黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

冨樫が仕事をしなくなったワケは

 好き嫌いは別にして、冨樫義博がジャンプにとってかなり功労者である事に異論をはさむものは少ないであろう。「幽☆遊☆白書」は黄金期において鳥山明の「DRAGONBALL」と井上雄彦の「SLAM DUNK」に次ぐ人気を誇っていたし、黄金期の終焉後は鳥山明が半ば隠居し、井上雄彦はジャンプを去ったのに対し、冨樫義博は更に「HUNTER×HUNTER」をヒットさせて年長の読者を繋ぎとめるのに多大に貢献している事を考えると総合的な貢献度でいえばジャンプ史上でも屈指の存在だと言えるのではないか

 にもかかわらず、世間の冨樫義博に対する評判があまりよろしくないと感じるのは気のせいだろうか?

 …いや、気のせいじゃないのはわかっているし、それが何故かもわかっている「HUNTER×HUNTER」の休載があまりにも多過ぎるからだ

 なにせ98年14号で連載を開始してから二十年以上が経っているのにもかかわらず、現在までに出版されている単行本の数は僅かに36。通常は連載期間が一年で単行本はだいたい5冊出版されるから110巻は超えていないとおかしいのに、その3分の1にも満たないのは驚異的である。おかげでいつの頃からかネット界隈で冨樫義博の話題になると『冨樫仕事しろ』というコメントが大量に投下されるようになり、今じゃ『とがしs』と入力した時点で『冨樫仕事しろ』というワードが検索候補に出てくる程である。そして現在もやはり絶賛休載中だ

 だが、当然の話かもしれないが冨樫義博も最初から休載が多かったわけではない。前々回に紹介した「てんで性悪キューピッド」は短期で終了した事もあってか一度も休載した事は無いし、「幽☆遊☆白書」も四年近く連載が続いたにもかかわらず、休載したのは連載終了間際の1回のみである。いや、普通は1回も休載しないだろうという突っ込みは無しで

 

shadowofjump.hatenablog.com

 

 それが「HUNTER×HUNTER」になるといきなり休載が多くなるのはどうした事だろうか

 まずアシスタントを使わず1人で描いている上に腰痛の持病持ちの為、肉体的に継続的な連載が厳しい事が考えられる。そして「幽☆遊☆白書」がヒットした事により金銭的に余裕が出来て、仕事に対するモチベーションが低下している事も理由かもしれない。とは言え、それはあくまで作者の側の理由であり、編集サイドからすればいくら人気作家でもこれだけ休載が多ければ他の作家にも悪影響を与えかねない頭痛の種であろう。連載期間より休載期間が長いという体たらくになってしまっては、綱紀を引き締める為にも連載を終了させないまでも姉妹誌送りにして然るべきだと思うのだが、そうならないのは何故なのか

 

 私見ではあるが、理由の一端はこの作品にあるのではないかと思う

 

 レベルE(95年42号~97年3・4号)

 冨樫義博

 

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画像は文庫版です

 作者のデビューまでの軌跡は「てんで性悪キューピッド」の紹介記事を参考されたし。そして同作品の終了後、一年も経たずに90年51号から連載が開始された「幽☆遊☆白書」は説明無用の大ヒットを記録。それが94年32号で終了後、一年少しの間を経て連載が開始されたのが本作品だ

 そんな本作品は、ドグラ星の第1王子であるバカ=キ=エル・ドグラを筆頭に地球に来襲する異星人が巻き起こす騒動をオムニバス方式で描くオカルトSF漫画である

 文庫版上巻の裏表紙には本作品について『「HUNTER×HUNTER」の冨樫義博が世に問う異色の連作集』と説明する一文がある。確かに本作品は作者の二大代表作である「幽☆遊☆白書」、「HUNTER×HUNTER」と比べると派手なバトルがある訳でもなく、全体的に地味でウエットな雰囲気は海外のサイコサスペンスドラマのようで、異色という言葉にも頷けるものがある。が、別の一面に目を向けると本作品は二大代表作と相通じるものがある事に気付かされるだろう

 振り返ってみて欲しい。「幽☆遊☆白書」は一度死んでしまった浦飯幽助が霊界探偵として蘇って妖怪や魔族と戦いを繰り広げており、「HUNTER×HUNTER」も念能力に目が行きがちだが、キメラアントを始め異形の者たちが多く出てくる。そして本作品は宇宙人。全ての作品はその根底にオカルトという共通のテーマを持っているではないか

 この3つの作品に限った事ではない。前々回に紹介した「てんで性悪キューピッド」は悪魔、更に作者の連載デビュー以前の作品を集めた単行本である「狼なんて怖くない‼」に収録されている作品も殆どはオカルト要素が入っているのだ

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 共通点はまだある。本作品のエピソードの1つにバカ王子が小学生をアブダクションして自分の作ったゲーム用の惑星に飛ばすというものがあるが、作品内でゲームをやらせるというエピソードもオカルト要素ほどではないが結構見られる要素である。「幽☆遊☆白書」だとゲームマスター天沼月人戦、「HUNTER×HUNTER」だとグリードアイランド。そしてデビュー作の「とんだバースデイプレゼント」からしてコンピュータゲームと現実世界が融合してしまった話だ。こうしてみると本作品は異色どころか作者の志向がわかりやすく表れている作品だと言えるのではないか

 

 …と長々紹介してきたが、そんな説明は無用だったかもしれない。何せ本作品は既に「幽☆遊☆白書」をヒットさせ、人気作家としての地位を確立させてからの作品であるから誌面での扱いも良く、後にはTVアニメ化もされた程の作品であるから、他の短期終了作品と違って本作品を憶えている、知っているという方は多かろう

 内容よりも異色なのは週刊誌でありながら月イチ連載と言うその連載形態だ。私は関係者でも何でもないので何故なのかは推測するしかないが、編集部サイドがこのような形態を望んだとは思えない。だが当時のジャンプは「DRAGONBALL」の連載が終了した事もあってついに出版部数が減少に転じたという厳しい事情があり、どうしても人気作家である冨樫義博に連載を持って欲しかったのだろう。なので連載を承諾させる為に作者の要求を全部呑んだとは言わぬまでもかなりの譲歩をされた事は、文庫版上巻の作者あとがきで本作品を「比較的好き勝手に描けた」と述べている所からもうかがえる

 そして1つの譲歩が更なる譲歩を生むのが世の常で、譲歩に譲歩を重ねているうちに、連載期間よりも休載期間の方が長くなっても本当は言いたいのに何も言えない今の惨状が出来上がってしまったのではなかろうか

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期間としては一年以上続いた本作品は短期終了作品と分類していいのだろうか

 そんなある意味では記念碑的な本作品であるが、齢を重ねて中年になってしまった今となると二大代表作と比較して派手なバトルが無い分話に集中出来るし、1エピソードが短くてサクッと読める。それに何よりも「HUNTER×HUNTER」とは違ってちゃんと完結しているのでお勧めである