黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

北条司に何が起こったか

 何度も言っているが、と何度も言っているが、ジャンプの正式名称は少年ジャンプであり、メイン読者層は少年、つまり未成年である。なので、連載作品の主人公は読者と同様の未成年者か、成人であっても「北斗の拳」のケンシロウや「るろうに剣心」の緋村剣心のように社会生活感が無く、何で収入を得ているのか、そもそも収入があるのかもわからないような者が多い。「DRAGONBALL」の孫悟空なんかは初期は少年で、後に大人になった上に結婚して子持ちにもなるが、仕事をしている様子は微塵も無しと両者を兼ね備えており、こんな部分でもジャンプの王道を行っていると、ある意味感心させられたりする

 そんな中で一際異彩を放っているのが北条司の作品である。北条司と言えば黄金期前に「キャッツ♡アイ」、黄金期に「CITY HUNTER」と2つの作品がTVアニメ化されたジャンプを代表する漫画家の1人であるが、その両作品共に主人公はちゃんと仕事を持った社会人(スイーパーはちゃんとした仕事と言っていいのか微妙だが)で、内容の方もジャンプ作品の主流とはかけ離れた大人のムードが漂う都会的な作品となっている。その為か両作品の読者層はジャンプのメイン層よりも年齢が高めで、アンケート結果はそれほどでもないが、その割に単行本の売り上げは良かったという話もある

 そんな訳で今回紹介するのは北条司のこの作品だ

 

 こもれ陽の下で…(93年31号~94年5・6号)

 北条司

 

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短編集「桜の花咲くころ」より作者自画像


 作者は79年に「スペース・エンジェル」で手塚賞準入選、翌80年に「おれは男だ!」がジャンプ増刊に掲載されてデビュー。81年に原作付きの「三級刑事」が増刊に掲載された後、29号に読切「キャッツアイ」が掲載されて本誌デビューを飾ると、これが好評だったのか早くも同年40号から連載作品となり連載デビューを果たし、いきなりTVアニメ化される程の大ヒットを記録する。84年に「キャッツ♡アイ」が終了した後は、同作品が連載中の83年18号及びフレッシュジャンプ84年2月号に掲載された読切の「CITY HUNTER」が85年13号から連載化、こちらもTVアニメ化と2作続けての大ヒットとなる。そして91年に「CITY HUNTER」が終了後、92年11号に「ファミリープロット」、同年39号「少女の季節」と読切作品を経て、93年3・4合併号に掲載された「桜の花咲くころ」をベースにタイトルを変更した上で同年31号から連載が開始されたのが本作品である

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ベースとなった読切はこちらの短編集に収録されている

 そんな本作品の概要は、作者の公式サイトに解説が載っているのでまずはそれを引用させて頂く

 妹の怪我の原因となったエゴノキを切ろうとした少年・北崎達也の前に現れた少女・紗羅。彼女は植物と交感できる力を持っていた。短編「桜の花咲くころ」を土台に連載化された、永遠の少女と彼女に出会った人々の交流を描くハートフルSF

 物語は達也とその家の隣に引っ越してきた紗羅との出会いから始まり、2人を中心にして植物に因んだエピソードが繰り広げられていくうちに、当初は紗羅をあまりよく思っていなかった達也の心に変化が、という所謂ボーイミーツガール色の強い作品である

  と、説明だけでも察せられると思うが、本作品はそれ以前に連載した「キャッツ♡アイ」、「CITY HUNTER」とはかなり方向性が違っている。以前の2作品は一言で言うと『大人の都会の物語』なのに対して、本作品は物語の中心は紗羅と達也という小学生だし、舞台も植物が関連しているので都会では成立できない『子供の田舎の物語』(厳密には田舎とより郊外と言う方が近いと思うが)と、ほぼ真逆のテーマを持っている

 また、違うのはテーマだけではない。過去作は漫画的なフィクション要素は多めではあるものの、基本的には魔法や超能力といった超常的なものとは無縁だったのが、本作品はヒロインの紗羅からして歩く超常現象と言える存在と、何から何まで違う作風に、連載が開始した当初は戸惑いを覚えたのは私だけではあるまい

 それにしても過去作が不評だったならともかく、好評だったにもかかわらずガラリと作風を変えるなんて、一体作者に何が起こったのだろうか? アスファルトタイヤを切りつけながら暗闇走り抜ける(By Get Wild)事に疲れたのだろうか? などと冗談めかしてみたが単行本1巻カバー折り返しの作者あいさつを見るとあながち的外れではないような気もする

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なかなかポエミックな挨拶である

 考えてみれば、この時作者は連載デビューしてから十余年、年齢は30代半ばを迎えており、レオタード姿の女怪盗や、何かというと股間を膨らませるスイーパーなどを描く事に疑問を感じ、読者の心に染み入る幻想的な物語を描きたいなどと考えてもおかしくないだろう。そしてこの頃の作者の読切作品は、本作品の元となった「桜の花咲くころ」以外にも人間に化けた猫や吸血鬼など、ファンタジー溢れるキャラクターが登場する作品がチラホラあったりする

 など勝手な事を言ってみたが、作者がどのように考えていたのかなど結局のところ本人にしかわかりようがない。それよりも読者にとって重要なのは、作品が面白いかどうかである。そしてその部分がどうだったかというと、作者にとって初の短期終了作品となってしまった事実からして残念ながらジャンプの読者層にはあまり響かなかったと言わざるを得ない

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 前述の通り、作者の読者層はジャンプのメイン層よりも年齢が高めである。そんな読者にとっては『大人の都会の物語』から『子供の田舎の物語』への路線変更は受け容れ難いものであった。そして、子供がメインの物語になったからといって年齢が低めのメイン読者層に刺さるかというとそれも否な話である。「キャッツ♡アイ」での盗みに入った先での攻防や「CITY HUNTER」でのガンアクションといった見せ場が無く、自然が絡んだ物語が中心となっているので、むしろ従来の読者層よりも更に年齢が上の、もうジャンプを読まなくなったような層が郷愁を感じるような仕上がりと、完全に読者層とターゲット層が乖離しているので短期終了も止む無しと言える

 コロナ禍の真っ只中の現在、帰郷したくても出来ないという人も少なくないだろう。そんな人は代わりに本作品を読み、子供の頃田舎で過ごした日々を思い起こしてノスタルジックな気分に浸るのも一興ではないだろうか