黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

孫悟空になれなくて

 ご存じの通りジャンプの黄金期は「DRAGONBALL」と「SLAM DUNK」の二大看板が牽引していたのだが、両者のうちでもジャンプにより強い影響を与えたのは黄金期の始めから連載していた、というよりその連載開始こそが黄金期の始まりを告げ、ジャンプ=バトル漫画という印象を決定的にした「DRAGONBALL」だろう

 などというと、鳥山明の作品を紹介するのかなと思うかもしれないがさにあらず。今回紹介するのはこちらの作品である

 

 アニマル拳士(86年14号~23号)

 やぎはし正一

作者自画像

 

 作者は80年に八木橋正一名義の「僕心愚」でちばてつや賞佳作受賞、翌81年ヤングマガジン増刊号に「僕心愚」が掲載されてデビューを飾る。82年には「燃える純」で手塚賞佳作を受賞し翌83年にフレッシュジャンプ4月号に掲載される。同年「バトル OF V」で再び手塚賞佳作、84年にやぎはし正一とペンネームを変えて「悪魔の剣」で手塚賞準入選を果たし翌85年にフレッシュジャンプ2月号に掲載。同年増刊スプリングスペシャルに「格闘学園No.1!」、サマースペシャルに「ミラクルモンキー健太」を掲載、そして翌86年14号から本作品で本誌初登場にして連載デビューを飾ったのであった

 さておき、上の単行本のカバー画像を見れば、私が何故冒頭にあんな話を持ち出したのかお分かりだろう。拳法着を着た無邪気そうな少年が主人公の漫画、それも掲載誌がジャンプとくれば「DRAGONBALL」を連想せずにはいられないではないか

 別に本作品は「DRAGONBALL」をパクったなどという気はない。主人公である豹堂いづるは見た目だけじゃなく、あまり深く考えない性格も孫悟空を彷彿させるが、話的には格闘技の学校である爆風学園の園長に才能を見込まれたいづるが、動物になりきる事でその本能的な力を引き出して敵を攻撃する究極の拳法である野生拳の後継者となるべく修行するという学園拳法漫画であるから方向性は違う

 また、拳法を題材にしたのも単行本カバー折り返しの作者あいさつによると、野生拳は高校生のときから考えていた拳法で、野生拳をテーマとした作品はそれまでも書いていてようやく本作品で陽の目を見たとの事だから元ネタとしたのは「DRAGONBALL」ではなく香港のカンフー映画、特にジャッキー・チェンの「○○モンキー」シリーズ作品ではないだろうか。それは本作品以前に描いた読切作品の中にもカンフー漫画がある事からもうかがえる。思えば「DRAGONBALL」の鳥山明カンフー映画が好きで戦闘シーンはその影響を受けているというから、そういう意味では本作品が「DRAGONBALL」をパクったのではなく、両作品が同じネタ元をルーツにする兄弟分だと言えるかもしれない

 ただ、ルーツは同じでも本作品は「DRAGONBALL」と比べると格段に見劣ると言わざるを得ない…そもそも「DRAGONBALL」と比べても見劣りしない作品なんて殆ど無いというのはさておき

 まず気になるのは対象年齢の狭さである。「DRAGONBALL」は悟空のキャラと単純なストーリーから低年齢層に好まれる一方で、洗練された絵柄や迫力ある戦闘シーンで年長者にも受け入れられる幅広さがあるのに対し、本作品の主要キャラは年寄りも含めてどいつも見た目は幼く、性格的には身勝手で好き勝手な行動を取るためにストーリー展開も唐突かつ強引で、まるでコロコロコミックの漫画を読んでいるようで年長者に受ける要素が見当たらないのだ

 別にコロコロコミックを貶すつもりはない。私自身も昔はコロコロコミックを楽しく読んでいたし、今でも当時の作品を懐かしむ事がしばしばあるくらいだ。だが、楽しめるのはせいぜい小学生の頃までで、それより上の年代の人が読むとガキ臭くてとても読めたものではない。本作品の掲載誌がコロコロコミックならば読者層と合致しているのだが、ジャンプの読者層は編集部の想定が10歳~15歳で、実際はもっと上に広いからかなりの読者を最初から切り捨ててしまっている

