黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

五輪とジャンプ

 本日は東京オリンピックの開会式が行われる日であり、これを書いているまさに今、式が行われている最中である

 本来は昨年に開催されるはずであったところをコロナ禍の為一年順延してもまだ収まらない中での開催強行には今なお批判も多く、また、運営面でも新国立競技場の建設コスト問題に始まり、エンブレムデザイン盗作問題、更にここにきてセレモニーに関わる人物が過去の言動が問題となり次々と辞任、解任されるグダグダぶりと、既にケチがつきまくっている感は否めない。私自身もスポーツ観戦は好きだし、そこまでオリンピックに悪感情は無いにしろ、あまり熱を入れて見る気が湧かないというのが正直な気持ちである

 が、そういった真面目な話は一旦さておき、自国でオリンピックが開催される事など滅多にないので、今回はオリンピック開幕記念としてオリンピックとジャンプをテーマに少し話題を掘り下げていきたい

 

 ところで皆さんはオリンピックとジャンプと聞いて何を連想するだろうか? 正直なところ、四年に一度しか目を覚まさない為にオリンピック男の異名がある「こち亀」の日暮熟睡男や、「キン肉マン」の超人オリンピックなど、名前がそうなだけで実際のオリンピックとは関係ないものを思い浮かべるのがせいぜいという方も多いのではないだろうか

 それも無理のない話である。なにせジャンプの黄金期においてオリンピックに因んだ作品は読切作品が数本あるのみで、連載作品に関してはオリンピックを描いた作品など皆無、せいぜいギャグマンガで一過性のネタとして触れられる程度なのだから

 しかしながら、オリンピックを描いていなくてもオリンピック競技となっているスポーツを描いた作品は少なくない。黄金期の全連載作品数167のうち該当する作品は、ゴルフなど連載当時はまだオリンピック種目じゃなかったものや、オリンピックはオリンピックでも冬季オリンピックの種目だったものを除いても全8種目、延べ20作品にものぼるのだ

 因みに種目別で見ると圧倒的に多いのはボクシングで、当ブログで紹介した「ハードラック」、「とびっきり」、「BAKUDAN」を含めその数は全部で8作品になる

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 それに続くのはサッカーの4作品(「キャプテン翼」と「キャプテン翼ワールドユース編」を別にカウントすれば5作品だが)、テニス、野球の2作品、バスケットボール、体操、柔道、馬術がそれぞれ1作品ずつとなっている

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野球は正式種目となった92年大会以降のみカウントしました

 それにしても20作品もあればオリンピックを描く作品が1つくらいあってもよさそうなものだが、全くないのはどういうことなのだろうか?

 などと、謎に思う程複雑な話ではなかったりする。当ブログは何度も言っている事だが、ジャンプの正式名称は(週刊)少年ジャンプであり、そのメイン読者層は少年である。故に、連載作品の主人公は読者層と同じく少年である事が多い。この法則は当然オリンピック種目を題材とした作品にも当てはまる訳で、有名どころだとバスケットボール漫画である「SLAM DUNK」の桜木花道も、サッカー漫画である「キャプテン翼」(及び「キャプテン翼ワールドユース編」)の大空翼も然りである。翼は他誌の続編では成人するけど

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 なので、主人公の年齢的にオリンピックは目標の大会になりえないというのが理由としては一番大きいだろう

 そしてもう1つ別なケースとしては、主人公の年齢的にはオリンピックが目標になりえるが、オリンピックより大きな目標がある場合だ。例えば種目別で最多の8作品もあるボクシングでは「BAKUDAN」などはオリンピックよりプロの世界チャンピオンが目標となっている。他誌も含めると「あしたのジョー」など多くの作品もそうである。また、黄金期の間はオリンピック種目ではなかったので今回は除外したゴルフだとマスターズなどのメジャー大会が優先される事だろう

 

 どうもオリンピックとジャンプとの関係について話題にするつもりが、いかに両者が関係が無いかという真逆の話題になってしまって自分でも困惑しているが、最後に1つだけ言いたい。この状況下でのオリンピック開催について否定的な考えを持っている人は少なからずいるだろうし、私はそれを否定する気は無い。だが、出場している選手達に非がある訳では無いのでその矛先を彼らに向けるのはやめて頂きたいと思う次第である

ジャンプ黎明期の苦闘の記録

 前回はジャンプの創刊記念という事で創刊号の紹介をし、その中でジャンプの船出は決して順風満帆とは言えなかったと述べたが、今回はその辺りをもう少し掘り下げる為に前回の記事でも少し触れたこちらを紹介したい

 

 さらば、わが青春の『少年ジャンプ』

 西村繁男

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 著者は62年に集英社に入社。68年に創刊スタッフとして少年ジャンプ編集部に配属される。78年には第3代の編集長に就任し、以後八年にわたって陣頭の指揮を執り、90年には集英社の取締役にまで昇り詰める事になる

