黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

ジョジョの奇妙な冒険のルーツ

 本日発売のウルトラジャンプ9月号で荒木飛呂彦が描く「ジョジョの奇妙な冒険」(以下「ジョジョ」)Part8こと「ジョジョリオン」が完結する。と言ってもシリーズ自体が完結する訳では無く、「JOJOLANDS(仮)」という新章が始まるとの事で、胸をなでおろした人もいるだろうし、やっぱりかと思った人もいるだろう。ジャンプの黄金期が終焉を迎えて早や二十五年、黄金期を彩った作品が皆連載を終える中、連載中断や掲載誌の変更がありながらも未だ連載が続いている「ジョジョ」は、黄金期唯一の生き残り、言わば生きる伝説である。…厳密に言うなら「BASTARD‼ 暗黒の破壊神」はまだ連載中断扱いだが、どうせほぼ息していないし

 今回はそれを記念して荒木飛呂彦によるこの作品を紹介したい

 

 魔少年ビーティー(83年42号~51号)

 荒木飛呂彦

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画像は文庫版

 作者は80年に荒木利之名義の「武装ポーカー」で手塚賞準入選、81年1号に掲載されてデビューにして本誌初登場を飾る。同年に増刊で読切作品の「アウトロー・マン」と「バージニアによろしく」を掲載、82年にはフレッシュジャンプ12月号で読切作品の「魔少年ビーティー」が掲載、それが連載化されて83年42号から開始したのが本作品である

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読切版「ビーティー」と「バージニアによろしく」はこちらの短編集に収録されている

 そんな本作品は社会的ダイナマイト一触即発的良心罪悪感ゼロ的猛毒セリフ的悪魔的計算頭脳的今世紀最大的犯罪少年であるビーティーが巻き起こしたり巻き込まれたりした身も心も凍りつくエピソードを描いたサイコホラーである。…なんだ、その修飾過剰でやたら的が多い形容詞は、とお思いの人もいるかもしれないが、これは私の言葉ではなく作中で言及されている言葉なのであしからず

 ところで、このビーティーという名前は本名でなくイニシャルである。余談だが、当時の私はイニシャルという概念が理解出来ない程に幼くて、ビーティーではなくてビューティー、つまり美少年という事だなと誤解していた。更に余談を重ねると、ビーティーの本名は作中では明らかにされていないが、作者が語るところによるとBuichi Terasawa、つまり「コブラ」の作者である寺沢武一から取ったという事である。が、この手の話は、「キン肉マン」の作者のゆでたまごというペンネームの内訳は嶋田隆司が「ゆでたま」で中井義則が「ご」だという話と同様、冗談半分で語られている場合が多いのであまり信用しない方がいい

 さておき、本作品は「ジョジョ」とは違って、登場するキャラ達は波紋や幽波紋、その他超常的な能力を何も持たない一般人であるし、舞台も特別なところはない普通の現代日本である。そしてビーティーはそんな中でもフィジカルでは大人はおろか同級生にすら劣っている、なんて言うと本作品は「ジョジョ」とはまるで違う作品のように感じるかもしれない。それはある意味では正しいが、ある意味では正しくない。確かに本作品を読んで受ける印象で「ジョジョ」に似ているところは絵柄くらいしか無いように感じられる。しかし、ある面に注目してみると、本作品は間違いなく「ジョジョ」と共通した面を持ち、そのルーツになった作品だと言えよう

 フィジカルに劣るビーティーは敵対する相手とまともにやりあってはとても敵わない。そこで手品のトリックを利用したり、言葉を巧みに操ったりして相手を陥れるのだが、こういう頭脳を駆使して精神に揺さぶりをかけるやりとりは「ジョジョ」Part2の主人公であるジョセフの常套手段であり、他にもPart3の人気エピソードの1つであるダービーとのギャンブル勝負などに見られ、間違いなく本作品から受け継がれている要素である

 受け継がれているものは他にもある。ビーティーはタイトルに魔少年とあるように、恐竜の化石を盗もうとデパートに侵入したり、敵対した相手には向こうに非があるとは言え容赦なく叩きのめしたうえに財布を失敬したりと悪事を働く事に躊躇が無い、というよりは悪い事をしているという意識すら感じられない。おかげで編集部のウケが悪く、人を説得させたら右に出る者はない、と作者が評する担当編集者の椛島良介ですら本作品の連載化を認めさせるのに大変苦労をしたという

 こういった悪魔的性格は「ジョジョ」シリーズにおけるディオなど、毎朝パンを食べるように悪事を行うような魅力的な悪役に受け継がれている。と同時にビーティーは確固とした信念を持ち、自分より親友の麦刈公一に危害が与えられる事の方により怒りを感じるという友情に厚いところもあるという、(作品ではなくキャラとしての)歴代のジョジョに相通じる面もある。言わばビーティーはディオのルーツであると同時にジョジョのルーツでもあるのだ

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ビジュアル面でもディオと共通した雰囲気が感じられる

 しかし、あくまでルーツはルーツに過ぎず、本作品は「ジョジョ」ではない。ビーティーは悪役と主人公の両方の性格を持ち合わせているのでその魅力が倍増とはいかず、両方の魅力を打ち消しあってしまい、結果、善悪の区別がつかない小賢しいガキになってしまった

 また、頭脳戦は確かに「ジョジョ」の魅力の1つではあるが、それは肉体及び能力を使用した派手なバトルの合間に行われるからこそ魅力が際立つのであり、そればかりだと見た目も地味で飽きてしまう。ましてや本作品は相手がナチかぶれのイカレたオッサンとか、妄想癖のあるサイコパスな警備員とかしょぼい連中で、キャラとしての魅力も皆無である。ようやく最終エピソードでビーティーを一度は負かすような好敵手が出てきてアンケート結果も良かったというが時既に遅し、元々編集部のウケが悪かった事もあり、その頃には連載終了が決定していて本作品は僅か10回でその幕を閉じたのであった

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