 それでも低年齢層の支持率が高いのならいい。低年齢層をジャンプに引き込む導線となる作品は必要だし、実際「まじかる☆タルるートくん」や「地獄先生ぬ~べ~」あたりはそうであろう

両作品はアニメ化やゲーム化する程の人気であったし(画像に他意はありません)

 だが、本作品がそうなるには拳法漫画、バトル漫画としての魅力が少な過ぎた

 何より問題に感じるのは必殺技を大切にしていない事である。「DRAGONBALL」ならかめはめ波、「聖闘士聖矢」ならペガサス流星拳、「幽☆遊☆白書」な霊銃と、有名なバトル漫画にはそれぞれ作品を代表する必殺技が存在している

バトル漫画じゃなくてもこんなのもある

 これらの技は作品内で最強ではないが最初期に登場したからインパクトが強く、その後もしばしば使用されるからこそ読者の印象に残り続け作品の象徴となり得る訳である

 一方、本作品を見ると、一番最初に使う風鷹拳なんかは元々父親が生み出した拳法であり、作品内でまともに説明されている数少ない技であるからまさにそのポジションにふさわしいのに、入学試験が終わったら使われなくなってしまっている。その次のエピソードであるリスを捕まえる特訓なんか、実際に小動物を捕食している鷹を模した技である風鷹拳はうってつけの技である筈なのに何故か試そうともせず、リスを模したリスのキャノンボールランなる技で捕まえてるし、その直後の話になるとキャノンボールランも使わなくなりチーターの速行という同じような技を使っていたりとコロコロ使う技を変えてしまっている。おそらくはいづるが動物の動きを学んで次々と新しい技を覚えていくというのを作品のコンセプトにしているのかもしれないが、まるで使い捨てるように次から次へと新しい技が出てくるせいで印象に残る技が何もない

 加えてバトル漫画の肝である戦闘シーン自体も迫力がないので、最近になって単行本を購入して読み返すまで私が本作品について憶えているのは、蛇拳使いの女拳士が服をひん剥かれているシーンがエロかったという事だけであったし、そのエロさにしても上に挙げた「まじかる☆タルるートくん」や「地獄先生ぬ~べ~」、そして初期の「DRAGONBALL」のノーパンブルマに及ばないとあっては連載が続くわけもなく、本作品は僅か10話にして終了と相成ってしまった

 

ジャンプ黄金期の第6期を掘り下げる

 今回はジャンプ黄金期を連載作品の入れ替わりサイクル毎に掘り下げる記事の第6弾を

 

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 第6期は85年51号から86年13号までで連載作品は以下の通り。例によって並び順は連載開始順で連載回数も併記しておく

 

 こち亀          76年42号 1955話

 キン肉マン           79年22号 389話

 ハイスクール!奇面組   80年41号 339話(「三年奇面組」含む) 

 キャプテン翼          81年18号 356話

 北斗の拳         83年41号 245話

 銀牙 流れ星銀      83年50号 164話

 きまぐれオレンジ・ロード 84年15号 156話

 DRAGONBALL       84年51号 519話

 CITY HUNTER       85年13号 336話

 ついでにとんちんかん   85年14号 210話

 魁‼男塾           85年22号  313話

 ロードランナー      85年41号  22話

 ラブ&ファイヤー     85年51号  13話

 超機動員ヴァンダー    85年52号  20話

 聖闘士聖矢        86年1・2号 246話

 うわさのBOY       86年3・4号 19話

 

 新連載は前期限りで終了した「シェイプアップ乱」、「ウルフにKISS」、「ショーリ‼」と入れ替わりで開始された「ラブ&ファイヤー」、「超機動員ヴァンダー」、「聖闘士聖矢」、「うわさのBOY」の4本。3減4増なので連載作品数は1つ増えて16本となる

