黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

歴史は犬によって作られる

 毎年年末になると、清水寺でその年の世相を一文字で表す今年の漢字なるものが発表されるが、それに倣って黄金期のジャンプで連載経験のある漫画家を一文字で表そうとすると、相当メジャーな漫画化でもかなり困難である。例えばMrジャンプと呼べるような鳥山明にしても、バトル漫画の大家だから「闘」とか「戦」とかと表そうにもバトル漫画は他にも沢山あるし、悟空達の道着に描かれている「亀」と表そうにも「こち亀」の秋本治の事だと勘違いされかねない。結局は名前やキャラから一文字頂いて「鳥」や「悟」とするのが関の山であろう

 だが、今回紹介する作品の作者の場合は簡単に表す事が出来る。それは

 

 

 

 である

 そう、今回紹介するのはこちらの作者の作品だ

 甲冑の戦士雅武(88年35号~50号)

 高橋よしひろ

 

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 尚、画像はジャンプコミックスセレクション版の為「銀牙外伝」というサブタイトルがついているが、連載時及び通常のジャンプコミックス版ではついていないので、当ブログでもサブタイトルは無いものとして扱う事を断っておく

 

 作者は71年に本宮ひろ志のアシスタントとなり、72年に高橋義広名義で手塚賞に応募した「下町弁慶」が選外になるものの編集部の目に留まり、同年51号に掲載されてデビューにして本誌初登場を飾る。翌73年には「おれのアルプス」で手塚賞佳作を受賞して同年35号に掲載。同作品はタイトルから山の話を想像する人もいると思うが実は犬の話であり、この頃から既に犬漫画家の片鱗が見てとれる

 74年には月刊ジャンプの前身である別冊ジャンプ1月号から高宮じゅん名義で武論尊原作の「ボクサー」で連載デビュー、同年4月号からは入れ替わりに「あばれ次郎」を連載。因みにこの高宮じゅんというペンネームは本名の「高」橋義廣、師である本「宮」ひろ志、そして本宮の妻のもりた「じゅん」からとったものだという。更に同年9月号からはまた入れ替わりに結城剛名義で牛次郎原作の「げんこつボーイ」の連載を開始し、75年12月号まで続いている

 76年5・6合併号からは高橋よしひろ名義で「悪たれ巨人」で本誌初連載を飾ると、ほぼ同時に月刊ジャンプ2月号から闘犬漫画の「白い戦士ヤマト」の連載も開始。同作品は「悪たれ巨人」終了後、「男の旅立ち WILD ADVENTURE」、「青空フィッシング」、「翔と大地」と本誌での連載作品が代わっていくのを尻目に月刊ジャンプの看板の1つとなり、その人気を受けるかのように83年50号からは本誌でも犬漫画の「銀牙 流れ星銀」の連載を開始すると、これがアニメ化も果たして作者の代表作となり、作者は犬漫画の第一人者としての地位を確立したのであった

 そして87年13号で「銀牙 流れ星銀」の連載が終了、翌88年2月号で「白い戦士ヤマト」も終了した後、同年35号から連載が開始されたのが本作品だ

 そんな本作品は、戦国時代を舞台に、牙忍=所謂忍犬を育てて戦場に送り込むのを生業としている陽炎一族に育てられた牙忍の雅武が、元々同族でありながら陽炎一族を滅ぼした牙魔一族と闘いを繰り広げる戦国犬漫画である

 雅武をはじめとする牙忍は兜の裏に仕込んだ鬼神針を脳に打ち込む事によって脳を活性化させ、並の犬をはるかに超える能力を得るのだが、その能力たるや犬どころか人間までもはるかに凌駕してしまっている。単行本表紙カバーに見られるように刀を口に咥えて自由自在に操るなんてのは序ノ口で、馬に乗って手綱を操る事も出来るし、人間の言葉を理解して会話も出来る上、テレパシーや念動力等の超能力まで備えているというスーパーマン、いや、スーパードッグぶりだ

 そんな能力を持つ牙忍だから戦場での活躍も凄まじく、雅武を含むたった3匹の牙忍で5000もの部隊を全滅させるし、あの桶狭間の戦いにて小勢の織田信長今川義元の大軍を破ったのも、戦場での牙忍の働きがあっただけでなく、そもそも奇襲作戦を立案したのも雅武であった。まさに牙忍様様である

 身体能力だけでなく頭脳まで優れているのであれば、別に人間なんて必要ないんじゃないかと思う人もいるかもしれない。実際その通りで、陽炎一族の宿敵である牙魔一族は戦国大名をも影で操るという程の力を持っているが、現在の党首の座に就いているのは主人を殺した牙忍であり、一族の人間までもその下知に従っているのだ。作者は「白い戦士ヤマト」、「銀牙 流れ星銀」と犬漫画でのし上がった事から犬に対するリスペクトが強いのだろうが、流石に強過ぎの感がある

 このまま物語が進めば天下を統一して江戸幕府が開かれたのも牙忍のおかげでした、ありがとうお犬様。などとなりそうな勢いであったが、幸か不幸か本作品は作者のジャンプ連載作品史上最短の16話で終了となり、時代の行く末を描かれる事は無かった。流石にフィクションと言えども歴史上に残る戦国大名たちが犬に平伏する姿を見たいという読者は少なかったようである

  

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序盤の掲載順から銀牙の次の作品という事で期待された事が窺がえる

 …いや、実はフィクションではないのかもしれない。考えてみれば江戸幕府の5代将軍である徳川綱吉の通称は犬公方。これは江戸幕府成立に多大なる貢献をした牙忍を敬い過ぎるが故の事だったのではなかろうか? まあ、ないだろうが