黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

金田一少年にもコナンにもなれなかった者たち

 ご存じの方も多いと思うがジャンプは黄金期が終了した翌年の97年にはマガジンに発行部数を抜かれ、02年に奪回するまでその下に甘んじる事になった。その理由はジャンプが「DRAGONBALL」、「SLAM DUNK」の二大看板を失って全体的に連載作品が小粒になったという事もあるが、マガジンに「GTO」、「はじめの一歩」、「シュート!」などヒット作が続出して勢いに乗ったという事も大きいだろう

 そんなマガジンの躍進を支えた作品の1つに「金田一少年の事件簿」がある。マガジン92年45号から連載が開始された同作品は、名探偵金田一耕助の孫である金田一一が主人公の推理漫画で、95年に最初のTVドラマ化がなされて以来今年には5度目となるドラマが放送されるなど幾度となくドラマ化され、また97年にはTVアニメ化もされるなど大ヒットを飛ばしている

 それに触発されたのかサンデーも94年5号から推理漫画の「名探偵コナン」の連載を開始し、こちらもまた大ヒットを飛ばしたというのは説明するまでも無いだろう

 そして、そんなライバル2誌の活況を見て黙っていられなくなったジャンプもまた推理漫画の連載を幾つか開始させたのだが、柳の下にドジョウは2匹はいても3匹目はいなかったのか、悉く短期終了の憂き目に遭ってしまったのであった

 そんな訳で今回紹介するのはこちらの作品だ

 

 人形草子あやつり左近(95年23号~96年1号)

 小畑健写楽麿

画像は文庫版です

 

 作画担当の小畑健の経歴についてはこちらを参考にされたし

 

 

shadowofjump.hatenablog.com

 「力人伝説 鬼を継ぐ者」の終了後は93年51号に原作なしの読切作品である「夢幻導士 DREAM MASTER」を掲載。そして95年増刊スプリングスペシャルに本作品の前身でありタイトルも同じ「人形草子あやつり左近」を掲載し、それが同年23号から連載化されたのであった

小畑健が作画を担当した作品たち

 一方、原作担当の写楽麿であるが、当時は知らなかったが実は宮崎まさるの別ペンネームだという。つまり本作品は「力人伝説 鬼を継ぐ者」と同じコンビによる作品という事である

こちらは宮崎まさる(別名義含む)が原作を担当した作品たち

 それにしても、小畑健も宮崎まさる(写楽麿)もこれまでジャンプで長期連載を成しえた事が無い上、両人のコンビによる「力人伝説 鬼を継ぐ者」はどう考えても成功作では無かったのに、何故コンビが継続されて連載を開始出来たのだろうか。作画が上手く編集部も期待しているであろう小畑健はまだわかるが、原作者は漫画家にもまして切り捨てられやすい中、宮崎まさるは「力人伝説 鬼を継ぐ者」と本作品の間に宮崎博文名義で原作を務めた「暗闇をぶっとばせ!」までも短期で終了してしまったのにどうしてまたチャンスを貰えたのだろうか。全くもって謎である

 さておき、本作品は文楽人形師の人間国宝橘左衛門の孫で自らも人形遣いである橘左近が行く先々で事件に巻き込まれては解決していく推理漫画である

 左近が巻き込まれる事件は猟奇殺人や見立て殺人といった王道な事件で、その舞台となるのは廃校や洋館などといういかにもな設定であるから、「名探偵コナン」よりは「金田一少年の事件簿」に近いだろう。…まあ、私は両作品ともまともに読んだ事が無いので本当にそうなのかは知らないのだが、少なくとも「金田一少年の事件簿」の元ネタである横溝正史金田一耕助シリーズのようなおどろおどろしさは感じられる

 そんな雰囲気作りに一役買っているのが小畑健の精緻な作画である。以前に作画を務めた2作品も勿論精緻であったが、それが最大限に生かされるのはアラビアンな世界や角界という特殊な世界ではなく、後のヒット作がそうであるように現代日本だという事が本作品を見るとよくわかる。死体の描写も迫力満点であるし。或いはそれが分かっただけでも本作品は価値があったとも言えるだろう

 ところで、漫画に限らず推理ものと言えば探偵役たる主人公と共に重要なキャラがいる。それは主人公の補佐をしつつ、読者に事件の状況をわかり易く説明するキャラである。世界一有名な推理小説であるシャーロックホームズシリーズにおいてその役を担っているキャラの名前からとってワトソン役などとも言われるキャラは当然本作品にも存在している。それは左近が操る右近という名の童人形であり、要するに左近は自らが探偵役をしつつ腹話術でワトソン役も演じるという一人二役をしているのだ

 なかなかにユニークな設定じゃないかと思われる方もいるかもしれないが、実はよく似た設定の作品がある。それは90年に角川ノベルズから出版された我孫子武丸の「人形はこたつで推理する」を第1作とする推理小説シリーズで、主人公の役どころは逆だがワトソン役の朝永嘉夫が探偵役である腹話術人形の鞠夫と共に事件を解決するというスタイルだけでなく、嘉夫は普段無口だが鞠夫を演じると饒舌になるという所まで一緒である。世間的にはマイナーな小説だと思うが、我孫子武丸は94年に発売されて累計売上は移植版も含めると100万本を超えたゲームソフトの「かまいたちの夜」の脚本担当として知名度が高まっており、そして本作品が描かれたのが翌95年だというタイミングを考えると知らなかったと考えるのは不自然であろう、というか、知らなかったら知らなかったで類似作品が無いかちゃんと調べろよという話になる

シリーズ全作品持ってる筈なのに2冊しか見つからなかった

 別にパクりだなどと糾弾する気は無い。推理もので重要なのは些末な設定よりも謎解きの部分であるから。問題なのはその重要な謎解き部分の質があまり良くない事である。当ブログでは極力内容に触れない方針の上、推理もののネタバレはご法度なので具体例は挙げないでおくが、トリックは推理ものではありきたり、しかも、原作側と作画側のどちらに原因があるのかはわからないが、犯人やトリックを示唆するヒントがあからさまなので、推理小説を読んでも滅多に真相を見破る事が出来ない私が楽に見破れる事件ばかりである。加えて、途中でネタが尽きてきたのか後半になるにつれて質が更に悪くなり、小学生向けの推理クイズレベルにまでなってしまっている。一部では途中で写楽麿が投げ出してしまって後半は小畑健1人で描いていたという噂が囁かれているが、そう言われるのも納得の残念な出来だ

 本作品は将来が嘱望されている小畑健が作画を担当し、他誌で人気の推理漫画という事で編集部の期待も大きくなかなか見切りをつけられかったのであろう。それは話数が進むにつれて巻末付近の掲載が多くなってからでもちょくちょく掲載順が上がり、48号などは本来広告が載せられている裏表紙が本作品の絵で飾られる両面表紙仕様になっているという特別扱いからも窺えるのだが、それでもアンケート結果には抗えず31話で終了してしまった

48号が2つあるのは2話同時掲載の為

 そんな推理漫画としては厳しい評価せざるを得ない本作品ではあるが、サスペンス的な雰囲気は堪能でき、また、作画を務めた小畑健が後に「ヒカルの碁」をヒットさせたという事もあり99年にはWOWWOWではあるがTVアニメ化される事となる。生憎私はアニメの方は未見だが、興味を持たれたなら漫画と共にそちらも見たら如何であろうか