 「ラブ&ファイヤー」は「ブラックエンジェルズ」の作者である平松伸二によるボクシング漫画であるが、作者らしくバイオレンスまみれな上に途中で主役である筈の炎が出なくなって代わりに必殺仕事人みたいなキャラが登場したりと迷走して今期のうちに終了してしまう。「超機動員ヴァンダー」は桂正和が「ウイングマン」の次に描いた作品だが、趣味の特撮に走り過ぎて短期終了、「うわさのBOY」は月刊ジャンプでエロ全開の漫画「やるっきゃ騎士」を連載中のみやすのんきが週刊の方に乗り込んで来たのだが、「やるっきゃ騎士」に比べてエロのパワーが大人しくてやはり短期終了になってしまう。一方「聖闘士聖矢」は、車田正美が「男一匹ガキ大将」のような作品を描きたいと気合を入れて始めたが古臭くて短期終了した「男坂」の苦い経験から、徹底的に売れ線を狙った結果、本当に大ヒットを記録する事になる

 

 第6期を以て終了した作品は上記の「ラブ&ファイヤー」と「ロードランナー」の2本。そして読切作品は北条司の「ネコまんまおかわり♡」1本のみで、作者は既に「CITY HUNTER」の連載中なので当然ながら連載化はされなかった

 短期終了作品は「ロードランナー」、「ラブ&ファイヤー」、「超機動員ヴァンダー」、「うわさのBOY」の4本で、全連載作品における占有率は.250と前期よりアップしている

 連載作品の平均連載回数は331.38回で、「こち亀」を抜くと223.13回。前期がそれぞれ343.87回と228.79回なので減少してはいるがそれは連載作品数が増えたからで、「聖闘士聖矢」という新たな看板を手に入れて勢いが加速した第6期であった

 

 

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手塚賞準入選作と佳作も読む

 当ブログでは前々回に手塚賞入選作家たちのその後を、前回は手塚賞入選作家の入選作を含む短編集の紹介をしてきた。となると、入選作だけではなく準入選作や佳作の作品、ついでに赤塚賞の方も気になってくるのが人情ではないだろうか。…気になってこなくても気になってくると答えるのが人情だろう

 そんな事言っても、入選作はジャンプ若しくは関連誌に掲載されるから例えその後作者が単行本を出せずに消えたとしても最悪バックナンバーを探せば読めるが、それ以下の作品は掲載されない方が多いから読めないじゃないかとお思いかもしれない

 それが、読めるのである

 

 という訳で今回紹介するのはこちらの単行本だ

 

 めざせ漫画家!手塚・赤塚賞受賞作品集1

 おそらく殆どの人はこんな単行本が存在する事を知らなかったのではないだろうか。それも無理のない話で、同じくジャンプの新人漫画賞であるホップ☆ステップ賞の受賞作品集ならジャンプコミックスの裏表紙カバー折り返しを見れば既刊情報に載っているが、本単行本はジャンプコミックスデラックスなのでジャンプに載っている新刊情報や、単行本に挟まっている集英社のコミックスニュースをを細かくチェックしているような人じゃないと知りようがないだろう。というか、私もこのブログを始めてジャンプ関連の情報を色々調べるようになって初めて知った

※これには本単行本の情報は載っていません

 さておき、本単行本はタイトル通り手塚賞と赤塚賞の受賞作品を開催回毎にまとめた作品集である。ただし、全ての回ではなく、87年下半期に開催された分から97年上半期分までの20回分が単行本化されているのと、それから十年以上経って何故か2012年上半期から13年上半期までの3回分だけが電子書籍化されているのみである

 内容は勿論各賞受賞作品に加えて受賞者のプロフィール、そして審査委員長の手塚治虫・赤塚不二夫両名を始めとする審査委員による作品短評という構成で、この短評が審査委員の個性が出ていてなかなか面白いので、収録されている作品の紹介に加えて印象的な短評も挙げておく

 

 手塚賞準入選 ぶっとびストレート 冨樫義博 

 

 ご存じ冨樫義博の作品で、以前紹介した短編集「狼なんて怖くない‼」にも収録されている。内容としては、速球派で暴力的な轟と変化球タイプで陰険な瀬川という性格も野球観も正反対の2人の投手が互いの退部を懸けて紅白戦を行うという野球漫

 短評(手塚治虫)なんだか知らんが、面白いというタイプの少年漫画。気迫でかいている。ユーモアもあっていい

 

