短編「桜の花咲くころ」を土台に連載化された、永遠の少女と彼女に出会った人々の交流を描くハートフルSF

 物語は達也とその家の隣に引っ越してきた紗羅との出会いから始まり、2人を中心にして植物に因んだエピソードが繰り広げられていくうちに、当初は紗羅をあまりよく思っていなかった達也の心に変化が、という所謂ボーイミーツガール色の強い作品である

  と、説明だけでも察せられると思うが、本作品はそれ以前に連載した「キャッツ♡アイ」、「CITY HUNTER」とはかなり方向性が違っている。以前の2作品は一言で言うと『大人の都会の物語』なのに対して、本作品は物語の中心は紗羅と達也という小学生だし、舞台も植物が関連しているので都会では成立できない『子供の田舎の物語』(厳密には田舎とより郊外と言う方が近いと思うが)と、ほぼ真逆のテーマを持っている

 また、違うのはテーマだけではない。過去作は漫画的なフィクション要素は多めではあるものの、基本的には魔法や超能力といった超常的なものとは無縁だったのが、本作品はヒロインの紗羅からして歩く超常現象と言える存在と、何から何まで違う作風に、連載が開始した当初は戸惑いを覚えたのは私だけではあるまい

 それにしても過去作が不評だったならともかく、好評だったにもかかわらずガラリと作風を変えるなんて、一体作者に何が起こったのだろうか? アスファルトタイヤを切りつけながら暗闇走り抜ける(By Get Wild)事に疲れたのだろうか? などと冗談めかしてみたが単行本1巻カバー折り返しの作者あいさつを見るとあながち的外れではないような気もする

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なかなかポエミックな挨拶である

 考えてみれば、この時作者は連載デビューしてから十余年、年齢は30代半ばを迎えており、レオタード姿の女怪盗や、何かというと股間を膨らませるスイーパーなどを描く事に疑問を感じ、読者の心に染み入る幻想的な物語を描きたいなどと考えてもおかしくないだろう。そしてこの頃の作者の読切作品は、本作品の元となった「桜の花咲くころ」以外にも人間に化けた猫や吸血鬼など、ファンタジー溢れるキャラクターが登場する作品がチラホラあったりする

 など勝手な事を言ってみたが、作者がどのように考えていたのかなど結局のところ本人にしかわかりようがない。それよりも読者にとって重要なのは、作品が面白いかどうかである。そしてその部分がどうだったかというと、作者にとって初の短期終了作品となってしまった事実からして残念ながらジャンプの読者層にはあまり響かなかったと言わざるを得ない

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 前述の通り、作者の読者層はジャンプのメイン層よりも年齢が高めである。そんな読者にとっては『大人の都会の物語』から『子供の田舎の物語』への路線変更は受け容れ難いものであった。そして、子供がメインの物語になったからといって年齢が低めのメイン読者層に刺さるかというとそれも否な話である。「キャッツ♡アイ」での盗みに入った先での攻防や「CITY HUNTER」でのガンアクションといった見せ場が無く、自然が絡んだ物語が中心となっているので、むしろ従来の読者層よりも更に年齢が上の、もうジャンプを読まなくなったような層が郷愁を感じるような仕上がりと、完全に読者層とターゲット層が乖離しているので短期終了も止む無しと言える

 コロナ禍の真っ只中の現在、帰郷したくても出来ないという人も少なくないだろう。そんな人は代わりに本作品を読み、子供の頃田舎で過ごした日々を思い起こしてノスタルジックな気分に浸るのも一興ではないだろうか

 

 

五輪とジャンプ

 本日は東京オリンピックの開会式が行われる日であり、これを書いているまさに今、式が行われている最中である

 本来は昨年に開催されるはずであったところをコロナ禍の為一年順延してもまだ収まらない中での開催強行には今なお批判も多く、また、運営面でも新国立競技場の建設コスト問題に始まり、エンブレムデザイン盗作問題、更にここにきてセレモニーに関わる人物が過去の言動が問題となり次々と辞任、解任されるグダグダぶりと、既にケチがつきまくっている感は否めない。私自身もスポーツ観戦は好きだし、そこまでオリンピックに悪感情は無いにしろ、あまり熱を入れて見る気が湧かないというのが正直な気持ちである

 が、そういった真面目な話は一旦さておき、自国でオリンピックが開催される事など滅多にないので、今回はオリンピック開幕記念としてオリンピックとジャンプをテーマに少し話題を掘り下げていきたい

 

 ところで皆さんはオリンピックとジャンプと聞いて何を連想するだろうか? 正直なところ、四年に一度しか目を覚まさない為にオリンピック男の異名がある「こち亀」の日暮熟睡男や、「キン肉マン」の超人オリンピックなど、名前がそうなだけで実際のオリンピックとは関係ないものを思い浮かべるのがせいぜいという方も多いのではないだろうか

