黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

女性作家の苦闘

 今更言うまでもない話だが、ジャンプの正式名称は(週刊)少年ジャンプであり、メイン読者層は名称の通り少年の少年漫画誌である。その為に今も昔も連載している作家陣は少年の好みを身を以て知っている元少年、つまり男性が圧倒的に多く、当の編集部すらジャンプの事を「男が男の子のために作る少年漫画誌」というキャッチフレーズで形容していたくらいである。これは別に性差別では無い。逆に少女漫画誌に連載している作家陣は圧倒的に女性が多いのだから住み分けの問題である

 勿論、中には少年漫画誌で活躍している女性作家も存在する。特に高橋留美子荒川弘などは男性作家と比べても遜色ないどころか少年漫画家としてトップクラスと言えるだろう

 翻ってジャンプではどうか見てみると、その両者に匹敵するような女性作家はこれまで出てきていないというのが実情である。まあ、漫画家は基本的に顔の出ない職業なので、もしかしたらあの人気漫画の作者が実は女性だったという可能性もないではないが

 

 そんなジャンプの中で活躍した女性作家を1人挙げよと聞いたなら、一番名前が挙げられるのはおそらく浅美裕子になるのではないだろうか

 浅美裕子の代表作と言えば、約三年も連載が続いて単行本は全17巻を数える「WILD HALF」で、言わずと知れたとまではいかないかもれないが、間違いなく黄金期を彩った作品の1つである

 

 そういう訳で今回紹介するのはこの作品だ

 

 天より高く!(91年40号~92年8号)

 浅美裕子

 

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画像は98年に再版されたもので初期版とはカバーデザインが違う

 

 作者の浅美裕子は87年に「2001年夢中の旅」で第34回手塚賞準入選、翌88年にジャンプ増刊ウインタースペシャルに掲載されてデビュー、同年には「ジャンプ☆ラン」で第35回手塚賞入選を果たす。手塚賞といえば入選者が滅多に出ない事で知られているが、この回は第29回以来に入選者が、しかも2人同時に誕生するという非常に珍しい事態となっている。どれだけ珍しいかというと、今現在までこの回以外に入選者が複数同時に出た事は後にも先にも無いという程だ。因みに同時に入選を果たした人物は、あの成合雄彦である

 

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この成合雄彦である

 入選作の「ジャンプ☆ラン」がジャンプ88年31号に掲載されて本誌デビューを果たす(翌32号が成合雄彦の「楓パープル」)と、その後増刊に何本か読切作品を掲載、そのうちの1つであり90年ウインタースペシャルに掲載された本作品と同タイトルの「天より高く!」が好評を得て91年40号でついに連載デビューを果たすのであった

 

 そんな本作品のあらすじは、馬術大会で優勝するもその大会中に愛馬が再起不能になってしまった為にやる気を失ってしまった森夕騎が、出た大会には全て勝利した名馬であるが、最初の騎手が病死して以来すっかり荒んでしまって2人もの人物を再起不能にした「葦毛の悪魔」ことヘリオスと出会った事で情熱を取り戻し、乗馬の腕と共にヘリオスとの絆を育んでいく乗馬漫画である

  人間と動物との絆というテーマは代表作である「WILD HALF」と共通しており、作者の十八番なのだろう。ただし、向こうは人語を解するだけでなく人に変身できる犬が事件を解決するというかなりファンタジックな設定なのに比べ、こちらは漫画的な誇張が多少見られるものの基本的には普通の馬と共に馬術競技に挑むという現実寄りな設定となっており、その差が両者を全く違った作品足らしめている

 本作品は非常に王道的である。互いにパートナーを失った者同士(片方は馬だが)が出会い、惹かれあいながらも昔のパートナーが忘れられず素直になれないところから始まり、コンビを組んだ初戦で仕掛けられる卑怯な妨害、そして主人公とは色々な面で対照的なライバルとの邂逅、とスポーツ漫画の教科書のような展開を見せる

 …のだが、それが多くの読者には受けなかったようだ

 教科書のような展開というのは逆に言えば読者の予想を裏切らないという事でもあり、意外性の無い展開は退屈に感じてしまうもの。特にジャンプのメイン読者層である少年はその傾向が強い

 更にネックとなったのが馬術という競技の選択だ

 まず問題なのが競技としてかなりマイナーな部類だという事だ。皆は馬術についてどれくらい知っているだろうか?私は正直なところ「なんか馬に乗ってバーを飛び越えるヤツ」程度の認識しか無い。おそらく読者の多くも同じ程度なのではないかと思う。因みに私がそんな風に認識している、そして本作品で扱う馬術障害飛越競技と呼ばれるもので、馬術競技には他にも何種類もあったりするのだが、読者でそれを知っている人がどれだけいるだろうか。それに加えて、馬を操るという行為自体が普通の人間にとって縁遠い事なので作中で主人公達がやっている事がどれだけ凄い事なのか想像がつかないのだ。例えば、主人公達が170センチの障害を飛び越えて皆の度肝を抜くというシーンがあるのだが、通常の障害がどの程度の高さなのか知らない私からしたら「へー」程度の感想しか浮かばなかった

 それでも、ライバルとの戦いのシーンが濃密に描かれるなら「なんか知らないけど熱い戦いだ」となるもので、認知度では馬術と大差ないマイナースポーツ漫画がヒットするケースもある。ジャンプで言えば黄金期ではないがアメフト漫画の「アイシールド21」なんかもそうだ

 だが、障害飛越競技は相手と直接対戦するのではなく、競技者が1組ずつ順番に試技して点数を競う競技なのでそういった熱い戦いを描くのが困難なのである。同じ形式の競技でもこれが体操やフィギュアスケートなど認知度の高い競技だったら読者の多くもやっている事がどれだけ凄いかわかるし、そうでなくても宙返りや滑りながら回転するという事の困難さはイメージ出来るだろう。だが、馬術はマイナーな上にイメージもし辛いものなので凄さを見せるのが難しい

 作者もこの弱点に気付いたのか、2組が並走して同時に障害を飛越するコースを創作して力技で対戦形式に仕立てたのだが、その時には既に掲載順は巻末近くが定席になっており、そのまま盛り返せずに19話で最終回を迎える事となってしまう。作者は本作品の為に実際に乗馬を始めるほど気合を入れていたのだが、完全に選んだ競技のミスである。最初から対戦競技かメジャーな競技を選んでいれば違った結果になっていたかもしれない

 

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 だが作者は転んではタダで起きなかった。その後作者は乗馬はスッパリと捨てつつ動物との絆というテーマは残し、「WILD HALF」という自身の代表作に繋げるのは先に触れたとおりだ。この辺の取捨選択は流石歴代でも数少ない手塚賞入選者と言えるが、その成功も本作品の失敗があっての事なのは明らかである