黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

平松伸二版「愛と誠」

 今回紹介する作品はこちらだ

 

 ラブ&ファイヤー(85年51号~86年13号)

 平松伸二

f:id:shadowofjump:20211008190244p:plain

画像は電子書籍



 タイトル名はヒロインである愛と主人公の炎からとったもので、こういうタイトルのつけ方は漫画に限らず昔からいろいろあったりする。「ロミオとジュリエット」、「安寿と厨子王」、「タイガー&ドラゴン」、そして当ブログで紹介した「はるかかなた」等、タイトルを挙げればきりがない程だ

shadowofjump.hatenablog.com

 そんな先達の中に本作品が影響を受けたと思われる作品が存在する。それは梶原一騎原作、ながやす巧作画で少年マガジンに連載し、映画やTV化もされた大ヒット作である「愛と誠」である

 何を以て本作品が「愛と誠」の影響を受けたと言っているのか。その根拠としてはまずヒロインの名前が一緒である事。そして「愛と誠」の主人公である太賀誠には眉間に大きな傷が、本作品の主人公である飛雄河炎には左腕に大きな火傷と、幼少の頃に大怪我を負っている事。更に、誠は両親が蒸発した事で、炎は両親が事故死した上に引き取られた家族まで火事で死んでしまい、共に荒んだ人間になってしまった事などが挙げられる

 そんな本作品は、「愛と誠」のような恋愛物語、ではない。ボクシングチャンピオンを父に持ちながらも、網膜剥離が原因で父が交通事故を起こして両親が死亡、自らも左手に大火傷を負ってしまったが故にボクシングを憎んでいる主人公の飛雄河炎が、かつて父が所属していたジムの娘にして幼馴染の愛と再会した事等をきっかけとしてボクシングを始め、絶対王者であるシュガー・レイ・ジーザスの打倒を目指すボクシング漫画である

 但し、作者が「ドーベルマン刑事」や「ブラックエンジェルズ」でお馴染みの平松伸二であるから普通のボクシング漫画になる訳がない。本作品はジャンプにおけるバイオレンス漫画の第一人者たる作者にふさわしくバイオレンス溢れる作品に仕上がっている

 物語の冒頭、炎は敵対する不良グループとケンカをおっぱじめる。それ自体はボクシング漫画によくある展開だが、場所がアメリカのスラムという事で相手は普通に拳銃を持ち出してくるなど殺意が段違いである。更にその後、強引にボクシングをさせられる事になるが、そのリングには男塾名物撲針愚にでもインスパイアされたのか、ロープの代わりに有刺鉄線が張り巡らされているという過激さだ

 そんなボクシングの範疇を著しく逸脱したような内容でありながらも、ギリギリで、本当にギリギリではあるが、なんとかボクシングとして成立させているのは流石である。このあたりはボクシングではないが、プロレス漫画の「リッキー台風」の連載を二年近く続けた経験が生きたのだろうか

 そしてボクシングを始める事となった炎がボクサーとしての階段を駆け上がっていく、のかと思いきやさにあらず。何故か急に舞台が替わり、「まぼろしボクサー」と呼ばれ、リングに上がれなくなったボクサーの代わりに試合をし、その恨みを晴らすという草影幽児なるキャラが登場して、そのエピソードが中心になってしまうのだ

 キャラ紹介としてライバル的な存在にスポットを当てるような手法は特に珍しい事ではない。だが、それにしてはスポットが当たる期間が長すぎた。何せ4話分丸々が草影のエピソードに費やされ、その間炎も愛も一切登場しないどころか名前すら出てこないのである

 このあまりにもラブ要素もファイヤー要素も無いタイトル詐欺的展開に困惑した読者も少なくなかっただろう。私なんかもいつの間にか別の漫画が始まったのかと思ったものだが、勿論そんな訳は無い。5話後には何事も無かったように炎が再登場してデビュー以来連勝を重ねていると、試合後の炎の前に草影が現れて対戦をアピール。そして二人はさも深い因縁があるかのように激しいファイトを繰り広げるの事になるのだが、二人の間には直接的にも間接的にも何の因縁も存在しないどころか、対戦アピールに来た時が初対面という赤の他人に過ぎないので、読んでいる側としては何で2人がそんなに盛り上がっているのか分からずに困惑してしまう。そして困惑が収まらぬまま、この戦いに片が付くと作品の方も片が付いて13話にしてアッサリと終了してしまったのであった

f:id:shadowofjump:20211008200525p:plain

 本作品はなぜこんなチグハグな展開になってしまったのか? 私見ではあるが、上に挙げた掲載順の動きから推察できる。草影が登場するのは86年8号なのだが、その直後から掲載順が下がり、巻末近くに追いやられているのがわかるだろう

 アンケート結果が誌面に反映されるには四週程度のラグがあるから、これは草影が登場したから人気が下がったという訳では無く、逆に人気が下がったからテコ入れの為に草影を登場させたのだと思われる

 元々出す予定だったのを前倒ししたのか、人気低迷を受けて急遽考え出したのかはわからないが、どちらにしろ本来の予定通りではなかった事だろう。ここで問題となるのは作者はデビュー以来「ドーベルマン刑事」、「リッキー台風」、「ブラックエンジェルズ」と3作品の連載経験があるが、いずれも一年以上続いた作品で、本作品のように短期終了した経験が無い事だ。それ故、急な予定変更に作者が慣れていない為にうまく纏められる事が出来ずにチグハグな展開になってしまい、結果、テコ入れにならずそのまま連載終了になってしまったのではないだろうかというのが私の見解である

 真相が何にせよ、本作品は展開がチグハグで名が体を表しておらず、連載も短期で終了してしまった事もあり、名作とは言いづらい。だが、草影絡みのエピソードは作品からは浮いてしまっているが、それ単体で見ると腐れ外道に天誅を食らわすといういかにも作者らしい話になっている。本作品は紙の本は絶版になっているが、現在も電子書籍で入手可能な上、「ブラックエンジェルズ」などと違って僅か2巻で完結とい手軽に読めるので平松伸二作品の入門用としてはうってつけなのではないだろうか