 それも無理のない話である。なにせジャンプの黄金期においてオリンピックに因んだ作品は読切作品が数本あるのみで、連載作品に関してはオリンピックを描いた作品など皆無、せいぜいギャグマンガで一過性のネタとして触れられる程度なのだから

 しかしながら、オリンピックを描いていなくてもオリンピック競技となっているスポーツを描いた作品は少なくない。黄金期の全連載作品数168のうち該当する作品は、ゴルフなど連載当時はまだオリンピック種目じゃなかったものや、オリンピックはオリンピックでも冬季オリンピックの種目だったものを除いても全8種目、延べ20作品にものぼるのだ

 因みに種目別で見ると圧倒的に多いのはボクシングで、当ブログで紹介した「ハードラック」、「とびっきり」、「BAKUDAN」を含めその数は全部で8作品になる

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 それに続くのはサッカーの4作品(「キャプテン翼」と「キャプテン翼ワールドユース編」を別にカウントすれば5作品だが)、テニス、野球の2作品、バスケットボール、体操、柔道、馬術がそれぞれ1作品ずつとなっている

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野球は正式種目となった92年大会以降のみカウントしました

 それにしても20作品もあればオリンピックを描く作品が1つくらいあってもよさそうなものだが、全くないのはどういうことなのだろうか?

 などと、謎に思う程複雑な話ではなかったりする。当ブログは何度も言っている事だが、ジャンプの正式名称は(週刊)少年ジャンプであり、そのメイン読者層は少年である。故に、連載作品の主人公は読者層と同じく少年である事が多い。この法則は当然オリンピック種目を題材とした作品にも当てはまる訳で、有名どころだとバスケットボール漫画である「SLAM DUNK」の桜木花道も、サッカー漫画である「キャプテン翼」(及び「キャプテン翼ワールドユース編」)の大空翼も然りである。翼は他誌の続編では成人するけど

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 なので、主人公の年齢的にオリンピックは目標の大会になりえないというのが理由としては一番大きいだろう

 そしてもう1つ別なケースとしては、主人公の年齢的にはオリンピックが目標になりえるが、オリンピックより大きな目標がある場合だ。例えば種目別で最多の8作品もあるボクシングでは「BAKUDAN」などはオリンピックよりプロの世界チャンピオンが目標となっている。他誌も含めると「あしたのジョー」など多くの作品もそうである。また、黄金期の間はオリンピック種目ではなかったので今回は除外したゴルフだとマスターズなどのメジャー大会が優先される事だろう

 

 どうもオリンピックとジャンプとの関係について話題にするつもりが、いかに両者が関係が無いかという真逆の話題になってしまって自分でも困惑しているが、最後に1つだけ言いたい。この状況下でのオリンピック開催について否定的な考えを持っている人は少なからずいるだろうし、私はそれを否定する気は無い。だが、出場している選手達に非がある訳では無いのでその矛先を彼らに向けるのはやめて頂きたいと思う次第である

ジャンプ黎明期の苦闘の記録

 前回はジャンプの創刊記念という事で創刊号の紹介をし、その中でジャンプの船出は決して順風満帆とは言えなかったと述べたが、今回はその辺りをもう少し掘り下げる為に前回の記事でも少し触れたこちらを紹介したい

 

 さらば、わが青春の『少年ジャンプ』

 西村繁男

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 著者は62年に集英社に入社。68年に創刊スタッフとして少年ジャンプ編集部に配属される。78年には第3代の編集長に就任し、以後八年にわたって陣頭の指揮を執り、90年には集英社の取締役にまで昇り詰める事になる

 著者のプロフィールから察せられると思うが、今回紹介するのは漫画ではない。ジャンプの創刊以前から集英社に在籍し、編集者、編集長、役員と立場を変えながら二十年以上もジャンプに携わってきた人物の手によりジャンプ興亡の歴史を記したノンフィクションで、94年に飛鳥新社から出版されたものを加筆して97年に幻冬舎から文庫として出版されたものである

 前文は93年9月8日、ジャンプ創刊号の巻頭を飾った漫画家、梅本さちおの急逝(死去は9月6日)を告げる電話を受けたところから始まる

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創刊号の巻頭を飾った梅本さちおの「くじら大吾」

 そして梅本さちおの通夜に参列した著者は、同じく通夜に参列したちばてつや本宮ひろ志といった懐かしい顔ぶれと再会して気分が高揚した事と、関連会社への出向が決まっていた事の鬱屈からジャンプ創刊当時の燃えるような日々を思い出し、何かの形で残したいという気持ちから本書の執筆を決めたという

 

 その後、著者が入社二年目の63年に、後のジャンプ初代編集長である長野規と出会ったところから本章が始まるのだが、当時の集英社の様子が現在の我々が抱いている超メジャーな出版社というイメージからはほど遠過ぎて驚かされる。大看板であるジャンプがまだ創刊前であるから、後と比べると色々劣るのは当たり前と言われたらそうなのだろうが、失礼な話、それにしても限度があるだろうというレベルでショボいのだ