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 手塚賞準入選 夜景 城敏晃

 

 作者はジャンプでは掲載歴すらないが、後に城としあき名義で講談社ちばてつや賞準大賞を「豆腐屋桶川物語」で受賞、モーニングで連載を果たす事になる。内容は西部開拓時代のアメリカのような世界を舞台に、1人の男がバーンスタインの店を訪ねると、中には現代の高層ビルのような風景が広がっていたというSF作品

 短評(高橋三千綱)主人公の顔も魅力に乏しいが、なんかいい気持ちにさせられる。人造の空、たとえばプラネタリウムを見るような話なのでしょう

 

 手塚賞準入選 2001年夢中の旅 浅美裕子

 

 作者は後に「天より高く」で連載デビューを飾る浅美裕子。舞台は受胎調節法により全ての人間は受胎調節工場で産まれるようになり自分の体で子供を産むことが禁止されている2001年の東京。翔太の母親はそれに反対して妊娠八カ月を迎えていたが、科学局に知られてお腹の子を始末されてしまいそうになる。翔太と父親は科学局の連中を止めようと体を縮小させて母親の体に潜り込むというSF作品

 短評(武論尊)自分の頭の中だけで、話を進めている感じがする。もう少し、わかりやすい構成ができれば、もっといい

 

 手塚賞佳作 古代からのメッセージ 宇津木輝生・樋口雅一

 

 宇津木輝生は87年増刊オータムスペシャルに「ゆうれい特捜みちるinみちる」が掲載されてデビュー、88年ウインタースペシャルとスプリングスペシャルに「超音速追撃パトロールスペーサー21」を掲載しているが連載は持てなかったようだ。一方樋口雅一の方は調べても何の情報も得られなかった。内容は行方不明の兄浩二の情報を求めてインドに渡った淳は、兄のスポンサーの竹内から兄が古代インドの神話「ラーマーヤナ」に出てくるヴィマナという兵器の研究をしていた事を知らされ、兄の行方を知る為にも研究を継ぐよう頼まれるというオカルトもの

 短評(手塚治虫)前半は面白いが、途中から平凡。ネームが多いので少なくしたい

 

 手塚賞佳作 アフリカに行きたい! 石原紀子

 

 作者は本作品以前に85年フレッシュジャンプ1月号に「Jet' aime SCANDAL」、同年増刊サマースペシャルに「舞台袖の天使」を掲載、86年に「ウィークエンド・アバンチュール」で手塚賞準入選を果たして同作品がサマースペシャルに掲載されるが本作品以降は作品が掲載されなかったようだ。内容は受験を前にナーバスになっている近藤と、受験せずにアフリカに旅立とうという美鈴の青春ラブコメディ

 短評(松本零士)絵に愛嬌があり、かわいい。理屈がつづくので、読むのにつらいが

 

 手塚賞佳作 BELIEVE IN LOVE 高野晃介

 

 作者については調べても何の情報も得られなかった。内容は、恋人のエミリーを守る為に事件を起こして服役することになったボクサーのニックが、出所後にエミリーを取り戻す為チャンピオンに挑むというボクシング漫画

 短評(高橋三千綱)エネルギーに点数を入れたい。荒けずりで、魅力的だ

 

 赤塚賞佳作 ボケルンバよ今一度 たけだつとむ

 

 作者は本作品が88年増刊ウインタースペシャルに掲載されるが、その後は似顔絵描きに転向して週刊誌などでイラストを描くようになったという。内容は、フランスから来た泳げないアシカのボケルンバによる動物コメディ

 短評(鳥山明)一般的でないと思うが、この手のバカバカしいギャグやセリフまわしは、とても面白いと思う

 

 赤塚賞佳作 何でもやります株式会社 さいとうひさのり

 

 90年増刊スプリングスペシャルに「そこまで貧乏くん」という読切を掲載した作者が斎藤ひさのりという名前だが同一人物だろうか。内容はクラスのマドンナである薫の父が営む何でも屋でバイトする事になった勉が、やくざの出入りの代行として薫らと共に武器を持って乗り込むバイオレンスコメディ