 著者のプロフィールから察せられると思うが、今回紹介するのは漫画ではない。ジャンプの創刊以前から集英社に在籍し、編集者、編集長、役員と立場を変えながら二十年以上もジャンプに携わってきた人物の手によりジャンプ興亡の歴史を記したノンフィクションで、94年に飛鳥新社から出版されたものを加筆して97年に幻冬舎から文庫として出版されたものである

 前文は93年9月8日、ジャンプ創刊号の巻頭を飾った漫画家、梅本さちおの急逝(死去は9月6日)を告げる電話を受けたところから始まる

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創刊号の巻頭を飾った梅本さちおの「くじら大吾」

 そして梅本さちおの通夜に参列した著者は、同じく通夜に参列したちばてつや本宮ひろ志といった懐かしい顔ぶれと再会して気分が高揚した事と、関連会社への出向が決まっていた事の鬱屈からジャンプ創刊当時の燃えるような日々を思い出し、何かの形で残したいという気持ちから本書の執筆を決めたという

 

 その後、著者が入社二年目の63年に、後のジャンプ初代編集長である長野規と出会ったところから本章が始まるのだが、当時の集英社の様子が現在の我々が抱いている超メジャーな出版社というイメージからはほど遠過ぎて驚かされる。大看板であるジャンプがまだ創刊前であるから、後と比べると色々劣るのは当たり前と言われたらそうなのだろうが、失礼な話、それにしても限度があるだろうというレベルでショボいのだ

 元々集英社小学館の娯楽部門が分離独立して出来たものなのだが、この頃は新雑誌を創刊するにもいちいち小学館の社長である相賀徹夫の許可が必要だという完全に子会社状態であり、ジャンプが創刊当時週刊ではなく月2回刊だったのも相賀が反対した為だったという

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 そんな有様だから人員も予算も乏しく、創刊当時の編集部員は著者の他に前述した編集長の長野規、副編集長で後の第2代編集長となる中野祐介、あとは後輩の加藤恒雄と僅か4人であり、予算はページ換算すると1ページ4千円、そこから雑費を引くと原稿料は1ページ3千円しか掛けられなかったという

 参考までに当時の原稿料の相場は1ページ4千円程度であり、人気漫画家となるとそれより高くなるのは言うまでも無い。これでは読切なら付き合い上引き受けてくれるかもしれないが、他誌に連載を持っていてスケジュール的に余裕が無い事もあって、連載を引き受けてくれる漫画家はそうそう見つかりそうもない。創刊号に連載作品が2つしかなく、その2つの執筆者のネームバリューも見劣りしていたのも故無き事では無いのだ。しかも、そこまでしてもなお所定のページには足りず、最終的には既存の海外作品の掲載権を安く手に入れて穴埋めをするという始末であった

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既存の海外作品の掲載は創刊号に限らずしばらく続いたようだ

 そんな逆境どころか、よく創刊まで漕ぎ着けられたものだと思えるような惨状から、日本一の雑誌にまで昇り詰めるのだから、本当に世の中はわからないものだ。そこに至るには勿論時代時代の連載陣の力も必要であっただろうが、その連載陣の取捨選択を含めた編集部の決断と働きがあっての事だというのは想像に難くない

 中でも初代編集長である長野規の貢献は別格だったようで、結構なページがそのエピソードに割かれており、それを読んでいくと、現在まで続くジャンプの伝統というべきものの多くが長野体制下において生まれた事がわかる

 例えば既に他誌で名の売れた漫画家を起用するのではなく、無名の新人を育てる事を重視する所謂純血主義も、前述の苦しい事情からそうせざるを得なかった面があるにしても長野体制下の産物であるし、創刊号から既にアンケートはがきを封入してのアンケート至上主義も長野の発案である。ジャンプ漫画の代名詞と言える、『友情』、『努力』、『勝利』という三本柱に至っては、ジャンプ創刊より以前に長野が編集長を務めていた少年ブックで既に掲げていたテーマだという

 一方で、やはりジャンプの伝統ではあるが、批判も多い専属制度も長野の発案であり、その他にも、出版業界どころか社会全体の倫理観が今より欠如していた昔の話だという事を差し引いても眉を顰めてしまうダークなエピソードも散見され、ひと癖もふた癖もある人物であっただろう事もうかがえる。しかしながら、後発誌で環境にも恵まれないジャンプが天下を取るには、時に尋常ならざる手段も必要な訳で、そういう意味では長野が初代編集長だった事は僥倖だったと言えるだろう

