黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

桂正和の迷走

 以前紹介した「超機動員ヴァンダー」の記事でも述べたが、桂正和という漫画家はコンスタントにヒットを飛ばしている印象があるが、実は初連載作品であり初ヒット作でもある「ウイングマン」から「電影少女」で次のヒットを飛ばすまでに約四年もブランクがあった

 

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 その四年の間に連載した作品は2つで、1つは前述の「超機動員ヴァンダー」、そしてもう1つが今回紹介するこちらの作品である

 

 プレゼント・フロムLEMON(87年33号~51号)

 桂正和

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作者自画像

 

 作者は「超機動員ヴァンダー」の終了後、86年増刊サマースペシャルに読切「すず風のパンテノン」を、同年48号に「KANA」を掲載後、87年33号から本作品の連載を開始したのであった

 そんな本作品は、父の遺志を継いで歌手になった沢口麗紋が、様々な困難と葛藤を乗り越えて成長する様を描いた芸能漫画である

 苦節十五年の売れない演歌歌手だった父の桃次郎は、プロデューサーの大崎巌に見いだされてようやく掴んだ初の大舞台の直前に心臓発作で亡くなってしまった。それから十年後、麗紋は父の遺志を継いで演歌歌手になる為に大崎が審査委員長を務めるオーディションに参加し、亡き父が自分で作詞作曲した持ち歌の「男の道」を熱唱したが、久しぶりに再会した大崎の反応は冷淡であり、麗紋はデビュー前から干されてしまう

 途方に暮れる麗紋に手を差し伸べたのは、かつて大崎にプロデュースされるも潰されてしまった元アイドル歌手で、現在は芸能プロダクションの社長を務める秋野このえであった。が、彼女は麗紋を演歌歌手ではなくアイドル歌手として売り出そうとする

 今となってはそうでも無くなってしまったが、芸能界というのは華やかな世界である。その中にいる女性を描くのに、女性を描かせたら日本一と言われている上に自身もアイドルが好きという作者以上に適任者はいないであろう

 実際本作品に登場する女性キャラは前述の秋野このえや、幼馴染にして芸能界の先輩でもある広川舞美など見た目は非常に魅力的なキャラが多い。…のだが、残念ながら本作品の主役である沢口麗紋は表紙カバーを見ればわかるように男である。そして、物語の主軸は麗紋と、かつて麗紋の父桃次郎を見出した音楽プロデューサーの大崎巌という男2人で進んでしまい、女性キャラは物語を引き立てる脇役、言わば刺身のツマのような存在でしか無い。一応メインヒロイン格である舞美との絡みは大崎よりも多く、麗紋と恋物語も展開するのだが、そこに主眼が置かれていない為か取ってつけた感が強くて出番の多さ程に印象に残らなかった

 また、本作品を読んで感じたのは、根本的問題として芸能界のような一見煌びやかだが内側では嫉妬と欲望が渦巻く世界を舞台にした話の主人公は男より女性の方が向いているという事だ。考えてみれば芸能界を舞台にした作品は漫画やTVドラマは多いが、その主人公は殆ど女性である。中には男を主人公にした作品もあるが、大概は女性をターゲットにしたもので、現実でもそうだが男は同姓のアイドルなんか別に興味はない。歌を気に入る事はあるが見たいとは思わないのである

 そして当然ながら本作品は漫画であるので歌を聴く事は出来ず、麗紋のライブシーンとか見せられても魅力的ではなく珍妙にしか映らなかった。そう感じたのは私だけではないようで、ネット上には本作品を基にしたネタ画像を幾つか見つける事が出来た。それはある意味では面白いと言えるが、ネタにはなれど人気が出るタイプの面白さではないし、そもそもネタとして楽しめるのはジャンプのメイン読者層よりも年齢が高めの捻くれた連中だけである

 思うに本作品の主題と読者層の噛み合わせの悪さは、作者の若さ故の迷いが原因なのではないだろうか

 この時期の作者の描く作品は「ウイングマン」を始めとして殆どが変身ヒーローものであるように、ヒーローの葛藤と成長を格好良く描きたいという気持ちが見てとれるが、前作の「超機動員ヴァンダー」が短期終了してしまった事で続けてやる訳にはいかない。一方で、既に女性キャラの魅力には定評があったが、だからとてそれを全面に押し出した作品を描こうと思うほど割り切れない

 なんとかヒーローものとは別の形で葛藤と成長を格好良く描きつつ魅力的な女性を無理なく描く事が出来ないかと頭を捻った結果、悪者との戦闘シーンの代わりにライブシーンで格好良い所を見せつつ、無理なく自然に魅力的な女性キャラも出す事が出来る芸能界という舞台に辿り着いたが、それは描き手にとって妥協点ではあったものの、読者の望んでいるものではなかったと

 以上は私の想像に過ぎず、実際作者がどういう経緯で本作品を描こうと思ったのかはわからない。わかるのは、本作品は作者のジャンプにおける連載作品の中でも最短の19話、しかもそのうちの5話が巻末掲載という有様で終了してしまったという事だけである

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 そして「超機動員ヴァンダー」と本作品と続けて短期終了してしまった作者が再びジャンプで連載を持つまでには、約二年もの月日を待たねばならなかったのであった