 短評(赤塚不二夫)なかなか軽快な絵と内容である。両方のバランスが良くとれていて、見せ場の描き方もうまい

 

 赤塚賞佳作 懲りねえ奴ら 中森健太

 

 作者については調べても何もわからなかった。内容は禁煙条例が施行された東京で繰り広げられる、禁酒法時代のアメリカのような騒動を描いた風刺の効いた作品

 短評(糸井重里)もう少し磨けば、面白くなったなったような気がする。首都が変わるというのは、新鮮だった

 

 赤塚賞佳作 駅員物語風に立て 渡辺隆

 

 作者はお笑いコンビ錦鯉の突っ込みの方と同じ名前の為、調べてもそっちしか引っ掛からなかった。内容は暴力的な松田や助平な美濃島など相州鉄道山戸駅の個性的な駅員たちが勤務中に引き起こすトラブルを描いた駅員ギャグ

 短評(コンタロウ)設定はちゃんとこなしている。時限爆弾を中心とした話にして、キャラクターを盛り上げたかった

 

 以上、全10作品を読んで思うのは、新人漫画賞という性質上当然ではあるのだが、今になってはネットで調べても出てこない作者だけでなくあの冨樫義博も含めて皆未熟であるし、正直読んでいてキツい作品も少なくないという事だ。だが、逆に言えばジャンプで読めない原石のような粗っぽい輝きを放つ作品揃いであるので、そういう作品が読みたい方にはお勧めである。…といっても、殆どの人が出ている事も知らなかったような本が沢山流通している訳もなく、電子書籍化されているもの以外は入手困難で私も20冊のうち半分程度しか入手出来ていなかったりする

手塚賞入選作を読む

 当ブログでは前回、手塚賞入選者についてを記事にしたが、今回はそのうちの1人の手塚賞入選作を含む短編集を紹介したい

 それはこちらの短編集だ

 

 21世紀の流れ星

 岸大武郎

作者自画像

 

 そう、85年上半期に「水平線にとどくまで」で入選を果たした岸大武郎の短編集である。因みにタイトルはそれより前の83年下半期の準入選作と同じであるが、何故入選作ではなく準入選作の方をタイトルにしたのかは謎である。響きが格好良かったからとかだろうか?

 さておき、収録作品と初出は以下の通りである

 

 水平線にとどくまで    85年増刊サマースペシャル 手塚賞入選作

 SOS!ムシムシ探偵団    87年増刊サマースペシャ

 方舟           87年増刊スプリングスペシャ

 21世紀の流れ星     83年手塚賞準入選作

 

 引き続いて各作品の紹介を

 

 水平線にとどくまで

 

 手塚賞入選作品。勉強しろとうるさい母親に嫌気がさして家を飛び出した少年が1人の少女と出会い、なりゆきで一緒に海上都市を彷徨う近未来のボーイミーツガールもの

 

 SOS!ムシムシ探偵団

 

 昆虫がほぼ絶滅した近未来を舞台に、緑鳩小学校の昆虫愛好クラブであるムシムシ探偵団がクラブの存続を懸けてカブトムシ探しに奔走する学園もの。…なのだが、描かれたのが87年なのに、タマムシの90年絶滅を筆頭に十年も経たないうちに様々な昆虫が絶滅するという設定は無理がないか?

 

 方舟

 

 氷河期が訪れた近未来の地球。密かに進行している選ばれた民のみをスペースコロニーに移民させる選抜宇宙移民計画から漏れた下層市民たちが政府に反旗を翻すというハードSF。暗い

 

 21世紀の流れ星

 

 表題作にして手塚賞準入選作。西暦2083年、第363区総合学校ラグビー部の解散が懸かった試合でキャプテンの彼方は反則を犯し退場処分になってしまう。部員の数はギリギリで替えのメンバーは居らず棄権するしかないと覚悟した彼方だったが、転入生の輝義がスタンドで観戦しているのを発見し、そんなに好きなら試合に出ないかと話を持ち掛ける

 