 そして、もう1人ページを大きく割かれている人物が、本宮ひろ志である 

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  本宮ひろ志といえば、以前紹介した「ばくだん」でも触れたように、ジャンプ黎明期を牽引した立役者の1人にしてジャンプと専属契約を結んだ第1号であるなど元々エピソードに事欠かない人物である。加えて著者にとっては初めてゼロから育て上げた漫画家であるので思い入れが強いのか事細かに描写され、中には急な仕事を頼みたくて訪ねたのに本宮がソープにいって留守だったなどという下半身事情の暴露もあったりする。思えば80年代半ばまでのジャンプの本宮に対する過剰なほどの特別扱いは、その貢献度の高さに加え、本宮に対して思い入れの強い著者が編集長内で力を持っていたからだという事も大きかったのかもしれない

 そんな2人の貢献、そして勿論著者本人の貢献もあって、ジャンプは幾度か危機に直面しながらも着実に成長を続けてついにはマガジン、サンデーを抑えて日本一の漫画週刊誌となる訳だが、そのあたりからは著者が偉くなって現場の最前線から外れた為か、描かれるのは編集部内や社内の勢力争いばかりになり、業界本としてはともかくジャンプの話としては正直面白くなくなってくるのが玉に瑕だ

 とは言え、現在の読者どころか黄金期の読者すら想像できないようなジャンプ黎明期の舞台裏を、その当事者によって描かれたものなど他に類のない貴重なものなので是非とも読んで頂きたい一冊だ。が、現在絶版になっていて古本でしか入手出来ないのが残念で仕方がない。…まあ、本書に限らずここで紹介する作品は大概絶版なのだが

Happy Birthday JUMP

 本日はジャンプにとって最も重要な記念日である。というのも、今を遡る事五十三年前の今日、1968年7月11日にジャンプの第1号、年度毎に発行されるものじゃなく本物の第1号、つまり創刊号が発売されたからだ

 そういう訳で今回はジャンプ誕生記念としてジャンプの創刊号がどんなものであったかを紹介したいと思う。なお、実際に見て頂くのはオリジナルではなく、以前紹介した1995年3・4号と同じく後に復刻されたものだが

 

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  早速だが表紙はこちら

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95年3・4号と並べてみると白さが目立つ

 なんというか、流石に五十年以上前とあって非常に時代を感じさせるデザインだと言えよう。特に最上部に書かれている「新しい漫画新幹線」という今となっては意味不明なキャッチフレーズが、東海道新幹線が開通してからあまり時間が経っておらず、まだ庶民が気軽に乗れるものでは無かったという当時の世相を感じさせて微笑ましい。現在や黄金期の表紙と比べるとかなり違和感のあるデザインだが、中でもジャンプという文字のロゴデザインが全然違うところが一番違和感を感じさせる原因だろうか

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一方で海賊マークはこの頃から変わらなかったりする

 他にも注目すべき所はいくつかあるが、まずはこの部分だろう

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 創刊当時のジャンプは週刊ではなく月二回刊である事は一部では知られた事実ではあるが、その発売日は第2第4木曜日。現在の発売日である月曜日ではなく、黄金期に発売日であった火曜日(首都圏では月曜日だったが)でもなく木曜日だ。木曜日といえばかつてのマガジン、サンデーの発売日だが、逆に両誌の創刊号の発売日は59年3月17日の火曜日であったという興味深い事実がある

 そして驚愕のこの値段

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因みに表紙の裏には明治のキャラメルの広告が載掲載されているがその値段は20円だ

 私が購読を始めた頃の値段は170円で、それが90年に190円になり、96年に200円の大台に乗った時にはジャンプがこんなに高くなったのかと衝撃を受けたものだが、この時の値段は3桁にもなっていない。まさに桁違いの安さである。しかも実はこれでも競合誌に比べれば高いほうで、マガジンもサンデーも当時はたった60円であった

 

 そしてジャンプと言えばこれ。創刊号から既にアンケート至上主義が徹底されているようである

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 創刊号の記念すべき掲載陣の顔ぶれ

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記念すべき創刊号の巻頭カラーはこの作品だ

 掲載作品数は僅か8本で、総ページ数も256しかない。以前紹介した95年3・4号の場合、掲載作品数は22本、総ページ数は500を超えており、比べてみるとかなり寂しく感じられる。ただし、これはジャンプに限った事ではない。この当時はマガジンもサンデーもページ数は大差なく、部数争いの結果、年を経るごとに徐々にページ数が増えて行った形だ。これより以前のマガジン、サンデーの創刊当時など両誌ともに100ページにも満たなかったのである。

 顔ぶれを見ると目立つのは赤塚賞でもおなじみ赤塚不二夫の「大あばれアパッチ君」、恐怖漫画の大家である楳図かずおの「手」あたりだろうが、残念ながらいずれも読切で連載作品ではない。そしてジャンプの黎明期を牽引した作品の1つである永井豪の「ハレンチ学園」も掲載されているが、この時はまだ読切での登場となっていて、連載作品は梅本さちおの「くじら大吾」と貝塚ひろしの「父の魂」の2本のみである

