黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

黄金期ジャンプで最も過小評価されている男

 こせきこうじはもっと評価されていいのかもしれない

 前回の当ブログはその言葉で締めくくった。これは半分冗談であるが、もう半分は本音である

 事実、黄金期ジャンプを彩った作家陣の中でこせきこうじほど過小評価されている男はいないのではないだろうか。「ブラックエンジェルズ」の平松伸二、「神様はサウスポー」の今泉伸二、「キックオフ」のちば拓といった実績のある面々が挑んでも短期終了の憂き目に遭ってしまった野球漫画というジャンルにおいて黄金期で唯一、しかも二度も長期連載を果たした人物だというのに、今までジャンプについて語られる際にこせきこうじに触れる事など皆無であり、たまに語られたとしても批判的というか、半ばバカにするような意見ばかりなのは一体どういうことなのだろうか

 …まあ、正直馬鹿にされるのもわかる。なにせこせきこうじの描く絵はお世辞にも上手いとは言えず、ストーリーは「県立海高校野球部員山下たろーくん」(以下「山下たろー」)も「ペナントレース やまだたいちの奇蹟」(以下「やまだたいち」)も努力と根性で全てのハードルを乗り越えていく展開一本鎗という能の無さで、こんな漫画は誰にでも描けると思われるのも無理のない話である

 だが、考えてみて欲しい。本当に誰でも描ける漫画だったら、他誌ならともかくジャンプで長期にわたって連載を続けられるだろうか。一度ならば色々偶然が重なって奇跡が起きたと強弁出来ない事もないが、二度もである。これを実力と言わずしてなんと言おう。二度も奇跡が起きたというならむしろそっちの方があまりの強運ぶりを称賛すべきだろう

 

 そんな訳で今回紹介するのはこせきこうじによるこちらの作品だ

 ああ一郎(80年32号~81年19号)

 こせきこうじ

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作者自画像

 

 作者は78年に本作品の前身でタイトルも同じ「ああ一郎」で手塚賞準入選、79年5号に掲載されてデビュー及び本誌初登場を飾る。翌80年増刊でも同タイトルの読切を掲載、その後同年32号から本作品で連載デビューを果たしたのであった

 

 そんな本作品は、「山下たろー」や「やまだたいち」の柔道版である

 いや、マジでそれ以上に本作品を上手く説明する言葉がないのだ。主人公の長島一郎は「山下たろー」の主人公たろー、「やまだたいち」の主人公太一と同じくチビでバカでノロマで周りから嘲笑されるダメ人物であり、それが常識を超えた努力と根性によって少しずつ強くなっていくという筋立ても両作品と同じである。なんなら名前も一郎にたろー、太一とほぼほぼ被っている

 それを馬鹿の一つ覚えと見下すのは簡単だし、私自身そういう気持ちも無い訳ではない。だが、バカはバカでも1つの事にひたすら打ち込んだバカの力というのは侮れないものがある。実際その1つのみで2つの長期連載作品を生んだわけだし

 ただ、本作品は作者が新人の頃の作品であり、長期連載にも至っていない。当ブログでは単行本全4巻以下の作品を短期終了作品と定義しているので全5巻の本作品はその分類から外れるが、第1巻に収録されているのは手塚賞準入選作と新規描き下ろし、増刊掲載ぶんのみであり、ジャンプ連載ぶんは第2巻からの収録となっているので、実質的には全4巻で短期終了作品と変わらない。なので、後の両作品と比べると色々な点で見劣りする部分があるのは否めず、私も以下に挙げる3つが特に気になった

 まずは絵が下手だという事だ

 いや、昔も今もずっと下手なままだろう。上の単行本のカバー絵を見ても「山下たろー」と大差ないし。と異議を唱えたい人もいるだろう。確かに今も下手だと言われると否定は出来ない。だがカバー絵が「山下たろー」と大差ないと言うのはその通りではあるが証拠にはならないのだ。と言うのも、上の画像はオリジナルではなく「山下たろー」のヒットを受けて再版されたバージョンで、その際にカバー絵が新規に描き下ろされている、つまり「山下たろー」と同じ時期に描かれたものなので大差ないのは当たり前なのである

 という事で、本作品連載当時の絵を見て頂こう

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 どうだろうか。こう見てみると、下手は下手なりに上達しているのがよくわかるだろう。絵が全てではないとはいえ、これでよく手塚賞準入選を果たせたものである

 次に気になったのは、主人公に対する扱いの酷さである

 これも後の作品と共通する部分で、おそらく下手糞が上達していくのを際立たせる為なのだろうが、作者の描く主人公は周囲から酷い扱いを受ける描写が少なくない。中でも本作品は特に酷く、「無能の極致」だの「生きてる価値ない」だの、しまいにはホームレスを見ながら「一郎くんも将来ああなるんじゃない?」だの容赦ない言葉が浴びせられ、その様子は作者を評価している自分ですらあまり気持ちのいいものではなかった。

 そして最後は、題材となる種目が作者と合っていない事だ

 何度も言うが作者は黄金期ジャンプにおいて唯一野球漫画で成功を収めた人物である。その点では作者は才能があると言えるが、だからとて他のジャンルにおいても才能を発揮できる訳ではない。思えば野球漫画の大家たる故水島新司も、その代表作中の代表作である「ドカベン」は当初柔道漫画であったが、やはり柔道とは相性が良くないのか野球漫画に転換するまでは正直あまり面白いものではなかった

 特に作者の場合は主人公が異常にチビだという特性が足を引っ張っている。おかげで試合内容は大きい相手に対し、攪乱して浮足立たせた隙に投げるという展開一辺倒で、細かい攻防は殆ど無い。しかも対格差があり過ぎる相手と組みあう絵は作者の画力では難しく、かなり不自然で柔道をしているようには見えない絵になってしまっている

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十年後に新規で描き起こしてもこのザマである

 以上の事から、本作品は「山下たろー」や「やまだたいち」が好きな人でも絶対楽しめるとは言い難い。だが、ここからよく黄金期ジャンプで長期連載を勝ち取れるようにまでなったものだと、読み比べて作者の進歩を実感するのに格好の作品と言える。下手が努力と根性で少しずつ上達していくという作風は、図らずも作者自身にも当てはまるものだったのだ