黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

青春の袋小路

 今回紹介するのはこちらの作品である

 

 DIAMOND(96年21号~39号)

 柳川ヨシヒロ

画像は電子書籍版です

 

 作者のデビューまでの経歴はこちらを参考にされたし

 

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 VICEの連載終了後は94年増刊オータムスペシャルに「VOICE」を掲載。そして96年21号からペンネームを柳川よしひろから柳川ヨシヒロと片仮名に変えて本作品の連載を開始したのであった。因みに作者はその後更に柳川喜弘と漢字に変えており、上の画像は変更後に出た電子書籍版のものなので名義が当時と違う事を断っておく

 本作品の主人公である山本朋也は高校を退学し、親友でやはり高校を退学してホストをしている文彦の家に転がり込んで何の目的も見いだせずに漫然と暮らしていた。そんなある日、ロードワークをしていたプロボクサーの松岡と偶然出会った朋也はボクシングに興味を抱いて田畑ジムに入門、挫折を経験しながらも徐々にのめり込んでいく。というのが本作品のあらすじである

 ところで、以前紹介した梅澤春人の「HARELUYA」がそうだったが、作者が同じ作品の中には、設定やキャラを別の作品に流用したという例はちょこちょこある。ジャンプ黄金期の二枚看板の片割れである井上雄彦の「SLAMDUNK」もまた、自身のデビュー作である読切の「楓パープル」から流川楓など登場人物を流用しているし。そして、本作品もまた前作の「VICE」から流用した部分が見られるのだ

 

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楓パープルはカメレオンジェイルの単行本に収録されている

 一番わかり易いのは朋也の親友である文彦だろう。見た目も名前も「ブン」というあだ名も同じだし。それだけでなく、前作では女たらしで年上の女性と同棲していたのが、本作品では日本一のホストクラブのオーナーになる事を目指す男とビフォーアフターみたいな感じになっている。そして朋也も、前作の主人公と拓郎と名前は違えども見た目は似ていて、特に目的もなく日々を生きているというのも一緒である。ただ、拓郎はすぐ熱くなりやすいのに対して、朋也は熱くなれないと正反対になっており、それが前作では偶然出会ったさゆりに一目惚れした事によって目的が出来たのが、本作品ではそんな偶然が無かった事で目的が出来ぬまま高校をドロップアウトしてしまったと、作者が意図していたのかはわからないが、並行世界の話みたいになっている

 こういった設定の流用が何故行われるのか? 中には設定を新しく考えるのが面倒だという消極的な理由もあるだろうが、一番大きいのは設定やキャラにそれだけ思い入れがあるという事だろう。また、思い入れが強いという事は作者も作品を描くのに筆が進むし、既に一度描いている訳だからキャラの動かし方も慣れているとメリットは小さくなかったりする。反面、読者からしたら一度見た事があるから目新しさはないし「使いまわしかよ」と呆れられるというデメリットもある訳だが

 さておき、前作と本作品を読み比べてみると、「VICE」ではキャラを立たせようと気負いがあったのか、読者置いてけぼりで独りよがりな部分が本作品では全くなくなったとは言わぬまでもだいぶ薄くなっている。それでいながら何かしなくちゃいけないという思いと、何をしたらいいのかわからないという若者特有の焦燥感はよく表現できているし、主人公の性格が正反対であるからあまり既視感を感じる事もないと、流用の恩恵は大きく感じられる。また、作品としての完成度も色々とっ散らかっていていて何をしたいのかよくわからなかった前作よりも格段と読みやすくなっていて作者の成長の跡が見られる

 ただ、大きな問題もある。それは、そもそも前作が僅か10話で終了してしまう程人気が無かった訳で、それを流用したところで少なくとも設定の面では人気が見込めないという事だ。上に挙げた「HARELUYA」も同じく10話で終了しているものの、終了が決まってから人気が出た為次の連載がすぐに決まっている訳で、前作から三年近く経っての連載となる本作品のケースとは全く違う

 加えて本作品は主人公が高校をドロップアウトして目的もないという所からスタートするという物語で序盤は非常に暗くウジウジしており、「DRAGONBALL」に代表される派手で明快な話を好むジャンプの読者層の嗜好はかけ離れている。嗜好とかけ離れているといえばボクシングという題材もそうで、以前の記事でも述べたがボクシングシーンは通常のバトル漫画のバトルシーンと比べるとストイックで地味なせいか黄金期ジャンプにおいてはボクシング漫画は数は多いのにその多くは短期終了と不毛のジャンルなのである

当ブログで紹介したボクシング漫画たち

 作品の雰囲気も題材もジャンプに合わないとあれば本作品が17回で終了してしまうのもやむ無しである。もし掲載誌がジャンプじゃなかったら、例えばジャンプはジャンプでもヤングジャンプだったら違った未来があったかもしれない

 とはいえ、ボクシング漫画としてはボクシングシーンがあまり上手くないので、長く続くよりは朋也がボクシングに次第にのめり込んでいって希望を見出したという現状の終わり方がベストなのかもしれない