黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

初代Mr.ジャンプとの別れ

 当ブログでは前回の「猛き龍星」、その前の「男坂」と2度続けて「男一匹ガキ大将」を参考にした作品を紹介した

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 であるならやはり「男一匹ガキ大将」も紹介するのが筋であろう。…と言いたいところだが、同作品は連載が終了した時ですら私が生まれる前という事もあってあいにく未読である

 いや、未読だったら今から読めばいいだけの話じゃないか、という意見もあるだろうが、そんなに昔の作品を、しかも齢を取って余計な知恵や常識がこびり付いた今になって読んだところでフラットな評価など出来る筈もないし、無理にここで紹介せずとも紹介している所はいくらでもあるので無しとさせて頂く

 

 代わりに紹介するのは「男一匹ガキ大将」と作者が同じこちらの作品だ

 赤龍王(86年13号~87年12号 スーパージャンプ87年2号3号)

 本宮ひろ志

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 さて、作者である本宮ひろ志は「男一匹ガキ大将」でジャンプの黎明期を牽引し、その影響を受けた多数の漫画家もジャンプで連載を持つようになるなどその貢献は非常に大きく、また、編集部の待遇も格別であった事から、もしMr.ジャンプという称号があるとしたらその初代は作者しかいないと以前紹介した「ばくだん」の記事でも述べた

 

shadowofjump.hatenablog.com

 

 そして85年30号で「ばくだん」の連載が終了してから約半年後の86年13号から連載が開始されたのが本作品だ

 そんな本作作品は、古代中国の秦帝国末期から漢王朝成立までの時代、所謂項羽と劉邦の物語を描いた歴史漫画である

 さて、作者の作品で中国の歴史を描いた作品と言えば、本作品より以前にジャンプで連載された三國志漫画の「天地を喰らう」が有名であろう

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画像は文庫版です

 そちらの方がのっけから竜王だの呑邪鬼だのが出てきてファンタジー丸出しなのに比べると、本作品は比較的史実に忠実な話となっている。と言っても、全く史実通りという訳でもなく、例えば自分はかなり後になるまで史実だと疑わなかったが、虞美人が項羽と出会う前に劉邦の嫁になるというエピソードなど、細かく見るとフィクションも少なくなかったりする

 始皇帝が死に、宦官趙高の専横による秦帝国の弱体化。陳勝呉広頭目とした大規模な農民反乱。そして、かつて秦に滅ぼされた楚の名将の家系である項梁の挙兵と続く激動の時代の群像劇。前述の「天地を喰らう」もだが、こういった歴史物語と作者の画風、キャラ作りは非常に相性が良い。特にろくでなしで戦下手ながらも不思議な魅力を持ち人を惹きつける劉邦は、「男一匹ガキ大将」の戸川万吉などに見られる作者の得意なキャラとあって生き生きと描かれている。そして項梁の甥という良血にして無類の戦上手であり、その鬼神の如き強さによって人を押さえつける項羽という対称的な2人を軸に、張良韓信、黥布といった英傑が色を添える中国の覇権争いは読み応え充分である

 …のだが、私がそう感じたのは連載当時より数年経ってからの事で、リアルタイムで読んでいた頃は正直第一話冒頭で始皇帝が放った「煮殺せィ‼」という台詞が印象的だった他はあまり興味が持てなかった。なにしろ作者の作品の対象年齢は年々上がっていっているのに対し、当時の私はジャンプの読者層の中でもかなり年齢が下の方であったから趣味が合う筈もない

 それに加えて、歴史漫画は基本的に読者の食いつきが悪いものである。それでも「花の慶次」のように日本のものであったり、「天地を喰らう」のように中国のものでも三國志という比較的有名な時代を扱っているのならまだ親しみもあるが、当時の私もそうだったが項羽と劉邦の時代なんて知りもしないし知りたくも無いという読者の方が多かったであろう

 

 ところで、本作品の連載が始まるのと前後してジャンプを取り巻く環境に大きな動きが2つあった。まず1つは「DRAGONBALL」のTVアニメが開始され、ジャンプの中心と言える作家が名実ともに作者から鳥山明へと移った事。もう1つは編集長が第3代の西村繁男から第4代の後藤広喜への交代である

 作者が編集部から格別な待遇を得ていたのは、その実績、影響力もさることながら、初代担当であり、作者に対する思い入れが強い西村が編集部内に影響力を持っていたという要因も強く、その西村が編集長を退いたという事実は作者が後ろ盾を失った事を意味する

 無論、編集長を退いたとはいえ、その影響力が一掃された訳ではないし、後任の後藤広喜を始め多くの編集者は西村の薫陶を受けて育ったのだから急に掌を返されたという事はなかったと思われる。だが、取り巻く環境の変化に居心地の悪さを感じていただろう事は想像に難くない

 そして、本作品は一年連載が続いた後、西村の後を追うようにその西村が編集長を務めるスーパージャンプに連載の場を移し(結局スーパージャンプでは2回しか掲載されなず、最終的には描き下ろしで完結させたが)、作者はその後92年9号に高橋三千綱原作の読切作品である「父の耳 オンザティ」を掲載したのを最後にジャンプから姿を消したのであった

 

 なお、余談ではあるが、本作品の最終回になると主役であるはずの劉邦が天下人へと成り上がっていく様は権力欲に取りつかれた俗物のように描かれ、逆に天下から滑り落ちていき敗北を受け容れながらも超然とした態度で最後の闘いに赴く項羽の方が主人公であるかのように描かれている。単行本最終巻のカバーに描かれているのも劉邦ではなく項羽と虞美人だし。このあたり、当時の作者の心境が項羽に投影されているといった見方は穿ち過ぎであろうか

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タイトル文字の色も最終巻だけ赤ではなく青になっている