黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

ジャンプで連載を持つという事の難しさ

 当ブログではここ2回で冨樫義博江口寿史と休載癖のある漫画家の作品を紹介してきた。が、言うまでも無い事だが、この2人のように休載を重ねる人物は極めて稀であり、ジャンプで連載を持った事のある殆どの漫画家は病気などやむを得ない理由でもない限り休載などまずあり得ない事だ。そして、それよりも多くの漫画家、或いは漫画家志望者は休載どころか、そもそもどんなにジャンプで連載を持ちたいと願っていても叶わずに諦めなければならないのである

 そんな訳で、今回紹介するのはジャンプに読切作品が掲載された事はあるものの、連載を持つまでには至らなかった作者の作品集だ

 

 七つの海

 岩泉舞

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短編集1とあるが2巻は出てません

 

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作者自画像


 以前にも説明した記憶があるが、ジャンプで連載を持つまでには越えなければならない大きなハードルが2つある。まず1つは漫画賞に応募したり、原稿の持ち込みや投稿などによって編集者に認められるまでの、編集者のハードル。そしてそれを越えた先に待っているのが、ジャンプ本誌や姉妹誌に読切作品を掲載し、アンケートで高い評価を得て連載を勝ち取るまでの、読者のハードルだ

 尚、余談ではあるが私は昔、ジャンプではないが結構メジャーな漫画誌の原作賞に応募して、賞は貰えなかったものの、編集者の目に留まり声を掛けて貰った経験がある。まあ、所詮は賞も貰えないレベルだったので連載どころか1度も作品が掲載される事すら無かったが。編集者サイドからしたら、そんなに可能性は感じなくとも声を掛けるのは大した手間でも無いし、万が一でも当たったら儲けものくらいの感覚で結構多めの人間に声を掛けているのだろう。このようなケースはジャンプにおいても当然あるだろうから、編集者のハードルは厳密には編集者から声を掛けられるまでのハードルと作品の掲載が認められるまでのハードルという2つが存在すると言える

 

 私の事はさておいて話を戻そう。作者の場合は89年に「ふろん」がホップ☆ステップ賞佳作を受賞し、それが同年増刊オータムスペシャルに掲載と、一気に2つのハードルを越えてデビューを果たしている。のみならず、更に同年のうちに増刊ウインタースペシャルにも「忘れっぽい鬼」を掲載、翌90年25号に「たとえ火の中…」が掲載されて本誌デビュー、91年21・22合併号には「七つの海」、39号に「COM COP」、92年10号に「COM COP2」と短いスパンで立て続けに作品が掲載されている事から、作者は編集者に認められているどころかかなり期待されていたであろう事がうかがえる

 何故そんなそんなに期待されていたのかは、本単行本に収録されている作品を読めばわかる気がする。それは「ふろん」は世にも不思議な物語風、「忘れっぽい鬼」と「たとえ火の中…」は伝奇風、「COM COP」「COM COP2」はゴーストハンター風と作風が多彩な上、どの作品も面白く読める話に仕上げるストーリーテリング能力の高さであろう

 中でも私が好きなのは本単行本の表題作でもある「七つの海」だ。タイトルからして「ONE PIECE」のような海洋冒険活劇をイメージするかもしれないが、内容は海とは殆ど関係なく、冴えない少年ユージの心の葛藤と成長を描いたものである。その読み味はまるで児童文学のような若干ほろ苦くもさわやかな読後感に包まれ、当時の私に強い印象を残したものだ。その後単行本を入手して再読したのは最近になってからなのだが、三十年近くも読んでいなかったのに内容をほとんど覚えていた程である

 尚、この作品が強く印象に残っているのは私だけではないようで、短期連載どころか読切で1回掲載されただけにもかかわらず、この作品について言及する書き込みがネット上にちょこちょこ見られる事からも、作品及び作者に対する評価の高さがうかがえる

 だが、そんなに評価されたにもかかわらず、作者は結局ジャンプで連載を得る事は出来なかった

 本単行本に収録されている作品以降も92年49号に「KING」、93年3・4合併号にはあの武論尊を原作に迎えて「クリスマスプレゼント」、同年52号には後の直木賞作家である村山由佳を原作に迎えて「COM COP3 夢見る佳人」を掲載するもアンケート結果が芳しくなかったのか連載には至らず、94年増刊サマースペシャルに掲載された「リアルマジック」を最後に他誌で活躍する事もなく表舞台から姿を消したのであった

 その理由もまた作品を読めばわかる気がする

 作者の作品は間違いなく面白いと言えるのだが、その面白さは先にも挙げたとおり児童文学のような面白さであり、ジャンプのメイン読者層が求める面白さとは質が違うものであるからだ。その典型例が「COM COP」及び「COM COP2」で、両作品はおそらく連載化を意識してゴーストハンター的な内容にしたのだろうが、その割にバトル要素は薄く、「DRAGONBALL」などを好む読者にとっては地味で物足りなく感じられる作品であった。どちらが優れているという問題ではない。飲み物で例えるなら炭酸飲料のような刺激的な飲み物が好きな層に水出し緑茶を出されるようなもので、いくら良い物でも求めているものでなければよい感想を得られないという話だ。なので、作者の作品群は私の他に少なからぬ人数から高い評価を得ても、ジャンプ全体の読者数からすると支持数が足りなかったというのも無理のない事だろう

 さて、そんなこんなで作者が表舞台から姿を消して三十年近くたったのだが、この記事を書く為に調べ物をしていたら衝撃の事実が判明した

 なんと偶然にも作者の新刊が今月の28日に発売されるというではないか

 どうもきたがわ翔が去年「鬼滅の刃」に引っ掛けて作者の事をツイートしたのがきっかけでこのような運びとなったようだが、「鬼滅の刃」の関連の話題は追っていないし、Twitterも大して利用していないので、この記事を書こうとしなければ知らないままであっただろう。こういうのを虫の知らせと言うのだろうか

 因みに新刊と言っても画像を見ればわかるように基本は本単行本に収録してある作品の再録で、そこに未収録作品をプラスし、更に描き下ろしの新作が1本というラインナップのようだ

 これは是非とも買わなければと思うし、興味を持たれた方にも是非買って読んで欲しいと思う1冊である。また、興味は持ったけど買うまではどうかと思われた人は、マンガ図書館Zのほうで本単行本が無料公開されているのでそちらをどうぞ