黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

再び鬼門のジャンルに挑んだ男

 前回紹介した「ハードラック」の作者の樹崎聖であるが、同作品が僅か11話で連載終了という挫折を味わうものの、ホップ☆ステップ賞を満票で入選した実績故か次のチャンスは意外と早く到来し、連載終了後半年も経たぬうちに88年増刊サマースペシャルで「TEENAGE BOMB」を掲載すると、翌89年41号から再びジャンプ本誌で連載を持つ事となる

 それが今回紹介するこちらだ

 

 とびっきり(89年41号~90年23号)

 樹崎聖

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作者自画像もカラーになりました

 さて、その内容であるが、1巻2巻のカバーを見ると知らない方はラブコメのように思われるかもしれないし、実際そういう要素もないでもないが、4巻のカバーを見ればご察しの通りである。そう、またもボクシング漫画だ

 前回も述べたがボクシング漫画はジャンプの黄金期において単行本が10巻以上出版されるほど続いた作品は今泉伸二の「神様はサウスポー」のみしかない鬼門のジャンルである。というのは今振り返っての結果論に過ぎないので、だからボクシング漫画は駄目だとか言う気は無い。が、同じ作者で一度失敗したジャンルに続けてチャレンジしようという案を、作者はともかく編集サイドは何を考えてゴーサインを出したのだろうか。ましてや当時は「神様はサウスポー」が連載中だったのにである。全くもって謎だ

 さておき、勿論作者としては同じボクシング漫画だからと言って結果も同じにならぬよう、本作品は「ハードラック」と比べて色々と差別化が図られている

 まずわかり易いのは絵のタッチであろう

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 並べて比べてみると一目瞭然だが、同じような特徴の主人公なのに「ハードラック」と比べるとデザインが全体的に丸くなり、それがポップな印象を与えている

 そして絵に対応するかのように設定の方も前作のような重たさは軽減し、かなりポップに仕上がっている

 まず主人公の性格からして段違いだ。「ハードラック」の主人公である原田勇希は狂犬だの暴れ狼だの言われた札付きの不良なのに対し、本作品の主人公の鳶木空はヘタレだが口では大きな事を言ってしまい、挙句、その為に転校しなければならなくなってしまったというコメディじみた設定となっている

 そして、空が転校先でも、実際はボクシングジムに行って三時間で投げ出したという経験しかないのに、オリンピックで金メダルを取る事を目標にしてジムに通っていると大口を叩き、その上偶然にも近所の与太高校のボクシング部のエースである大場を叩きのめした為(どんな偶然だ)に周りが盛り上がってしまい、引くに引けなくなってボクシングをやる事になるというのが物語の導入である

 導入からして如何にも少年漫画的だが、その後の展開も多分に少年漫画的だ。大場との因縁、秘密の特訓、対戦相手の卑劣な行為による負傷と、数々の困難を乗り越えた末に空は口だけのからっきしな男でなく、とびっきりのヒーローへと成長する。まさにジャンプの三大要素である「努力」、「友情」、「勝利」の詰まった王道的な物語。伊達にボクシング漫画をわざわざ続けた訳じゃなく、「ハードラック」が描きたい話を優先させた為にあまり読者の事を考えていない節があるのに対し、本作品はちゃんとジャンプの読者層を考えてチューンしてある事がうかがえる

 …しかしながら、それでもやはりジャンプにボクシング漫画は2つも要らないようで、本作品は前作の「ハードラック」と比べると3倍近く連載が続いたが「神様はサウスポー」との争いに敗れる形となり32話であえなく終了となる。だけではなく、「神様はサウスポー」もまた本作品の終了から二ヵ月もせずに終了してしまうという皮肉な結果となってしまう

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終盤は「神様はサウスポー」と巻末、ブービーのワンツーを飾る事も何度かあった

 最後に作者のその後について触れておこう

 本作品の終了後の作者は、本誌で読切が掲載されたり、増刊で何度か掲載された「TACHYON FINK」が単行本化されたりしたものの、本誌では再度連載を持つ事は叶わず94年36・37合併号に掲載された「風と踊れ! 時代を疾走ぬけた男バロン西」を最後に本誌を離れる事となってしまった。が、96年からスーパージャンプ梶研吾が原作を担当する「交通事故鑑定人環倫一郎」の連載を開始すると好評を得て続編も含めると2003年まで続く長期連載となり、その余勢をかって05年にはなんと約10年ぶりにジャンプ本誌で読切「FALLEN」を掲載するという快挙を遂げたのであった

 また、06年からは東京デザイナー学院で数年ほど講師を務め、その経験から09年には「10年メシが食える漫画入門 悪魔の脚本 魔法のデッサン」という指南本を出版すると好評を得てその後何冊も続編が出版されたという

 このあたりの活躍は、作者の事を憶えている当時の読者でも知らない人は結構いるのではないだろうか、と言うか私がまさにそうだった。やはりホップ☆ステップ賞を満票で入選を果たしたのは伊達では無かったのである