 以上、作者の好みなのか収録作品は全て近未来を舞台にしたものである。といっても近未来という設定を生かしてSF色が強いのは「方舟」くらいで、他の作品はジュブナイル的な傾向が強く、SF色はフレーバー程度である。また、作品全体を見てまず目につくのは、「恐竜大紀行」では微細な書き込みが印象的だったのに比べ、この頃はまだ発展途上にあって画が粗いという印象は否めない

 

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 また、内容面では手塚賞入選作である「水平線にとどくまで」がまさに手塚賞入選作の典型だが、それ以外も同様でキャラクターや演出よりストーリーや設定に重きを置いていてエンタメ性に欠けている。このままではジャンプでやっていけないと自身で悟ったのか編集の指示があったのか、収録作の中では最新である「SOS!ムシムシ探偵団」は比較的キャラクターに個性を持たせてギャグも多めに入れるなどエンタメ性を出そうと努力してる跡が見えるのだが、どうにもそこが余計に感じてしまうし、性に合っていないのか後の作品には生かされていないようである

 因みに私の個人的なお気に入りは「水平線にとどくまで」と「21世紀の流れ星」の2本である。両者とも展開が強引で未熟な感じがあるが、それが登場人物の未熟さに繋がって読んでいて青春の甘酸っぱさを感じるし、話的に手塚賞が求めているのはどういう傾向の作品か理解できることだろう

 などといっても、どうせ絶版で入手困難なのだろう、と思うかもしれない。お察しの通り本単行本は勿論絶版である。が、本単行本に収録されている作品全てに加え、「あいつ」という読切作品が収録されている短編集の「SOS!ムシムシ探偵団」が久志本出版のふしぎコミックスで現在も販売されているので興味のある方は是非。電子書籍版もあるよ

選ばれし者は意外と大成しない?

 前回当ブログで紹介した「古代さん家の恐竜くん」の作者である新沢基栄と先日亡くなった鳥山明。スケールは違えど何れも連載作品がアニメ化されるなどジャンプ黄金期に存在感を放った作家であるが、実は両者には共通点があるのをご存じだろうか

 それは、手塚賞、赤塚賞ホップ☆ステップ賞といった新人漫画賞の受賞歴がないままでデビューしたという事である

 黄金期中に編集長を務めた後藤広喜の著書である「『少年ジャンプ』黄金のキセキ」によると、ジャンプが新人漫画賞を募集してからヒット作を飛ばした漫画家で、無冠の漫画家は鳥山明新沢基栄だけであるという

 

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 ただ、この話は正しくないようで、少し調べてみたところ「BASTARD‼」の萩原一至は無冠みたいだし、他にも探せばいるかもしれない。まあ、著者からすれば「BASTARD‼」レベルでは成功とは言えないと思っているかもしれないが。それでも、少なくとも同氏がそう思う程度には受賞無しでヒットを飛ばすケースは稀だという事であり、言い換えればヒットを飛ばした作家の殆どは新人漫画賞を受賞しているという事でもある

 そういった漫画賞の中で一番有名なのは、やはり漫画界の芥川賞の異名をとる手塚賞だろう。漫画の神様である手塚治虫の名を冠し、生前は審査委員長も務めていた同賞は、71年に第1回が開催されて以来半年に一度のペースで今もなお続いている歴史と伝統のある賞で、歴代受賞者からは成合雄彦こと後の井上雄彦を筆頭に北条司冨樫義博荒木飛呂彦小畑健などジャンプを代表する作家を何人も排出している

 そんな手塚賞であるが伝統的に選考基準が厳しく、これまで開催された106回で最高賞にあたる入選作は僅かに16作しかない。こと黄金期中に絞ると受賞率は上がるが、それでも延べ20回以上も開催されていながら入選作は7作、実に7回に1作出るかどうかという程の狭き門だったりする

 であるならば、その狭き門をくぐり抜けて入選を果たした作家はさぞかしその後活躍したのだろうと思うのが普通であろう

 

 という訳で、今回は黄金期中に手塚賞入選を果たした7人を追跡見てみた

 

 まず、7人のうち最も成功したのは上でも挙げたが88年上半期に「楓パープル」で入選を果たした成合雄彦こと、後の井上雄彦なのは間違いないだろう。その代表作である「SLAM DUNK」は鳥山明の「DRAGONBALL」と並んでジャンプ黄金期を牽引した二大看板であり、これ以上に成功した作家はジャンプの歴代連載陣を見ても殆どいないレベルである

