黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

涙と泪と男と女

 前回の当ブログの記事にてマイナースポーツ漫画の難しさを述べた際にも少し触れたが、メジャースポーツ漫画にもメジャースポーツ漫画なりの難しさがあり、ジャンプにおいて連載されたメジャースポーツ漫画はマイナースポーツ漫画の比ではない程多いが、短期終了の憂き目にあった作品もまた数多い

 そんな訳で、今回紹介するのはメジャースポーツ中のメジャースポーツを題材にしたこちらだ

 

 チェンジUP‼(92年12号~33号)

 今泉伸二

 

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作者自画像

 作者は高校卒業後デザイン事務所に就職したが、程なく漫画家を志して退職し、寺沢武一宮下あきら原哲夫といった面々の下でアシスタントを務める。そして84年に「ブリキの鉄人」でフレッシュジャンプ賞入選、同作品がフレッシュジャンプ12月号に掲載されてデビューを飾る。因みに作者が入選した回で佳作を受賞したのが以前紹介した「くおん…」の作者の川島博幸である 

 

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 その後86年33号から「空のキャンバス」で本誌初登場にして連載デビューを飾ると、これが一年以上連載が続くまずまずのヒットを記録。88年22号からは「神様はサウスポー」の連載が開始、90年31号まで続く作者の代表作となる。そして91年増刊サマースペシャルに本作品の前身である「ドリーム・ボール」を掲載、翌92年12号から連載が開始されたのが本作品である

 そんな本作品は、幼稚園の頃は剛速球投手だったものの、怪我の為に野球を辞めた長州冬馬が、高校で幼稚園の同級生だった紅葉楓と再会した事をきっかけに甲子園を目指して再び野球に打ち込むようになる高校野球漫画である

 さておき、作者の作品の特徴を一言で言えば、不幸である。「空のキャンバス」の主人公である北野太一は子供の頃に背中に負った大怪我の為に命の危機がつきまとっているし、「神様はサウスポー」の主人公である早坂弾は幼い頃に両親が離婚、引き取った父親が早くに死んだ為修道院育ちの上左腕が麻痺する持病持ちという境遇。不幸なのは主人公ばかりでなく周りのキャラも負けず劣らずで、まるで不幸のバーゲンセールである。それに加えて登場キャラは涙もろい人物ばかりだから、どのエピソードでも誰かしらは涙をボロボロ流している。これもまた作者の作品の特徴と言えよう

 翻って本作品を見てみると、主人公の冬馬は交通事故で肩を故障、ヒロインの楓は物心がつく前には父親を亡くしている上、物語中に川の増水で命を落としかけるなど不幸ではあるものの作者の作品にしては大人しめである。むしろ冬馬のあだ名がウンコ太郎だったり、元々野球を再開しようと思ったのは女にもてる為だったりと、コメディ色が強い印象だ

 だが、そのぶん登場キャラの涙もろさはパワーアップしていて、女にフラれただとか馬鹿にされただとか些細な事で泣くので涙の量については引けを取っておらず、そういう意味では作者の特色は充分に出ていると言えよう

 一方、野球漫画として見るとどうかというと、主人公が怪我のせいでブランクがあるという設定の為に、まともに投げられるようになるまでが長く、試合自体の描写はアッサリしていて物足りないという印象である。あだち充の「タッチ」みたいな例外はあるものの、言うまでも無く野球漫画の最大の見せ場は野球シーンであり、ここがアッサリしているのは明確にマイナス要素と言えよう

 だが、これに関しては仕方ない部分もある。本作品に限った事ではないが、連載開始当初はキャラや舞台などの説明にページを割かねばならないので野球部分に力を入れていられず、大体はライバルや先輩相手の一打席勝負とか、試合のクライマックス部分のみを切り抜いたみたいな限定的な描写しか出来ない。そして、その間に連載終了が決まってしまうと最早試合をちゃんと描くだけのページが残されていないのである。振り返ってみれば以前紹介した「ショーリ‼」や「キララ」も同じような流れで短期終了してしまっているし、本作品もまた21話で終了してしまったので、ちゃんとした描写が入っている試合は1試合しかなかったりする

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 ここに野球漫画の難しさがあるのだろう。序盤の限られたページの中で物語やキャラの魅力をアピールしつつ、野球という皆が知っている、言い換えればそれだけ目が肥えていて評価が厳しいスポーツの魅力もアピールして読者を惹きつけねばならない。特にジャンプの場合は基本的にどんな作品でも長期連載は保証されておらず、連載を続けるには再序盤から読者アンケートで「DRAGONBALL」など既に人気を得ている作品と同じ条件で争わなければならないので難しさもまた格別だ。黄金期ジャンプにおいて単行本が10巻以上出る程連載が続いた野球漫画が「県立海高校野球部員山下たろーくん」と「ペナントレース やまだたいちの奇蹟」の両こせきこうじ作品しかないのも故無き事ではないのである

 

 そう考えてみると、こせきこうじはもっと評価されていいのかもしれない