 ところで、皆さんは両連載作品の事をご存じだっただろうか。私は正直に言うと両作品どころか両作者の名前すら知らなかった。調べたところ梅本さちおは70年から少年キングで連載された「アパッチ野球軍」が、貝塚ひろしは72年からサンデーで連載された「柔道讃歌」がそれぞれTVアニメ化されており、それなりの人気作家と言えるのだが、同時期のサンデーやマガジンは赤塚不二夫に藤子不二雄石ノ森章太郎ちばてつや川崎のぼるといった錚々たる顔ぶれを擁しており、それと比べると一枚も二枚も落ちる感じは否めないだろう

 ここでもう一度ある部分に注目して表紙を見て頂きたい

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 連載作品があるのにもかかわらず「ぜんぶ読切」という矛盾したキャッチフレーズがあるではないか

 ジャンプ創刊メンバーの1人である西村繁男の「さらば、わが青春の『少年ジャンプ』」によると、これに関して疑問をぶつけた著者に、初代編集長である長野規は「連載では大きな流れのほかに、その号その号展開の中にもヤマを作っていくはずだな。そのヤマを読切とみなすんだよ」と答えたと書いてあるが、イマイチよくわからない。要は、看板となる人気作家の連載作品が確保できなかったので、代わりに何か付加価値をつけようという苦し紛れの方策なのだろう。発行部数の方もそのあたりの苦しい事情を反映してか、マガジン、サンデーどころか少年キング(同時期の平均部数約40万部)の足元にも及ばない僅か10万5千部であった

 そんな前途洋々とは程遠い船出となったジャンプであったが、その後快進撃を続けて全盛期には創刊号の発行部数の60倍を超える653万部という前人未到の記録を打ち立てる事になるのは皆さんもご存じの通りである

ジャンプ作品たちの仮面の下の素顔を暴く

 意味深な題名にしてみたが、ここで言う仮面とは単行本についているカバーの事であり、要はカバーの下の地を見せるという意味なので、スキャンダラス的なものを期待した方はガッカリさせてしまって申し訳ない。しかし、考えてみると私たちは表紙絵というとカバー絵を連想してしまう程カバーがついているのが当たり前の事となってしまい、単行本を雑に扱っていた子供の頃を除くとカバーの下を見る機会はあまり無いのではなかろうか。それが短期終了作品だと尚更に。え?そもそも短期終了作品はカバーを見る機会もあまり無いって?。それを言っては身も蓋もないではないか

 そんな訳で今回は普段見る事のない短期終了作品の単行本カバーの下の地の表紙を色々見て頂きたい

 

 まずは毎度お馴染み成合雄彦の「カメレオンジェイル」から

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 御覧の通りカバーデザインとはうって変わってタイトルロゴと作者名など最低限の情報のみという非常にシンプルなデザインとなっている

 このタイプは古い作品の多くが該当し、メジャーなところでは「こち亀」もワンポイントで両津と中川の顔が描かれているが基本的にはこのタイプと言えよう。100巻を超えたあたりでデザインが変わってしまったけど

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ジャンプスーパーコミックスは大概このパターンだ

 次に見て頂きたいのはこちら

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 自分で見せておいてなんだが、カバーデザインと全く同じで三色刷りになっただけという面白みのないデザインだ

 このタイプは時代が新しくなると共に上に挙げたタイプにとって代わって主流となっている。多くの単行本は以上2タイプのどちらかと、そのバリエーションだ

 バリエーションの一例としてはこんな感じ

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 カバーイラストの一部を流用して枠で飾っただけだが、それだけで結構印象が違うエコなデザインだ

 数はそんなに多くないが、カバーデザインとは全く別のデザインをわざわざ用意したパターンもある

 

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 同タイプであるがデザイン的に絵よりロゴに力を入れたものもある。前回紹介した「ZOMBIE POWDER.」も自己主張は激し過ぎるがタイプとものはこれに該当するだろう

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 これなんかはシンプルだが、作品とマッチしていて個人的に好きなデザインだ

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 このパターンは大抵全巻共通のデザインである事が多いのだが、中には各巻でデザインが違うのもある

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 こういう場合はラフスケッチや設定画を流用するのが殆どで、ここまでしっかりしたのは珍しい

 珍しいといえば裏表紙にもデザインが施されているパターンもある

 まずは通常の単行本の裏表紙を見て頂こう

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ジャンプスーパーコミックスだとJSCマークだ

 こんな風に大抵の単行本の裏表紙は無地で中央にJCマークがあるだけのシンプルなもので、あってもせいぜい表紙のベースの柄を流用している程度だ

 次にこちら f:id:shadowofjump:20210705134443j:plain

 これなんかは凝ったデザインで流石小畑健だと感心させられる。が、それでも表紙の地を裏表紙にも利用しているに過ぎない。まあ、そもそも実際にデザインしたのは小畑健本人ではなくデザイナーだろうし

