黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

ジャンプ版「逃亡者」

 「逃亡者」という古い海外TVドラマがある

 無実の罪で逮捕されて死刑判決を受けた主人公が護送中に脱走し、自分で真犯人を見つける為に逃亡生活を続けるという内容で、制作された米国はもとより遅れて放送された日本でも高視聴率を記録した

 それだけにとどまらず、この筋立ては余程魅力的なのか、その後も様々な媒体でリメイクやフォロワー作品が幾つも制作され、つい最近もかつてプレイコミックで連載されていた原作伊月慶悟、作画佐藤マコトによる「逃亡医F」が今年になってTVドラマ化されて三日前に最終回を迎えたところだったりする

 そして「逃亡者」フォロワー作品は黄金期ジャンプにも存在していたのである

 

 という訳で今回紹介する作品はこちらだ

 

 暗闇をぶっとばせ!(94年2号~16号)

 今泉伸二・宮崎博文

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 作画を務める今泉伸二の経歴については以前紹介した「チェンジUP‼」の記事を参考にされたし。同作品の終了後は93年増刊スプリングスペシャルに読切作品の「チョコレート☆ミラクル」を掲載、そして94年2号から初めての原作つき作品となる本作品の連載を開始したのであった

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 一方、原作を務める宮崎博文は、以前紹介した「METAL FINISH」の記事を書く為に調べた時に初めて知ったのだが、同作品の原作を務めた宮崎まさると同一人物だという事だ。同氏は現在では主に宮﨑克名義を使用している他、宮崎二郎だの観月昴だの高田信だの幾つものペンネームを持っており、Wikipediaによるとその数は表記違いを含めるとなんと10個もある。「北斗の拳」の原作者として有名な武論尊がジャンプ以外で仕事をする時は史村翔名義を使用するなどペンネームを使い分ける例は他にもあるが、いくら何でも多すぎるだろう

 

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 さておき、作品の説明に入ろう

 主人公である壬生隼人の父宅也は交通課の警察官であったが、ある日何者かによって殺害され、現場には父が書いたと思われる「左ウデ タランチュラ イレズミ」というメッセージが残されていた。それから一年後、身寄りがなく父の同僚の秋元に引き取られた隼人は、1人で父殺しの犯人を見つけようと暴走族を手当たり次第に狩っていた

 一方、秋元もまた事件の捜査を続けており、ついに犯人に繋がる重要な証拠を見つけて隼人に電話を掛けるが、直後に秋元も殺害され、隼人はその犯人として警察に逮捕されてしまう

 警察は端から犯人と決めつけて話を聞こうともしない中、隼人は父と秋元の仇を取る為、身の潔白を証明する為に隙を見て逃亡したのだが、そんな隼人を追跡するのは秋元の娘であり、隼人の幼馴染でもある恵であった

 

 さて、「チェンジUP‼」の紹介記事でも述べたが、今泉伸二の作風と言えば不幸である。その点において、父を殺され養父も殺され殺人の汚名を着せられた挙句幼馴染に追われる隼人は作者の作品の中でも屈指だと言えよう。勿論父を殺され、しかも犯人は幼馴染の隼人だと告げられる恵も不幸だし、他も犯人サイド以外の人物は不幸者ばかりだ。このあたりの設定が原作側によるものなのか作画側によるものかはわからないが、今泉節は健在だと言えよう。また、画風が以前の少年誌的なタッチから劇画調になっているのもより不幸感を引き立てている

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画風は前作から劇画寄りに変化してきている兆しがあった

 ところで、本作品のような「逃亡者」プロットを使用した作品の見せ場は大別すると2つに分けられると思う。1つは主人公が追跡者の影におびえながら逃亡生活を続けるサスペンス要素。そして、もう1つは話が進んでくるにつれてだんだん隠されていた真相が明らかになっていくというミステリ要素である

 そのうちサスペンス要素については、本作品の追跡者役である恵は隼人と幼馴染という事もあってか非情になり切れない部分もあり力不足に感じられる。が、その分真犯人が暗躍して随所に罠を張り、隼人や隼人に関わる者をあの手この手で殺しにかかってくるので、充分なスリルを味わえる

 一方、ミステリ要素についてはハッキリ言って皆無である。というのも、犯人は秋元殺しの時点で顔も氏素性も明らかにされてしまっているからである。それだけでなく、直後には後ろ盾となる人物まで登場し、会話で隼人の父を殺害に至った事情までご丁寧に語ってくれるので、最早明らかにされるべき事が無くなってしまっているのだ。ミステリの中には「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」のように真相が最初に明かされ、探偵役が犯人とのやりとりを重ねて追い込んでいくさまが見せ場となる、倒叙ものと呼ばれるジャンルもあるが、生憎本作品はそうではなく、そもそも真犯人と隼人がやり取りをする場面もラスト以外に無かったりするので単に見せ場を潰しているだけである

 そんな自ら見せ場の1つを潰すような、言わば片肺飛行のような状態ではジャンプの連載継続を賭けたサバイバルレースに生き残れる訳もなく、本作品は13話で終了してしまう。そして今泉伸二は本作品がジャンプ最後の連載作品となってしまったのであった

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 皮肉な表現をすれば新たな挑戦として原作者を迎え、タッチも変えて逃亡者ものを描いた結果、連載終了の魔の手から逃げられず、ジャンプから逃亡しなければならなかった今泉伸二であるが、その後、青年誌に活動の場を移して原作・原案付きの作品を数多く手掛ける事になる。長い目で見れば本作品自体はともかく、その挑戦は決して間違っていなかったと言えるのかもしれない