黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

あの作家もジャンプ作家だった

 以前から何度か触れたが、当ブログで定義するところのジャンプ黄金期は84年51号から96年27号までの間であり、期間中に誌面を飾った連載作品数は黄金期以前からの継続作品も含むと168になる。そして、168の作品の中には「DRAGONBALL」や「SLAM DUNK」みたいにジャンプどころか少年漫画を代表する作品となったものもあれば、タイトルどころか作者すら忘れ去られてしまったものもある。のだが、そんな忘れ去られた作者の中には後に他誌で大ヒットを飛ばしたというものも存在したりする

 そんな訳で今回紹介するのは後に映像化される作品を複数描く事になるにも関わらず、ジャンプでも作品を描いていたという事を憶えている者は少ないであろうこちらの作者によるこの作品だ

 

 翠山ポリスギャング(94年8号~28号)

 甲斐谷忍

 

 そう、ヤングジャンプで連載された「LIAR GAME」がドラマ化、更に映画化までされるほどの大ヒットとなった他、「ソムリエ」(ドラマ化)、「ONE OUTS」(アニメ化)、更に今年7月にも「新・信長公記ノブナガくんと私」がドラマ化(ドラマタイトルは「新・信長公記クラスメートは戦国武将」)と、これまでに幾つも作品が映像化されている甲斐谷忍である

 作者は91年に「もうひとりの僕」で手塚賞準入選、92年にヤングサンデー増刊新人王に「遠藤美子物語 静かなる挑戦者」が掲載されてデビューを飾る。遠藤美子って誰?とお思いの方もいるかもしれない、というか私自身そう思ったのだが、調べたところ女子のアマチュアレスリング選手らしい。その後、ジャンプ関連では93年増刊ウインタースペシャルの「悪魔が街にやって来た」で初掲載、同年スプリングスペシャルに「つるぎ一刀両断!」が掲載されると同タイトルの作品で28号に掲載され本誌デビュー。そして翌94年8号から本作品で初連載を果たしたのであった

 そんな本作品は、住人の大半が前科者で署員も住民と大差なしのロクでなし揃いという翠山署に配属される事になった、正義感は強いが気が弱く腕っぷしもサッパリな新人刑事の遠山銀之助と、生き別れた双子の兄で見た目こそそっくりだが死神の辰の異名を持ち、たった1人で組を壊滅させた事もある一匹狼のヤクザものの金之助を中心に織りなす警察漫画である

 赴任早々先輩署員から理不尽な扱いを受けてこの先やっていく自信を失う銀之助。彼には金之助という双子の兄がいたが、2人は子供の頃川に流されて銀之助だけが救助されて金之助は見つからなかった事から死んだと思われていた。しかし実は金之助は鳳厦組という大阪のヤクザの親分に助けられ、そこの組員になっていた。住む場所も境遇も全く違う事から二度と顔を合わせる事が無いと思われた2人だが、親分が殺されて復讐の為に上京した金之助が翠山署の管轄で偶然警察官誘拐に巻き込まれた事で急接近する

 とまあ、そんなあらすじからもわかる人もいると思うが、本作品のテーマは資質も境遇も違うが見た目はそっくりな他人同士(本作品の場合は生き別れた兄弟だが)が入れ替わるというフィクションではよく見られるものである

 さておき、こういった入れ替わりものの作品は、別人に間違えられて巻き込まれたトラブルをどう切り抜けるかとか、別人を演じている時に偽物だとバレそうな、もしくはバレた時にどう誤魔化すかなどが見せ場となるのだが、金之助においてはそんな場面は皆無である。なにせ銀之助より遥かに腕っぷしが強いのだから事件に巻き込まれても銀之助以上に活躍できるし、翠山署の連中はいい加減な奴ばかりなので偽物だとバレても大して問題にならないのだから。その一方、銀之助の方はそういう場面がちょこちょこあるものの、結局は自力で切り抜けるのではなく金之助に助けられるのが殆どだし、そもそもあまり出番がないので正直この要素は要らなかったのではと思える。普段の言動は破天荒でヤクザものにしか思えないが実は警官で決める時はバッチリ決める的な設定で良かったのでは。名前が遠山金之助といい、背中に刺青が彫ってある事といい、明らかに「遠山の金さん」を意識しているし

 まあ、どちらにしろ本作品の設定にはそれ以前の大きな問題がある。というのも、ジャンプには言動が破天荒な警察官は本作品の連載が始まる遥か昔から既に存在していたのだ

 そう「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の両津勘吉である

ファミコンジャンプⅡでも破天荒にミサイルをぶっ放す両津


 別に両者がそっくりだなどと言う気はさらさら無い。そもそも作品のジャンルからして違うし。だが、ジャンプは読者の年齢層からして成人、特に普通の仕事をしている社会人が主人公の作品は元々需要があまりない上、昔からその少ない需要を「こち亀」が満たしているという不毛の環境なのである。そこに同じく警察をテーマにした作品で挑む時点で非常に苦しい戦いになると言わざるを得ない。事実、「こち亀」がジャンプで連載していた四十年の間、警察を扱った作品は殆ど無かったし、更にヒットした作品となると「こち亀」より先に連載していた「ドーベルマン刑事」くらいしか思い当たらない(「DEATH NOTE」も一応警察を扱っているといえるが)

 結局本作品は20話、単行本は「こち亀」の百分の一しかない全2巻で終了してしまう。後の作者の作品を見ても主人公は皆成人だからそこが変えられないのは仕方ないにしても、せめてテーマだけでもどうにかならなかったものか。そして、作者は本作品の終了後、95年増刊スプリングスペシャルに「桃源郷」が掲載されたのを最後に青年誌に活躍の場を求め、前述の「LIAR GAME」などを生み出す事になる。それはおそらくジャンプにいたままでは生み出されなかったタイプの作品であるから、ジャンプを離れたのは作者にとってもジャンプにとっても幸せな別れだったのかもしれない