 で、これが裏表紙にもデザインが入っている珍しいパターンだ。私の調べた範囲では他に裏表紙に独自のデザインを施しているものは殆ど無かった

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 と言ってもタイトル文字が裏まではみだしているだけなのだが、派手な色使いといい、作者の宮下あきらとマッチしていて味わい深い

 

 参考までに三大少年漫画誌の他の二誌のカバーの下も少しだけ見て頂こう

 まずはジャンプ最大のライバルであるマガジンから

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 週刊月刊問わずどの単行本も皆同じデザインという無個性ぶりで、文字のフォントもつまらない。私が子供の頃、家には誰が買ったのか不明だがマガジンコミックスが何冊かカバーの無い状態で置いてあり、理由は自分でもよくわからないのだが それを見て強い嫌悪感を抱いた記憶がある。私がマガジンを殆ど読まないのはそれが理由の1つなのかもしれない。後にはデザインが変更されて、しかもカバーと下の地が同じというケースも多くなっているので今では見られないデザインだ

 そしてサンデー

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 私が調べた限りでは「ジャストミート」や「タッチ」などもこのタイプで、80年代半ばには既にカバーと下の地が同じデザインが主流となっていたようだ。ジャンプでこのタイプが主流なるの80年代末期から90年代初頭あたりで、マガジンは更に遅い。三大少年漫画誌の中では常にジャンプ、マガジンの後塵を拝してきたサンデーだが、この分野においてはサンデーが先駆けで他誌が追随する形となっている。まあ、それにどんな価値があるのかはわからないが

 

  他にも見せたいものは沢山あるが、まだ記事にしていない作品については今後記事にする際にカバーの下も披露するようにしたいという事で、今回はここまでとする

 最後に、これを見てカバーの下に興味を持つ奇特な人がいるとも思えないが、もしいたならば、ブックオフなどに出かけて売り場の本のカバーを片っ端から剥いて回るような事はしない方が良いと忠告しておく。私もこの記事の為に近所のブックオフでやってきたのだが、小心者には他人の目が気になってデザインが殆ど頭に入らなかった。ので、ちゃんと単行本を購入して家でじっくり見るように。尚その際は電子書籍版を購入しないよう重ねて忠告する。他の出版社の電気書籍の中にはちゃんとカバー下の地の部分も入れてくれているところもあるが、ジャンプコミックスについては入っていない(少なくとも私の手持ちの電子書籍はそうだった)ので金の無駄になるからだ。…いや、中身は普通に読めるので無駄ではないか

  

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サクラ革命よ、静かに眠れ

 明日6月30日、所謂ソシャゲの「サクラ革命 華咲く乙女たち」(以下「サクラ革命」)のサービスが終了する。栄枯盛衰の激しいソシャゲ界隈ではサービス終了など日常茶飯事で珍しい事でもないかもしれないが、大手であるSEGAがかつての看板IPである「サクラ大戦」を持ち出し、その前段として「新サクラ大戦」のアニメ及び家庭用ゲームを制作するなどかなり力を入れたにも関わらず半年余りでのサービス終了は、いくら何でも早すぎると驚きの声があると共に、「新サクラ大戦」の時点で旧来のファンにそっぽを向かれ、新規には見向きもされないという有様なのにサービスを強行した時点でどんな判断なんだと訝られ、肝心の「サクラ革命」の出来もアレだったので早期終了も当然だという声も少なくない

 いきなりこんな事を語りだして、それがジャンプと何の関係があるのかと疑問に思う方もいるだろうが、黄金期ではないもののちゃんとジャンプと関係あるので安心して頂きたい

 それはどんな関係かというと「新サクラ大戦」のキャラクタデザインを担当したのが、あの久保帯人だという事だ。いや、「サクラ革命」の方ではないからやっぱり関係ないじゃないかと言われるかもしれないが、そこは気にしてはいけない

 という訳で今回紹介するのは久保帯人の代表作である「BLEACH」、では無くてこちらの作品だ

 

 ZOMBIEPOWDER.(99年34号~2000年11号)

 久保帯人

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 作者は95年に久保宣章名義で描いた「FIRE IN THE SKY」がホップ☆ステップ賞最終選考作となり、翌96年「ULTRA UNHOLY HEARTED MACHINE」が増刊サマースペシャルに掲載されてデビュー、同年36号には「刻魔師麗」が掲載されて本誌デビューを飾る。更に97年51号に「BAD SHIELD UNITED」を掲載した後、ペンネームを久保帯人と変え99年34号から本作品で連載デビューを果たしたのである

 そんな本作品は12個集めると死者は蘇り生者は永遠の命を得る薬であるゾンビパウダーが手に入るという死者の指輪を探して主人公の芥火ガンマとその仲間たちが旅を続ける冒険&バトル漫画である

