黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

あの作家もジャンプ作家だった その2

 以前紹介した「翠山ポリスギャング」の記事で、作者の甲斐谷忍は後に映像化される作品を複数描く事になるにも関わらず、かつてはジャンプでも作品を描いていたという事を憶えている者は少ないであろうと述べたが、黄金期のジャンプは競争が非常に激しかった故に、後に大ヒットを飛ばすほど実力のある(特に青年向けの作風の)作家が、ジャンプにおいては殆どインパクトを残す事が出来ずにジャンプで描いていたという事すらあまり憶えられていないという例は他にもあったりする

shadowofjump.hatenablog.com

 という訳で今回紹介するのはそんな作者の1人が描いたこの作品だ

 

 はなったれBoogie(86年23号~31号)

 一色まこと

作者自画像

 そう、ミスターマガジンで連載されていた「花田少年史」がTVアニメ化と実写映画化、ヤングマガジンアッパーズ及びモーニングで連載されていた「ピアノの森」はTVアニメ化と劇場用アニメ化された一色まことである

 作者は84年に「カオリ」でちばてつや賞佳作受賞、同年ヤングマガジン14号に掲載されてデビュー。85年には「キスしてあげる」が光文社のジャストコミック12月号に掲載、更に「愛しているといってくれ」で赤塚賞準入賞を果たすと翌86年増刊スプリングスペシャルに掲載。そして同年23号から本作品で本誌初登場にして連載デビューを飾ったのであった

 ところで、漫画作品のメイン読者となる年齢層は概ね主人公の年齢と同じになる傾向がある。故に少年がメイン読者層であるジャンプの連載作品の主人公は少年が多いし、前回、前々回に紹介したやぎはし正一の作品の主人公は少年の中でも幼い方だったから、その観点からも低年齢層向けだと言える

 翻って作者の代表作の主人公の年齢を見てみると、「花田少年史」も「ピアノの森」も連載開始時は小学生である。では、両作品ともやぎはし正一と同様に低年齢層向けの作品かというと、掲載誌が青年誌である事実からしてもそんな事は無い

 ならばジャンプの読者に受けるかというとそうでもなく、かつて子供であった大人の郷愁をくすぐるノスタルジックな作風であり、郷愁など求めていないジャンプの読者層とはすこぶる相性が悪い。そして本作品もまた両作品と同様に子供が主人公のノスタルジックな作風となっており、やはり相性は悪いと言わざるを得ない

 そんな本作品の主な登場人物は、主人公のわんぱくでおねしょ癖のある5歳児の石井ともこ、バカでスケベな兄の金太、肝っ玉母さんという言葉がピッタリな母、安サラリーマンの父という典型的な昭和の核家族である。そして内容の方は、そんな石井家の連中がちゃぶ台を囲んで食べ物を奪い合ったり、おねしょをなんとか誤魔化そうと頭を悩ませたりといったやはり典型的な昭和のやり取りが繰り広げられるホームコメディに仕上がっている

 だが、本作品が連載されていた頃は昭和といってもあと三年もせずに平成になろうという時期である。そんな風景が見られたのはせいぜい五年から十年前までの事で、この頃には下町や田舎でも滅多に見られないような古い風景であった。こういう(当時の)現代とズレのある設定の場合、大人ならば「ああ、少し前の時代なんだな」と理解してあまり気にしないが、ジャンプのメイン読者層である少年層だと古臭さを感じて「こんな家今どきねーよ」と斬り捨てる者も少なくない。というか私がそうであった

 尚、余談ではあるが、現代の若者は昔の作品を見た時に「なんでスマホ使わないんだ」とか現代の常識を持ち出してバカにするという嘘か本当かわからない話があり、それを聞いて私は「そんな奴いねーよ」と思ったものだが、私も当時本作品を目にした時に同じような反応をしていたのだから実はあるある話なのかもしれない

 さておき、ジャンプの読者層と相性が悪い部分はまだある。敢えて汚い言葉を使わせて貰うがジャンプの読者の多くはガキだ。そしてガキは自分もまだガキのクセに、自分より年下のガキはわがままで非常識だから嫌いだというガキな人種である。そして本作品の主人公であるともこはまさにガキが嫌う幼児の典型であり、それだけでかなりの原点材料となるのだ

 そんなジャンプ読者層との相性の悪さが極まっているような本作品が人気を得られる訳もなく、僅か10話(初回は2話同時掲載の為連載期間は九週)で終了するのも、本作品を最後に作者がジャンプから姿を消してしまったのも無理なからぬ話であろう

 とはいえ、本作品はジャンプのメイン読者層との相性が致命的に悪いだけで別に出来が悪い訳ではない。そして当時は拒絶した読者も齢を重ねた今となっては拒絶する要素も皆無となっており、そういった年齢層と相性が良いのは後に青年誌で前述の2作品をヒットさせた事からも折紙付きであるから読み返してみるのも一興だろう。私も当時は正直本作品に対して若干嫌悪感を抱いていたのだが、今になって読み返してそんな感情は無くなった

 …まあ、単行本はとっくに絶版して入手困難だから本作品を読むより「花田少年史」を読んだ方がずっと手軽だと思うが