黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

ラブコメ作家の悲哀

 前々回の当ブログの記事において、格闘技イベントがいつの間にか年末の定番となっていると述べた。ならば、年始の定番といえば何だろうか。色々あるだろうが、殊スポーツに限って言えば、元日に実業団によるニューイヤー駅伝が、そして2日、3日と二日にわたって大学生による箱根駅伝が行われる駅伝になるだろう。昔はサッカーも元日に天皇杯の決勝を行っていたが最近はそうでなくなっているし

 そんな訳で今回紹介する作品はこちらだ

 

 虹のランナー(88年24号~36号)

 ちば拓

作者自画像

 作者の経歴についてはこちらを参考にされたし

 

shadowofjump.hatenablog.com

 

shadowofjump.hatenablog.com

 そして「ノーサイド」の終了から約半年後の88年24号から本作品の連載を開始したのであった

 主人公の紫村治郎は有望な長距離ランナーを兄に持ち、自身も幼い頃は走る事が好きだったが、両親が兄ばかりにかまってばかりなので次第にやる気を失ってしまい、高校では何の部活にも入らず仲間と遊び回っていた。しかし、新任教師の速水陽子の勧誘と遊び仲間からの説得により陸上部に入部、次第にその才能を開花させていった治郎は一緒に入部した遊び仲間の桃井と青島、名門市倉高校から転入してきた赤川らと共に全国高校駅伝大会を目指す事に、というのが本作品のあらすじである

 さて、私は初めて購入した短期終了作品の単行本が「ショーリ‼」だという事もあって作者には少なからぬ思い入れがあるのでいきなりこんな事をいうのはなんだが、本作品は3つの意味で残念な出来となってしまっている

 まず1つは、上に挙げた紹介記事でも触れたが、作者の代表作といえばラブコメの中のラブコメといえる「キックオフ」であるのだが

ファミコンジャンプにも登場している

 それにもかかわらず、その後に連載した作品になると「ショーリ‼」ではラブ要素がぐんと減り、「ノーサイド」に至ってはモブ以外の女性キャラすら出てこないレベルにまでなった上、コメディ要素すら皆無のスポーツ漫画になってしまっていた。そして本作品も「ノーサイド」に比べれば女性キャラが登場するしコメディ要素も無いではないものの、基本的にはその路線を踏襲していて作者の持ち味が全く出ていない事

 2つめは、駅伝というスポーツ自体があまり若者には人気がない事。箱根駅伝は大々的に取り上げられて人気があるように見えるが、あれは穿った見方をすればTV局が無理矢理盛り上げようと選手たちの裏舞台とか色々感動要素を押し出した結果であり、駅伝自体の人気がそれほどでもないのはその前日のニューイヤー駅伝があまり盛り上がっていない事からも明らかである。特に若年層は、昔の私もそうだったが駅伝やらマラソンといった長距離走は、やるのも大嫌いだし、見るのもただ延々と走っているだけで面白くないと感じる者が大多数だろう。勿論、実際はただ走っている訳ではなくペース配分やら駆け引きやらがあるのだろうが、それをビジュアルに反映して漫画として面白く仕立てるのは至難の業である

 にもかかわらず、これも上に挙げた紹介記事で触れたが作者はスポーツ好きであるものの正直スポーツをしているシーンを描くのは得意ではない。これが3つめ

 まとめると本作品は作者の特性が生きる作風では無い上にテーマも人気が無く、更にそれを描くのが得意ではないとくれば面白くなる訳もなく、本作品が13話にして終了してしまうのも無理なからぬ事であろう

 しかし、何故作者は「キックオフ」がヒットしたのにもかかわらず、その後ラブコメを描くのをやめてしまったのだろうか? 

表紙も女っ気が皆無である

 各単行本の余白に寄せられたコメントを見るにスポーツが好きなのはわかるが、「ショーリ‼」、「ノーサイド」と二度続けて短期終了してしまったら純粋なスポーツ漫画はあまり向いていないと分かろうものだが。というか、スポーツ漫画とラブコメの両立は自身の「キックオフ」…はサッカーをしている場面が全然思い出せないからさておくとして、「タッチ」などあだち充の作品をみれば充分に可能だとわかるだろうに、そうしようとせずまたもやラブコメ要素を排した(全然ない訳ではないが)本作品の連載を開始したのはどういう訳だろう

 想像に過ぎないが、それは当時のジャンプ編集部に蔓延していた空気のせいだったのではないか

 というのも、作者がジャンプで連載していた時代の編集長は第3代の西村繁男及び第4代の後藤広喜だったのだが、両者の著書を見ると少年誌の柱となる漫画は熱い男の漫画であるべきという考えと、ラブコメブームがライバル誌であるサンデー発祥である事からラブコメに対して良い感情を抱いていないのが感じられる


 それでも需要の面からジャンプでも作者の「キックオフ」などを数々のラブコメを掲載していたのだが、「北斗の拳」によってラブコメブームを粉砕すると用済みとばかりに誌面からラブコメは次々と姿を消していったのであった。そんなラブコメ受難の時代においてベタベタのラブコメはもう居場所が無いと編集者から示唆されたか本人が悟ったかして作風の変換を図ったのではないだろうか

 しかし、どんな作風だろうと3作も続けて短期終了になってしまっては元も子もない。本作品を最後に作者もまたジャンプから姿を消したのであった

 だが皮肉な事にその翌年、性的描写を前面に押し出した「電影少女」の登場によってラブコメは形を変えて復権を果たし、以降のジャンプでも数こそ少ないが大抵1作は連載しているような定番として居場所を確保する事になる

電影少女」は持っていないので代わりに

 もし作者がスポーツ漫画では無くこっちに舵を切り「電影少女」より先に作品を発表していたらどうなっていたか。桂正和ではなく作者こそがこの路線の第一人者となっていたのだろうか。それは神のみぞ知る事である