  物語の舞台はアメリカ西部開拓時代にスチームパンク的ファンタジーを加えた感じだろうか。血と硝煙に溢れ、ならず者が闊歩する力こそ正義の世界で、賞金稼ぎであり自らも賞金首でもあるガンマ達が行く先々で騒動に巻き込まれるといった構成は「ONE PIECE」を意識しつつも、その退廃的な雰囲気はアンチ「ONE PIECE」を志向したとも言える

 ところで、作者と言えば、その作風はオサレとかスタイリッシュとか皮肉交じりに形容されているのがネット上で散見されるが、作者の代表作である「BLEACH」の連載が開始された頃にはもうジャンプを読まなくなっており、なんなら本作品の連載時も既にいい年になっていて惰性で読んでいた私は正直あまりピンと来なかった。のだが、この記事を書くにあたって単行本を買って読み返して納得してしまった。確かにキャラの台詞の言い回しや構図といった作中だけにとどまらず、単行本カバー折り返しの普通は作者の写真や自画像を載せる欄やカバーを外した表紙の地のデザインでも俺は他とは違うと言わんばかりの強い自己主張を感じて正直苦笑を禁じ得なかった

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 などと言っておきながら掌を返すようであるが、このような意見は私のように冷めた目線で見ている者や「BLEACH」の連載が長くなりすぎて途中で飽きてしまった者によるネット上の声の大きな意見と、それに影響されてネタとして拡散されているに過ぎないというのが個人的な考えだ。確かに自己主張の強い作風とは思うが、それは同時に作者の強い個性として他作品との差別化に役立っているし、そもそも論としてそんな意見が大半を占めるなら、何度も言っているが長期に渡って連載を続けるのが非常に困難なジャンプで「BLEACH」の連載を十五年も続けられる訳がないだろう

 とは言え、本作品は「BLEACH」と違って短期で終了しているので、気になる部分もある。これが初連載というキャリアの薄さに加え、単行本3巻折り返しの作者あいさつによると連載当時は精神状態がガタガタだったという事が影響しているのか、絵は雑だし、所々に挿入されるギャグは作中の雰囲気にそぐわず明らかに浮いている。中でも一番問題だと思うのは、元々全体的に情報不足気味な上、伏線のつもりなのか無駄に情報を隠した思わせぶりな台詞をちょこちょこはくので主人公のガンマすらどんなキャラかよくわからないまま読者置いてけぼりで物語が進んでしまう事だ。そして、中途で連載が終了してしまう為に結局最後まで読んでもわからないままというのは、短期終了作品あるあるだったりする

 ところで、一部には本作品が短期で終了してしまった理由を内藤泰弘の「トライガン」に類似している為とする意見もあるが、私は似ていないなどと言うつもりはないがそれが理由で連載を終了させられる程とは思わない。まあ「トライガン」についてはアニメを見ただけで原作は未読だから、間違った意見かもしれないが。それよりは上に挙げた問題の為、他の雑誌ならまだしも黄金期が終ってしまっていたとはいえバトル漫画の総本山とも言えるジャンプで長期に渡って連載を続けるられるだけのクオリティには残念ながら達していなかった事の方が大きいと感じられる。ぶっちゃけヒット作品なら多少問題があっても連載を終了させるなんて判断にはならないだろうし…作者が逮捕されたりしたら別だが

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 真相はわからないが、ともあれ本作品は27話、期間にすると半年余りで連載終了と相成ってしまい、今となっては語られる事も殆どなくなってしまっている。一方「サクラ革命」のサービス期間は本作品にも及ばないが、種々の悪評もあってしばらくはネタ的な意味で語られる事だろう。まさに悪名は無名に勝る状態ではあるが、「サクラ革命」や「新サクラ大戦」ネタで盛り上がった時には本作品の事もついでに思い出して頂ければ幸いである

名作と名作の狭間に

 前にも述べたが、黄金期のジャンプでは長期に渡って連載を続けるどころか、連載を持つ事すら非常に困難である。ましてやそれを複数の作品で成し遂げる事は非常に稀であり、黄金期を代表する漫画家でも1つの作品では大ヒットを飛ばしたものの、後が続かなかったというケースは少なくない

 そんな稀な人物の1人に入るのが徳弘正也である。黄金期の初期においては「シェイプアップ乱」を三年近く連載し、黄金期真っ只中においては「ジャングルの王者ターちゃん♡」及びそれを改題した「新ジャングルの王者ターちゃん♡」を合わせて七年以上も連載しただけではなくTVアニメ化まで果たしており、両作品については当時の読者なら当然のように憶えているだろう。そういえばTVアニメでターちゃんを演じたのがブレイク前の岸谷五朗だったというのも今となっては味わい深い話である

 だが、両作品の間に連載したこの作品の事を憶えている方は一体どれだけいるだろうか

 

 ターヘルアナ富子(86年22号~36号)