 

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 続いて活躍したのは成合雄彦と同じく88年上半期に「ジャンプラン」で入選を果たした浅美裕子になる。代表作である「ワイルドハーフ」は大人気作とは言えないが、黄金期末期から終焉後のジャンプで存在感を放った名バイプレイヤーだ…という表現は失礼か

 

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 …実はジャンプで成功した作家は以上で終了と言わざるを得ない。その他の作家を見ると、85年上半期に「水平線にとどくまで」で入賞した岸大武郎と、96年上半期に「竜鬚虎図」で入選した田中加奈子は両者とも2本連載したがいずれも短期終了してしまってジャンプを去っている。それでもこの2人は連載を持つ事が出来ただけでもまだいい方で、95年下半期に「メイプルハウスの私たち」で入選した山川かおりは同作品以外は入選以前に読切作品が2本掲載されただけ、89年下半期に「RUSH BALL・REMIX」で入選したジョン・M陸克と92年上半期に「生まれた日に」で入選した曼荼羅に至ってはその1本以外は読切作品すらないという有様で、どう甘く見積もっても成功したなどとは言えない

 

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 7人中ジャンプで長期連載を持つ事が出来た者は僅かに2人。率にすると3割にも満たないという数字は、黄金期中の全連載作品における長期連載率より低い。どうして滅多に出ない入選をを勝ち取った選ばれし者である筈の人たちがその後思うような活躍が出来ていないのだろう

 その理由は、手塚賞の選考基準がストーリーを重視している事にあるのではなかろうか

 …などと書くと、手塚賞はギャグマンガ部門として赤塚賞が分離新設された第8回以降はストーリー漫画しか募集していないのだからストーリーを重視して審査しているのは当然だろうと思うかもしれないが、ストーリー漫画だからとてストーリーを重視する必要はない。巻来功士の「連載終了!」巻末に収録されている作者と堀江信彦の対談によると、漫画にはストーリーラインという縦糸と、演出やキャラクター作りという横糸があり、漫画ってものは縦糸3:横糸7くらいでいいという

 この意見が絶対的に正しいとも思えないが、実際黄金期の二大看板の1つである「DRAGONBALL」を見てもストーリーは自体は場当たり的な上に単純極まりなく、悟空を始めとするキャラクターたちや迫力のバトルシーンで人気を博したのは明白であり、人気作品の多くも同様であるからジャンプにおいては1つの真理ではあるのだろう

 

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 しかしながら、手塚賞はその名に引っ張られているのか手塚治虫的な作品、それも「鉄腕アトム」や「リボンの騎士」といったエンタメ寄りの作品ではなく、「ブッダ」や「火の鳥」といった重厚な作品を高く評価する傾向が見える。要するに手塚賞に求められる作品とジャンプに求められる作品の方向性に乖離があるのである

 その顕著な例が、黄金期以前の74年上半期に「生物都市」で入選した諸星大二郎だろう

 

 受賞作である「生物都市」は選考委員のほぼ全員が推すほど完成度が高い作品であり、ジャンプで連載された「妖怪ハンター」、「暗黒神話」、「孔子暗黒伝」も今読んでも面白い。…のであるが、いかんせんジャンプの読者の好みとはかけ離れた作品だったので何れも短期終了してしまってジャンプを離れる事となり、その後青年誌で伝奇漫画家として活躍しているのを見ると、手塚賞に入選したのはむしろ遠回りになった感もある

 

 手塚賞。その厳しい審査をくぐり抜けて入選した者は、人気作家への道が約束された、とまではいかぬとも少なくともジャンプで連載が持てるだろうと胸を躍らせた事だろう。だが実態は連載を持つどころか読切の1つも掲載されずに終わる例もあるという茨の道だったりする 

あの作家の最後のジャンプコミックス

 さて、今回紹介するのは「3年奇面組」及び、その主人公たちが高校に進学した事でタイトルを変更した「ハイスクール!奇面組」で人気を博した新沢基栄の単行本である

 

