黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

冨樫以前にも存在した休載王

 あなたは休載という言葉を聞いて誰を連想しますか?

 そんなの冨樫義博に決まっているだろ、などと言われたら身も蓋もないが、殊ジャンプに限っても休載歴のある作家は他にもいる事は忘れてはならない

 例えば現在の看板作家である尾田栄一郎の「ONE PIECE」も物語が一区切りついたところで休載しているし、他にも有名どころではゆでたまごが「キン肉マン」の、桂正和が「ウイングマン」の連載中に病気により休載を余儀なくされている。とは言え、休載の頻度、そして期間の長さにはかなり違いがあるが。他誌に目を向けると九年も休載した上に以前の重要な設定であるモーターヘッドが無かった事にされ、何の説明もなくゴティックメードなるものに差し替えられていた「ファイブスター物語」の永野護とかもかなりのものだと思うが、やはりジャンプに比べると出版部数が大きく劣る為、休載=冨樫義博というイメージは不動であり、彼に休載王という称号を与える事に異議を唱える者は少ないであろう

 しかし、ジャンプの歴史を遡ってみると、冨樫義博と遜色ないとは言わぬまでもかなりの休載頻度を誇り、休載王の称号を与えてもいいのではないかという人物が他に1人だけ存在した。名前を出す前にまずはその人物による、ある連載作品の掲載順変遷を掲載するのでまずはそちらを見て頂きたい。勿体つけるつもりがつい表にタイトルを出してしまったのでバレバレではあるが

 

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これだけ休載しても掲載順があまり落ちないのも凄い

 字が細かく少し見づらいかもしれないので少し説明させてもらうと、連載期間が二年少々で100号あまりの間に掲載された回数は61。休載率でいうと4割強という数値は「HUNTER×HUNTER」の7割近い休載率と比べると見劣りするかもしれないが、「HUNTER×HUNTER」は連載開始から二年少々の段階での休載率は2割程度と同期間での休載率ではこちらが上回っており、先代休載王の早熟ぶりがうかがえる

 

 まあ、かなり有名なタイトルなので既に分かっている人も多いと思うが、そんな先代休載王と問題の作品はこちらである

 

 ストップ‼ひばりくん!(81年45号~83年50号)

 江口寿史

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画像は双葉文庫版です

 作者は77年に「恐るべき子どもたち」でヤングジャンプ賞入選、同年21号に掲載されてデビュー。28号に読切作品の「8時半の決闘」を掲載した後、34号に「すすめ‼パイレーツ」を掲載、これが41号から連載作品となり連載デビューを飾ると、いきなり連載期間が三年あまりとヒットを記録する事となる。以前紹介した「妖怪ハンター」の諸星大二郎もそうだったが、この時代はまだジャンプが盤石ではない為か初掲載から連載を持つまでのサイクルが短い。勿論、本人の才能もあっての事だろうが

 

shadowofjump.hatenablog.com

  「すすめ‼パイレーツ」の終了後、81年6号から「ひのまる劇場」の連載を開始するも29号で終了。そして同年45号から連載が開始されたのが本作品である

 そんな本作品は、両親を亡くして天涯孤独になった坂本耕作が、母の遺言に従い世話になる事になった大空家の面々、特に同い年でそこの息子でありながら女性の格好をして、学校でも女性として生活しているひばりとの関係を描いたラブコメディだ

 本作品で特筆すべき事は2つある。まず1つは作者が描くシャープでポップな絵柄だ。その絵は四十年も前に連載が始まった作品とは思えぬほど洗練されており今見ても全く古びてない、と言うのは流石に盛り過ぎだが、同時代の他作品と比べると突出していて、少なくとも十年は先を行っているような感じだ。この時代に絵柄で対抗出来たのは「Drスランプ」の鳥山明ぐらいだっただろう

 そしてもう1つは、言うまでも無くヒロイン?の大空ひばりが男性であるという事だ。現在では女性の格好をした男性キャラは男の娘などと称され、あまり珍しいものでもなくなったが、当時はゴツイ男に厚い化粧を施した分かりやすいギャグキャラしかいなかった時代にまんま女性に見える、しかも洗練されたデザインのキャラが出てきた衝撃は計り知れないものがあった。おかげで本作品は連載されるや否やあっという間に大人気となり、当時副編集長で後に編集長となる後藤広喜もその著書に、パワーが落ちてきた「Drスランプ」に代る新たな看板作品になる事を期待していたと書いている程だ

 だが、その人気、期待は作者にとって心地よいものではなかったようだ。元々作者は連載デビュー作の「すすめ‼パイレーツ」の頃から筆が遅く、原稿を上げるのは常にギリギリで集英社の会議室の1つを改装した執筆室に缶詰めになる事もしょっちゅうだったというが、この頃になると遅いどころか間に合わずに休載になる事もしばしばで、掲載された号でも本編に関係なく作者が原稿に悩んでいる話でページ数を稼いでいたり、そもそもページ数が10にも満たなかったりと惨憺たる有様であった。作者もさすがに厳しいと思ったのか、編集部に週間連載ではなく隔週での連載を申し入れたのだが、当時の編集長である西村繁男はそれを許さず、加えて83年になると本作品はTVアニメ化されて益々休み辛い空気が出来上がっていった…いや、十分すぎるくらい休んではいるのだが

 そしてついに作者の緊張の糸がプツリと切れてしまう

 本人がフジテレビONEの「漫道コバヤシ」で語った話によると、83年51号ぶんの原稿の残り5ページを翌日までに上げなければならない状況に追い込まれた作者は、それが間に合わないと悟ると仕事場から逃走してホテルに潜伏したという。本作品の掲載歴を見るに、それまでも間に合っていない事があったように見えるのにまるで初めてやらかしたような口ぶりだが、そうではなく仕事場から逃走してしまったのがまずかったという事なのだろう。若しくはそれまでのやらかしからもう原稿を落とせない状況に陥ったのか

 いづれにしろもう終わりだと覚悟を決めて締め切りが過ぎた後に自宅に戻ると、待っていたのは編集長からの呼び出し電話であった。そして作者は改めて週間連載は無理なので隔週か月間での連載を申し入れるも、編集長は「もうウチでは面倒みきれない」とさじを投げ、本作品は当時のジャンプの人気トップレベルにあり、かつTVアニメも好評放送中という状況にありながら連載が打ち切られるという異例の事態を引き起こしたのであった

 もし編集長が隔週か月間での連載を認めていたなら本作品はどうなっていただろうか?

 その後作者はジャンプを離れフレッシュジャンプなどに活躍の舞台を移し、念願の月間連載を始める事になるが、それでも連載を投げ出す癖は治らなかったようだ。ちゃんと完結させた作品は殆どなく、それよりも洗練されたデザインを生かしてイラストレーターとしての活躍の方が多くなっていったという事実を鑑みると本作品もまともに完結させられたとは思えず、編集長の判断は結果的に正しかったと言えよう

 ただ、読者の立場から考えると楽しみにしていた作品が話も中途で突然終わってしまうのは悲しい事である。果たして「HUNTER×HUNTER」のようにいつ連載が再開されるのかわからないという状況とどちらがより不幸なのだろうか…

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まあ、どっちも不幸なんだけどね…