 徳弘正也

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 作者は82年に「美女は肉料理がお得意」で赤塚賞佳作を受賞、その後「彼女の魅力は三角筋?」と「軟派巌流島」の2本がフレッシュジャンプ83年2月号に掲載されてデビューすると、同年26号から「シェイプアップ乱」の連載が開始され、本誌初登場にして連載デビューを飾る事となる。そして86年、「シェイプアップ乱」が1・2合併号で連載終了の後、18号に読切作品の「What’s おニャン子」を掲載、その僅か4号後の22号から連載が開始されたのが本作品である

 そんな本作品は、カバー絵と杉田玄白が翻訳した解体新書の原題であるターヘルアナトミアをもじったタイトルから察する通り、医療漫画である…と言いたいところだが、正直医療が話の核心に絡む事はあまりなく、実際は診療客の少ない開業医の娘で高校生の亀田富子と、その同級生で向かいに住む曹星寺の息子の天童空也が中心となって繰り広げられる学園&ホームコメディと言った方が適切だろう

 ならば医療はどこに絡むのかというと、主にギャグである

 各エピソードは、例えば、開腹手術に成功したけどまた同じところを開腹するかもしれないからと傷を縫合するのではなくファスナーをつけたり、忘れ物を窓から渡そうとしたら微妙に届かなかったので、手術中の患者の腕を切断してマジックハンドのように使ったりといった感じで、わりとドギツくもあり、コントチックでもあるネタを冒頭に掴みとして入れておいて、本筋は医療関係ない人情噺を展開し、最後にギャグで締めるというパターンが多い

 これは「シェイプアップ乱」、「ジャングルの王者ターちゃん」の両作品でもままある作者の十八番とも言える構成で、話の面白さでは本作品も劣らない、とまでは言い過ぎかもしれないが、作者の魅力は発揮できていると思う。のだが、だからこそタイトルにまでした医療関係の設定があまり生かされておらず、必要があったのかとも感じてしまう。特に後半の話になると、冒頭のギャグすら医療に関係ないケースも出てくるので尚更である

 医療が本筋にあまり絡まない理由は、作者の医学に関する知識が心許ない為であろう

 医療漫画の代表格と言えばなんといっても「ブラックジャック」だろうが、その作者である手塚治虫が医師免許を所持しているという事実は有名であろう。また、ジャンプの黄金期にライバル誌であるマガジンで連載されていた「スーパードクターK」も医師でもあり漫画家でもある中原とほるが原案協力をしている

 無論両作品ともあくまで漫画であるので、内容は必ずしも現実に即しているとは言えない部分も多い。しかし話をそれっぽく見せる為には、ネットですぐに調べる事の出来る今と違って、当時は作者の知識に依存するところが多かったのである

 翻って作者の場合はどうかというと、wikipediaで調べた所、出身大学に医学部は無いようなので本人が医師免許を所持しているという事はなさそうだ。また、単行本1巻のおまけページによると本作品を書くにあたり、郷里の高知に帰って医薬品会社に勤める兄に医師を紹介して貰って取材したとあり、逆に言えば親兄弟みたいな気軽に話を聞ける続柄の中には医者がいない事がうかがえる。これでは本格的な医療シーンを描こうとしても無理な話で、医療コントみたいなものになってしまうのも止む無しだろう

 別にコントが悪いと言うつもりはない。むしろ作風を考えれば本格的な医療シーンよりもコントの方が作者の特性を生かすという意味では良いとも考えられる。ただ、問題は設定上医療を絡めざるを得ないケースが少なからず出てくる事に加え、医療というものは命のやり取りが常の現場である為、コントとしては扱いが難しい部分もある事だ

 その辺りの窮屈さが影響したのか、本作品は15話という短さであっけなく連載終了を迎えてしまう。デビュー作でいきなりのヒットから一転しての短期終了に心中はいかほどであったか。作者はその気持ちを単行本1巻のおまけページで以下のように語っている

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 あっという間の連載だったが作家にとってどの作品も愛着がわくもんで

 この作品が終った時は残念だった。もう少年マンガは書くのはよそうと思った。

 田舎へ帰って小さなスーパーマーケットでも開いて暮らそうかなと思った。

 地域に密着した。地元の人達から愛される店長さんになろうと思った。

 

 まあ、ギャグ漫画家の語る事であるから全てを鵜呑みにする事も出来ないが、こういう事を書いている時点で少なからずショックを受けたのは想像に難くない

 

 本作品の終了後、作者は同年に創刊されたスーパージャンプで「ふんどし刑事ケンちゃんとチャコちゃん」の連載を開始して一時ジャンプ本誌を離れる事になるが、その連載を続けながら88年には「ジャングルの王者ターちゃん♡」で本誌復帰を果たす事となり、それがどれだけヒットしたかについては冒頭で触れた通りである。が、その舞台設定が何でも出来るようかなり緩くなっていたのは、本作品の挫折を踏まえての事だと推測するのは穿ち過ぎだろうか