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 新沢基栄といえば以前「ボクはしたたか君」の紹介記事で触れたとおり、同作品の連載中に持病の腰痛が悪化して連載中断、その後再開される事なく終了となってジャンプから離れた訳であるが、ならば「ボクはしたたか君」の最終巻である第5巻が新沢基栄の最後のジャンプコミックスかというとそうではない

 という訳で、今回紹介するのはこちらだ

 

 古代さん家の恐竜くん

作者自画像

 そう、本単行本は作者が腰痛で「ボクはしたたか君」の連載を中断、休養してる時期に発行された、それより以前にジャンプやその関連誌に掲載された読切作品を収録した短編集である

 因みに表紙カバー折り返しの作者あいさつではこの時期の心境が綴られているが、ジャンプで延べ八年以上も連載したうえ、作品がアニメ化までされている作家が本単行本の出版でお金が入る事をありがたがる様は悲しすぎるので流石にネタだと思いたい

 

 ただし、これが作者最後の単行本かというとそれも違う。あくまで通常のジャンプコミックスとしての最後であり、ジャンプを離れた後に少年ガンガンで連載された「フラッシュ奇面組」の単行本がエニックスから出ているし、こと集英社に限定しても、ジャンプコミックスジャンプコミックスでもジャンプコミックスデラックスで「帰ってきたハイスクール!奇面組」、他にも新作ではないが「3年奇面組」や「ハイスクール!奇面組」の文庫版などが発売されていたりする

 

 さておき、本単行本の収録作品と初出を

 

 パートナー真児くん    90年40号

 おやおや親父       88年18号

 古代さん家の恐竜くん     87年増刊オータムスペシャ

 DATTE!潮鐘       86年増刊スプリングスペシャ

 Kの日記帳         85年フレッシュジャンプ2月号

 解決豪くんマン        84年フレッシュジャンプ2月号

 Mr.愛NG         83年13号

 教師のらいせんす     82年1月10日増刊

 ひまわり・ちゅーりっぷ  81年4月10日増刊

 

 収録作品は当たり前といえば当たり前だが全てギャグ漫画である。といっても、「パートナー真児くん」は幼馴染同士、「Mr.愛NG」は転校生と不良生徒というどちらもベタな関係の男女によるラブコメ。「おやおや親父」は色々な家庭の色々なタイプの親父を、「古代さん家の恐竜くん」は家に連れてこられた恐竜と古代一家との生活を描いたファミリーコメディ。「DATTE!潮鐘」はやる気もなく部員も6人しかいない男子バレー部に新任コーチがやってくるというスポ根風。「Kの日記帳」は偏屈で皮肉屋なKという人物の視点で進む一風変わった学園もの。「怪傑豪くんマン」と「ひまわり・ちゅーりっぷ」は「3年奇面組」及び「ハイスクール!奇面組」の登場キャラによるスピンオフ。そして「教師のらいせんす」はこちらに登場したキャラが後に「ハイスクール!奇面組」に登場するという言わば逆スピンオフ作品とバラエティに富んだラインナップであるし、全部で9本も収録され、更に作者自身による作品解説までついているのだからボリュームの面も申し分ない

 加えて、上の初出時期を見ればわかるが収録作品は「3年奇面組」の連載中から「ボクはしたたか君」の連載中断後に至るまでほぼ一年ごとに描かれているので作風やタッチの変遷を見て楽しむ事も出来るお勧めの短編集である。電子書籍化されているので現在でも容易に読む事が出来るし

 唯一といえる不満点は、作者のジャンプ本誌での最後の読切作品である「必殺!学園救助隊キャラクター」が収録されていないところだが、同タイトルは本単行本が発売された後に描かれたものだから仕方がない

Mr.ジャンプに黙祷を

 ご存じの方も多いと思うが本日、鳥山明が急性硬膜下血腫で3月1日に死去していたとの報が入った。同氏の作品である「DRAGONBALL」はジャンプ黄金期の象徴であったのみならず、それ以前に描いた「Dr.スランプ」もまたジャンプの躍進に大きく貢献しており、Mr.ジャンプと呼ぶに相応しい氏の逝去に黙祷を