黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

選ばれし者は意外と大成しない?

 前回当ブログで紹介した「古代さん家の恐竜くん」の作者である新沢基栄と先日亡くなった鳥山明。スケールは違えど何れも連載作品がアニメ化されるなどジャンプ黄金期に存在感を放った作家であるが、実は両者には共通点があるのをご存じだろうか

 それは、手塚賞、赤塚賞ホップ☆ステップ賞といった新人漫画賞の受賞歴がないままでデビューしたという事である

 黄金期中に編集長を務めた後藤広喜の著書である「『少年ジャンプ』黄金のキセキ」によると、ジャンプが新人漫画賞を募集してからヒット作を飛ばした漫画家で、無冠の漫画家は鳥山明新沢基栄だけであるという

 

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 ただ、この話は正しくないようで、少し調べてみたところ「BASTARD‼」の萩原一至は無冠みたいだし、他にも探せばいるかもしれない。まあ、著者からすれば「BASTARD‼」レベルでは成功とは言えないと思っているかもしれないが。それでも、少なくとも同氏がそう思う程度には受賞無しでヒットを飛ばすケースは稀だという事であり、言い換えればヒットを飛ばした作家の殆どは新人漫画賞を受賞しているという事でもある

 そういった漫画賞の中で一番有名なのは、やはり漫画界の芥川賞の異名をとる手塚賞だろう。漫画の神様である手塚治虫の名を冠し、生前は審査委員長も務めていた同賞は、71年に第1回が開催されて以来半年に一度のペースで今もなお続いている歴史と伝統のある賞で、歴代受賞者からは成合雄彦こと後の井上雄彦を筆頭に北条司冨樫義博荒木飛呂彦小畑健などジャンプを代表する作家を何人も排出している

 そんな手塚賞であるが伝統的に選考基準が厳しく、これまで開催された106回で最高賞にあたる入選作は僅かに16作しかない。こと黄金期中に絞ると受賞率は上がるが、それでも延べ20回以上も開催されていながら入選作は7作、実に7回に1作出るかどうかという程の狭き門だったりする

 であるならば、その狭き門をくぐり抜けて入選を果たした作家はさぞかしその後活躍したのだろうと思うのが普通であろう

 

 という訳で、今回は黄金期中に手塚賞入選を果たした7人を追跡見てみた

 

 まず、7人のうち最も成功したのは上でも挙げたが88年上半期に「楓パープル」で入選を果たした成合雄彦こと、後の井上雄彦なのは間違いないだろう。その代表作である「SLAM DUNK」は鳥山明の「DRAGONBALL」と並んでジャンプ黄金期を牽引した二大看板であり、これ以上に成功した作家はジャンプの歴代連載陣を見ても殆どいないレベルである

 

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 続いて活躍したのは成合雄彦と同じく88年上半期に「ジャンプラン」で入選を果たした浅美裕子になる。代表作である「ワイルドハーフ」は大人気作とは言えないが、黄金期末期から終焉後のジャンプで存在感を放った名バイプレイヤーだ…という表現は失礼か

 

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 …実はジャンプで成功した作家は以上で終了と言わざるを得ない。その他の作家を見ると、85年上半期に「水平線にとどくまで」で入賞した岸大武郎と、96年上半期に「竜鬚虎図」で入選した田中加奈子は両者とも2本連載したがいずれも短期終了してしまってジャンプを去っている。それでもこの2人は連載を持つ事が出来ただけでもまだいい方で、95年下半期に「メイプルハウスの私たち」で入選した山川かおりは同作品以外は入選以前に読切作品が2本掲載されただけ、89年下半期に「RUSH BALL・REMIX」で入選したジョン・M陸克と92年上半期に「生まれた日に」で入選した曼荼羅に至ってはその1本以外は読切作品すらないという有様で、どう甘く見積もっても成功したなどとは言えない

 

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 7人中ジャンプで長期連載を持つ事が出来た者は僅かに2人。率にすると3割にも満たないという数字は、黄金期中の全連載作品における長期連載率より低い。どうして滅多に出ない入選をを勝ち取った選ばれし者である筈の人たちがその後思うような活躍が出来ていないのだろう

 その理由は、手塚賞の選考基準がストーリーを重視している事にあるのではなかろうか

 …などと書くと、手塚賞はギャグマンガ部門として赤塚賞が分離新設された第8回以降はストーリー漫画しか募集していないのだからストーリーを重視して審査しているのは当然だろうと思うかもしれないが、ストーリー漫画だからとてストーリーを重視する必要はない。巻来功士の「連載終了!」巻末に収録されている作者と堀江信彦の対談によると、漫画にはストーリーラインという縦糸と、演出やキャラクター作りという横糸があり、漫画ってものは縦糸3:横糸7くらいでいいという

 この意見が絶対的に正しいとも思えないが、実際黄金期の二大看板の1つである「DRAGONBALL」を見てもストーリーは自体は場当たり的な上に単純極まりなく、悟空を始めとするキャラクターたちや迫力のバトルシーンで人気を博したのは明白であり、人気作品の多くも同様であるからジャンプにおいては1つの真理ではあるのだろう

 

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 しかしながら、手塚賞はその名に引っ張られているのか手塚治虫的な作品、それも「鉄腕アトム」や「リボンの騎士」といったエンタメ寄りの作品ではなく、「ブッダ」や「火の鳥」といった重厚な作品を高く評価する傾向が見える。要するに手塚賞に求められる作品とジャンプに求められる作品の方向性に乖離があるのである

 その顕著な例が、黄金期以前の74年上半期に「生物都市」で入選した諸星大二郎だろう

 

 受賞作である「生物都市」は選考委員のほぼ全員が推すほど完成度が高い作品であり、ジャンプで連載された「妖怪ハンター」、「暗黒神話」、「孔子暗黒伝」も今読んでも面白い。…のであるが、いかんせんジャンプの読者の好みとはかけ離れた作品だったので何れも短期終了してしまってジャンプを離れる事となり、その後青年誌で伝奇漫画家として活躍しているのを見ると、手塚賞に入選したのはむしろ遠回りになった感もある

 

 手塚賞。その厳しい審査をくぐり抜けて入選した者は、人気作家への道が約束された、とまではいかぬとも少なくともジャンプで連載が持てるだろうと胸を躍らせた事だろう。だが実態は連載を持つどころか読切の1つも掲載されずに終わる例もあるという茨の道だったりする