黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

意外と不遇な人気スポーツ

 日本で一番人気があるスポーツと言えば野球である

 などと言ったら「サッカーだろが」と反論があるかもしれない。しかし少なくともジャンプの黄金期においては野球だと断言する。何せ日本でサッカーが一気に人気スポーツになったのは所謂ドーハの悲劇あたりからで、十一年半続いた黄金期の中ではサッカーが人気のあった期間は末期の数年しかないのだから

 そして野球はそれだけ人気のあるスポーツだけに昔から漫画においても幾多もの名作を輩出してきた。「巨人の星」、「ドカベン」、「タッチ」…とタイトルを挙げていくだけでこの記事を埋め尽くせるくらいだ

 にも拘らず、黄金期ジャンプに目を向けてみると野球漫画はあまり奮っていないと言える。同時代の他の三大少年誌を見ると、サンデーは「H2」や「MAJOR」が、マガジンも「名門第三野球部」がTVアニメ化を果たしている中、ジャンプはというと黄金期間中に8本もの野球漫画が連載されていたにも拘らずTVアニメ化された作品は1本も無し。それどころか単行本にして10巻を超える長期連載を果たした作品も全21巻の「山下たろー(県立海高校野球部員山下たろーくん)」と全14巻の「ペナントレースやまだたいちの奇蹟」という2作品のみ、つまり、作者としてはこせきこうじ1人しか野球漫画で長期連載を果たせておらず、逆に短期終了となってしまった作品は5本を数える。更に言うなら期間中最長の「山下たろー」ですら巻末掲載回数ランキング同率4位(15回)という不遇ぶりである。まあ、ジャンプアニメカーニバルの1作品として劇場用アニメ化されたからそこまで不人気だったとも思えないが。私も単行本を購入する程好きだったし

 

 実はこの傾向は黄金期に限った事ではない。どうもジャンプは伝統的に野球漫画が弱いようで、創刊から今までの間にTVアニメ化された作品は「侍ジャイアンツ」の他には、連載終了から何十年も後になってから何故かアニメ化された「プレイボール」があるくらいである。そこに実写作品を加えても「ROOKIES」とやはり連載終了から何十年も後になってドラマ化された「アストロ球団」がある程度と、これまで幾多のジャンプ連載作品が映像化された中では寂しい限りだ。4本なんてあだち充作品だけで対抗できてしまうぞ

 

 そんな訳で今回は不遇の野球漫画からコレを紹介させていただく

 

 はるかかなた(88年3・4号~23号)

 渡辺諒

 

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 渡辺諒で検索するとプロ野球北海道日本ハムファイターズの選手(正しくは渡邉涼)がいの一番にヒットするが、勿論プロ野球選手が本作品を描いているなどと言う面白い話ではなく別人である。本作品の連載中は生まれてすらいなかったし。また文芸評論家にも同姓同名の人物がいるが、こちらも別人だ。そして肝心の本人はというと、Wikipediaには項目だけはあるが記事が無い状態だったりする

 本作品の作者であるほうの渡辺諒は、81年に野月征彦原作の「クイーン・マリーとトーストを…」の作画担当として手塚賞佳作を受賞、85年にジャンプ増刊オータムスペシャルに「ウイニング・ラップ」が掲載されてデビュー、その後増刊で幾つか読切作品を掲載した後、本作品で本誌デビューにして連載デビューとなる。因みにコンビを組んで手塚賞佳作を受賞した野月征彦については調べてもこれ以上の情報は何も見つからなかった

 

 本作品のあらすじはこんな感じ

 プロ野球を父に持つ北条或太は赤ん坊の頃ヘリコプター事故によって自分以外の家族全員を失ってしまい、同じ事故で父親を失った同い年の若杉春香の家に引き取られて仙台で家族同然に育てられていた。そして或太が中3の時、青葉城址の石垣に向かって物凄い球を投げ続けている野球小僧がいるという噂を聞きつけた野球の名門校の青洋高校にスカウトされ、日本一の投手になるべく東京に向かったのであった

 ところで、或太と書いて「かなた」と読むわけだが、普通こうは読まないだろう。おそらく「哉」太と書こうとして似ている漢字の「或」と間違ったのではないだろうか。現在ではスマホなりPCなりに入力して変換するだけで間違えようがないが、ワープロすら珍しかった当時ならではのミスである

 話を元に戻そう。或太が入学した青洋高校野球部には変わった制度があった。それは部員を若獅子と若虎というだいたい同じ力を持つ2つのチームに分け、対抗戦で勝ったチームのメンバーだけが公式戦に出場できるという制度である

 昇格を賭けて控え組とレギュラー組が試合をやるという話は「MAJOR」や「名門第三野球部」などわりとよく見られる事だが、戦力を真っ二つにして公式戦出場を賭けるという話はなかなか珍しい。現実的に考えると戦力を無駄遣いしているとしか言いようがないが、まあフィクションなので

 それで或太は、ここ二期ほど若虎に敗れて公式戦出場を逃している若獅子の方に入り対抗戦を迎えるのだが、この対抗戦が或太の、そして本作品の最初の試合にしていきなりクライマックスとなってしまう

 というのも若虎は夏の甲子園で優勝しており、エースの秋葉大介は多彩な変化球を操り防御率が0点台、そして主砲の氷室健吾は打率8割超のスイッチヒッターというだけでなく、或太の家族が亡くなった事故でヘリコプターを操縦していたのが氷室の父だったという、もはや実力的にも因縁的にもこれ以上の相手を出せないからである

 

 実際この試合は最初の試合という事でチームメイトの存在感が薄かった事を除けば熱い試合だったのだが、氷室の第1打席を迎えた時には既に掲載順は中盤に、その2話後には巻末付近まで追いやられてしまっていた。そして若虎戦の次の相手は天才打者にして人気アイドルでもある星野伸也擁する杜越学園との試合だったが、やはり若虎と比べると格落ち感が否めず、掲載順も人気も盛り返せぬまま20話で最終回を迎える事となる

 

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巻末掲載数6回は黄金期間中第17位タイである

 

 

  こんなに早く掲載順を落としてしまった原因の一端は、おそらくこの時期既に連載2年目に入っていた「山下たろー」の存在だろう。バトル漫画ならともかく野球漫画はジャンプに2つ必要ないということなのか、まだ碌に試合もしてないうちから半ば見切りをつけられてしまったのは不幸としか言いようがない。これがサンデーなら同時期に複数の野球漫画を連載する事など珍しくないのに、というか「MAJOR」とあだち充作品で既に2つだし。また、純粋な主人公が最高の野球選手を目指すという方向性も「山下たろー」と被っていた上「山下たろー」が最底辺からのスタートだったのに比べて本作品はほぼ出来上がった状態で成り上がり感が薄かったのも良くなかったのかもしれない

 そんな本作品ではあるが、初戦がいきなりクライマックスという無駄のない構成なので、野球漫画好きならばサックリ読んで楽しめる作品となっている。…その後の杜越戦は正直蛇足なので読まなくてもいいかもだが