 元々集英社小学館の娯楽部門が分離独立して出来たものなのだが、この頃は新雑誌を創刊するにもいちいち小学館の社長である相賀徹夫の許可が必要だという完全に子会社状態であり、ジャンプが創刊当時週刊ではなく月2回刊だったのも相賀が反対した為だったという

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 そんな有様だから人員も予算も乏しく、創刊当時の編集部員は著者の他に前述した編集長の長野規、副編集長で後の第2代編集長となる中野祐介、あとは後輩の加藤恒雄と僅か4人であり、予算はページ換算すると1ページ4千円、そこから雑費を引くと原稿料は1ページ3千円しか掛けられなかったという

 参考までに当時の原稿料の相場は1ページ4千円程度であり、人気漫画家となるとそれより高くなるのは言うまでも無い。これでは読切なら付き合い上引き受けてくれるかもしれないが、他誌に連載を持っていてスケジュール的に余裕が無い事もあって、連載を引き受けてくれる漫画家はそうそう見つかりそうもない。創刊号に連載作品が2つしかなく、その2つの執筆者のネームバリューも見劣りしていたのも故無き事では無いのだ。しかも、そこまでしてもなお所定のページには足りず、最終的には既存の海外作品の掲載権を安く手に入れて穴埋めをするという始末であった

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既存の海外作品の掲載は創刊号に限らずしばらく続いたようだ

 そんな逆境どころか、よく創刊まで漕ぎ着けられたものだと思えるような惨状から、日本一の雑誌にまで昇り詰めるのだから、本当に世の中はわからないものだ。そこに至るには勿論時代時代の連載陣の力も必要であっただろうが、その連載陣の取捨選択を含めた編集部の決断と働きがあっての事だというのは想像に難くない

 中でも初代編集長である長野規の貢献は別格だったようで、結構なページがそのエピソードに割かれており、それを読んでいくと、現在まで続くジャンプの伝統というべきものの多くが長野体制下において生まれた事がわかる

 例えば既に他誌で名の売れた漫画家を起用するのではなく、無名の新人を育てる事を重視する所謂純血主義も、前述の苦しい事情からそうせざるを得なかった面があるにしても長野体制下の産物であるし、創刊号から既にアンケートはがきを封入してのアンケート至上主義も長野の発案である。ジャンプ漫画の代名詞と言える、『友情』、『努力』、『勝利』という三本柱に至っては、ジャンプ創刊より以前に長野が編集長を務めていた少年ブックで既に掲げていたテーマだという

 一方で、やはりジャンプの伝統ではあるが、批判も多い専属制度も長野の発案であり、その他にも、出版業界どころか社会全体の倫理観が今より欠如していた昔の話だという事を差し引いても眉を顰めてしまうダークなエピソードも散見され、ひと癖もふた癖もある人物であっただろう事もうかがえる。しかしながら、後発誌で環境にも恵まれないジャンプが天下を取るには、時に尋常ならざる手段も必要な訳で、そういう意味では長野が初代編集長だった事は僥倖だったと言えるだろう

 そして、もう1人ページを大きく割かれている人物が、本宮ひろ志である 

shadowofjump.hatenablog.com

  本宮ひろ志といえば、以前紹介した「ばくだん」でも触れたように、ジャンプ黎明期を牽引した立役者の1人にしてジャンプと専属契約を結んだ第1号であるなど元々エピソードに事欠かない人物である。加えて著者にとっては初めてゼロから育て上げた漫画家であるので思い入れが強いのか事細かに描写され、中には急な仕事を頼みたくて訪ねたのに本宮がソープにいって留守だったなどという下半身事情の暴露もあったりする。思えば80年代半ばまでのジャンプの本宮に対する過剰なほどの特別扱いは、その貢献度の高さに加え、本宮に対して思い入れの強い著者が編集長内で力を持っていたからだという事も大きかったのかもしれない

 そんな2人の貢献、そして勿論著者本人の貢献もあって、ジャンプは幾度か危機に直面しながらも着実に成長を続けてついにはマガジン、サンデーを抑えて日本一の漫画週刊誌となる訳だが、そのあたりからは著者が偉くなって現場の最前線から外れた為か、描かれるのは編集部内や社内の勢力争いばかりになり、業界本としてはともかくジャンプの話としては正直面白くなくなってくるのが玉に瑕だ

 とは言え、現在の読者どころか黄金期の読者すら想像できないようなジャンプ黎明期の舞台裏を、その当事者によって描かれたものなど他に類のない貴重なものなので是非とも読んで頂きたい一冊だ。が、現在絶版になっていて古本でしか入手出来ないのが残念で仕方がない。…まあ、本書に限らずここで紹介する作品は大概絶版なのだが