黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

優し過ぎる物語の不完全燃焼な結末

 今回紹介する短期終了作品はコレだ

 

 くおん…(86年42号~52号)

 川島博幸

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 余談ではあるが、本作品は当時から好きだったものの何故か単行本を購入しておらず、今回紹介するにあたってオークションで落札したものである

 本作品の作者である川島博幸は84年に「スクール・トラブル‼」で第27回手塚賞佳作を受賞すると同年に「トラブルスター」でフレッシュジャンプ賞佳作を受賞。翌85年に読切作品のミッキがジャンプ増刊のウインタースペシャルに掲載されてデビューを飾ると、86年には「チビ黒SO LONG!」がスプリングスペシャルに掲載、そして同年、本作品を以てついに本誌デビューにして初の連載を勝ち取ったのであった

 さて、本作品がどんな話かというと、主人公である久遠誠と、隣に住む同い年の幼馴染で奇しくも名前の読み方が同じのヒロイン香瀬真琴が、互いの親が再婚した事により2人の久遠まことが誕生したところから始まるラブコメディである

 主人公とヒロインが同じ名前という設定はあだち充「みゆき」を意識したものであろうか。この時代のラブコメにおけるあだち充の影響力は半端ではない

 血の繋がりのない男女が同じ屋根の下で暮らすという話も「みゆき」に限らずラブコメの王道といえる設定であるし、そこにクラスのマドンナ的存在である綾瀬理乃やいかにもなライバルキャラである紅御悠矢が加わって複雑な関係が展開される中で当初はただの幼馴染で異性として見ていなかった2人の意識にも次第に変化が…という話はベッタベタのベタな展開と言える

 …のだが、私が本作品を読んで感じる印象はラブコメというよりはハートウォーミングストーリーのそれである

 本作品に限った事ではないが、創作物にはどうしても作者の本質というものが反映されるものだ。単行本には本作品だけではなく前述の「ミッキ」や「チビ黒SO LONG」などいくつかの作品が掲載されているが、どの作品も出てくるキャラは、わかりやすい悪役はいるものの基本的に善人ばかりである。ひたむきな者は報われるし、他人の為に必死になれるものには周りも温かい目を向ける。それが作者の根底にある考えなのだろう

 そんな作者の本質が最もわかりやすく反映されているのが2巻の巻末に掲載されているタイトルの無い僅か4ページの描き下ろし作品だ

 それはこんな話である

 ある国にノッポとチビという2人のハンマー投げ選手がいました。ノッポは才能に恵まれ前回の大会で優勝しました。一方チビは体格にも才能にも恵まれず、練習ですらまともにハンマーを投げる事も出来ない始末で、ノッポはそれを見ては馬鹿にしていました

 そして次の大会。練習を怠っていたノッポはまたも優勝しましたが、その記録は前の大会で出したものに遠く及びませんでした。一方チビはファウルを重ねていましたが、最後の試技で記録的には全く大したものではないものの、初めて まともに投げる事が出来ました

 そして表彰式。観客から一番の称賛を受けたのは優勝したノッポではなくチビの方でした

 納得いかないノッポに大会委員長は言いました。この拍手は最後まで努力を惜しまなかった者だけが受け取れるものだと

 そして今日もまたグランドには練習に励むチビの姿があったとさ

 

 ここで私は重大な事に気付いてしまった

 この話、単行本の為の描き下ろしの筈なのに何故か読んだ記憶がある

 まさかと思ってクローゼットを少し探索してみたら…はい、見つかりました

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 うーん、購入していたという事を忘れてしまっていたとは。齢は取りたくないものだ 

 それはさておき話の方はいかがであっただろう。少年漫画というよりはおとぎ話のようではないだろうか。ウサギとカメの話を連想する人もいるだろうが、結果を出せずとも温かい称賛を受けられるという結末はそれよりも更に優しい

 この優しさこそが作品から共通して感じられる作者の本質といえる

 ただ、そういう傾向はなにも作者の作品にのみ見られるものではない。漫画に限らず映画や小説などのフィクションは幸せな結末で終わる事の方が圧倒的に多く、ある意味においては皆主人公に対して優しいとも言える。しかし作者の場合は他の作品よりも圧倒的な優しさを感じられるのだ。それこそ優し過ぎるくらいに

 そして、それが作者の大きな欠点だとも言える

 他の作品の優しさが物語の為にあるのに対し、作者の場合は物語が優しい世界の為にあると主客転倒してしまった感じであり、それ故か読了後は優しい気持ちにひたれる反面、ストーリーの方は刺激が無さ過ぎてあまり印象に残らないのだ

 そう、私がうっかり過去に単行本を購入していた事を忘れてしまっていたのも齢を取ってしまったからではなく、優し過ぎて印象に残らなかったのが原因だったのだ。うん、そうに違いない

 

 その優し過ぎる物語はジャンプのメイン読者層である少年にとっては刺激が無くて退屈に映ったのであろう。結局本作品は僅か十一週、誠と真琴の関係に決着がつく事が無く、親が妊娠したというところで終了という中途半端な結末を迎えてしまう。親の結婚で始まり親の妊娠で終わるって、実は物語の主人公は誠達ではなく親の方だったのだろうか?

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掲載順がわかりやすく右肩下がりになっていく

 その後作者は鷹城冴貴と名を変え、本誌で何度か読切が掲載されたり、増刊に掲載された「カルナザル戦記ガーディアン」やアニメとのメディアミックスでVジャンプに連載された「ドラゴンリーグ」などが単行本化されたりしているが、本誌で連載を持つ事は無かった

 それは本人の指向とジャンプ読者の指向の乖離からすればやむを得ない事だったのかもしれないが、大人になって優しさもへったくれもない社会の荒波に出てしまった今となると、作者の優し過ぎるまでに優しい世界が身にしみるのであった

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2巻が発売されるのをずっと待っていたんだが、発売されませんでした