再び鬼門のジャンルに挑んだ男

 前回紹介した「ハードラック」の作者の樹崎聖であるが、同作品が僅か11話で連載終了という挫折を味わうものの、ホップ☆ステップ賞を満票で入選した実績故か次のチャンスは意外と早く到来し、連載終了後半年も経たぬうちに88年増刊サマースペシャルで「TEENAGE BOMB」を掲載すると、翌89年41号から再びジャンプ本誌で連載を持つ事となる

 それが今回紹介するこちらだ

 

 とびっきり(89年41号~90年23号)

 樹崎聖

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作者自画像もカラーになりました

 さて、その内容であるが、1巻2巻のカバーを見ると知らない方はラブコメのように思われるかもしれないし、実際そういう要素もないでもないが、4巻のカバーを見ればご察しの通りである。そう、またもボクシング漫画だ

 前回も述べたがボクシング漫画はジャンプの黄金期において単行本が10巻以上出版されるほど続いた作品は今泉伸二の「神様はサウスポー」のみしかない鬼門のジャンルである。というのは今振り返っての結果論に過ぎないので、だからボクシング漫画は駄目だとか言う気は無い。が、同じ作者で一度失敗したジャンルに続けてチャレンジしようという案を、作者はともかく編集サイドは何を考えてゴーサインを出したのだろうか。ましてや当時は「神様はサウスポー」が連載中だったのにである。全くもって謎だ

 さておき、勿論作者としては同じボクシング漫画だからと言って結果も同じにならぬよう、本作品は「ハードラック」と比べて色々と差別化が図られている

 まずわかり易いのは絵のタッチであろう

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 並べて比べてみると一目瞭然だが、同じような特徴の主人公なのに「ハードラック」と比べるとデザインが全体的に丸くなり、それがポップな印象を与えている

 そして絵に対応するかのように設定の方も前作のような重たさは軽減し、かなりポップに仕上がっている

 まず主人公の性格からして段違いだ。「ハードラック」の主人公である原田勇希は狂犬だの暴れ狼だの言われた札付きの不良なのに対し、本作品の主人公の鳶木空はヘタレだが口では大きな事を言ってしまい、挙句、その為に転校しなければならなくなってしまったというコメディじみた設定となっている

 そして、空が転校先でも、実際はボクシングジムに行って三時間で投げ出したという経験しかないのに、オリンピックで金メダルを取る事を目標にしてジムに通っていると大口を叩き、その上偶然にも近所の与太高校のボクシング部のエースである大場を叩きのめした為(どんな偶然だ)に周りが盛り上がってしまい、引くに引けなくなってボクシングをやる事になるというのが物語の導入である

 導入からして如何にも少年漫画的だが、その後の展開も多分に少年漫画的だ。大場との因縁、秘密の特訓、対戦相手の卑劣な行為による負傷と、数々の困難を乗り越えた末に空は口だけのからっきしな男でなく、とびっきりのヒーローへと成長する。まさにジャンプの三大要素である「努力」、「友情」、「勝利」の詰まった王道的な物語。伊達にボクシング漫画をわざわざ続けた訳じゃなく、「ハードラック」が描きたい話を優先させた為にあまり読者の事を考えていない節があるのに対し、本作品はちゃんとジャンプの読者層を考えてチューンしてある事がうかがえる

 …しかしながら、それでもやはりジャンプにボクシング漫画は2つも要らないようで、本作品は前作の「ハードラック」と比べると3倍近く連載が続いたが「神様はサウスポー」との争いに敗れる形となり32話であえなく終了となる。だけではなく、「神様はサウスポー」もまた本作品の終了から二ヵ月もせずに終了してしまうという皮肉な結果となってしまう

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終盤は「神様はサウスポー」と巻末、ブービーのワンツーを飾る事も何度かあった

 最後に作者のその後について触れておこう

 本作品の終了後の作者は、本誌で読切が掲載されたり、増刊で何度か掲載された「TACHYON FINK」が単行本化されたりしたものの、本誌では再度連載を持つ事は叶わず94年36・37合併号に掲載された「風と踊れ! 時代を疾走ぬけた男バロン西」を最後に本誌を離れる事となってしまった。が、96年からスーパージャンプ梶研吾が原作を担当する「交通事故鑑定人環倫一郎」の連載を開始すると好評を得て続編も含めると2003年まで続く長期連載となり、その余勢をかって05年にはなんと約10年ぶりにジャンプ本誌で読切「FALLEN」を掲載するという快挙を遂げたのであった

 また、06年からは東京デザイナー学院で数年ほど講師を務め、その経験から09年には「10年メシが食える漫画入門 悪魔の脚本 魔法のデッサン」という指南本を出版すると好評を得てその後何冊も続編が出版されたという

 このあたりの活躍は、作者の事を憶えている当時の読者でも知らない人は結構いるのではないだろうか、と言うか私がまさにそうだった。やはりホップ☆ステップ賞を満票で入選を果たしたのは伊達では無かったのである