黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

名作と名作の狭間に

 前にも述べたが、黄金期のジャンプでは長期に渡って連載を続けるどころか、連載を持つ事すら非常に困難である。ましてやそれを複数の作品で成し遂げる事は非常に稀であり、黄金期を代表する漫画家でも1つの作品では大ヒットを飛ばしたものの、後が続かなかったというケースは少なくない

 そんな稀な人物の1人に入るのが徳弘正也である。黄金期の初期においては「シェイプアップ乱」を三年近く連載し、黄金期真っ只中においては「ジャングルの王者ターちゃん♡」及びそれを改題した「新ジャングルの王者ターちゃん♡」を合わせて七年以上も連載しただけではなくTVアニメ化まで果たしており、両作品については当時の読者なら当然のように憶えているだろう。そういえばTVアニメでターちゃんを演じたのがブレイク前の岸谷五朗だったというのも今となっては味わい深い話である

 だが、両作品の間に連載したこの作品の事を憶えている方は一体どれだけいるだろうか

 

 ターヘルアナ富子(86年22号~36号)

 徳弘正也

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 作者は82年に「美女は肉料理がお得意」で赤塚賞佳作を受賞、その後「彼女の魅力は三角筋?」と「軟派巌流島」の2本がフレッシュジャンプ83年2月号に掲載されてデビューすると、同年26号から「シェイプアップ乱」の連載が開始され、本誌初登場にして連載デビューを飾る事となる。そして86年、「シェイプアップ乱」が1・2合併号で連載終了の後、18号に読切作品の「What’s おニャン子」を掲載、その僅か4号後の22号から連載が開始されたのが本作品である

 そんな本作品は、カバー絵と杉田玄白が翻訳した解体新書の原題であるターヘルアナトミアをもじったタイトルから察する通り、医療漫画である…と言いたいところだが、正直医療が話の核心に絡む事はあまりなく、実際は診療客の少ない開業医の娘で高校生の亀田富子と、その同級生で向かいに住む曹星寺の息子の天童空也が中心となって繰り広げられる学園&ホームコメディと言った方が適切だろう

 ならば医療はどこに絡むのかというと、主にギャグである

 各エピソードは、例えば、開腹手術に成功したけどまた同じところを開腹するかもしれないからと傷を縫合するのではなくファスナーをつけたり、忘れ物を窓から渡そうとしたら微妙に届かなかったので、手術中の患者の腕を切断してマジックハンドのように使ったりといった感じで、わりとドギツくもあり、コントチックでもあるネタを冒頭に掴みとして入れておいて、本筋は医療関係ない人情噺を展開し、最後にギャグで締めるというパターンが多い

 これは「シェイプアップ乱」、「ジャングルの王者ターちゃん」の両作品でもままある作者の十八番とも言える構成で、話の面白さでは本作品も劣らない、とまでは言い過ぎかもしれないが、作者の魅力は発揮できていると思う。のだが、だからこそタイトルにまでした医療関係の設定があまり生かされておらず、必要があったのかとも感じてしまう。特に後半の話になると、冒頭のギャグすら医療に関係ないケースも出てくるので尚更である

 医療が本筋にあまり絡まない理由は、作者の医学に関する知識が心許ない為であろう

 医療漫画の代表格と言えばなんといっても「ブラックジャック」だろうが、その作者である手塚治虫が医師免許を所持しているという事実は有名であろう。また、ジャンプの黄金期にライバル誌であるマガジンで連載されていた「スーパードクターK」も医師でもあり漫画家でもある中原とほるが原案協力をしている

 無論両作品ともあくまで漫画であるので、内容は必ずしも現実に即しているとは言えない部分も多い。しかし話をそれっぽく見せる為には、ネットですぐに調べる事の出来る今と違って、当時は作者の知識に依存するところが多かったのである

 翻って作者の場合はどうかというと、wikipediaで調べた所、出身大学に医学部は無いようなので本人が医師免許を所持しているという事はなさそうだ。また、単行本1巻のおまけページによると本作品を書くにあたり、郷里の高知に帰って医薬品会社に勤める兄に医師を紹介して貰って取材したとあり、逆に言えば親兄弟みたいな気軽に話を聞ける続柄の中には医者がいない事がうかがえる。これでは本格的な医療シーンを描こうとしても無理な話で、医療コントみたいなものになってしまうのも止む無しだろう

 別にコントが悪いと言うつもりはない。むしろ作風を考えれば本格的な医療シーンよりもコントの方が作者の特性を生かすという意味では良いとも考えられる。ただ、問題は設定上医療を絡めざるを得ないケースが少なからず出てくる事に加え、医療というものは命のやり取りが常の現場である為、コントとしては扱いが難しい部分もある事だ

 その辺りの窮屈さが影響したのか、本作品は15話という短さであっけなく連載終了を迎えてしまう。デビュー作でいきなりのヒットから一転しての短期終了に心中はいかほどであったか。作者はその気持ちを単行本1巻のおまけページで以下のように語っている

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 あっという間の連載だったが作家にとってどの作品も愛着がわくもんで

 この作品が終った時は残念だった。もう少年マンガは書くのはよそうと思った。

 田舎へ帰って小さなスーパーマーケットでも開いて暮らそうかなと思った。

 地域に密着した。地元の人達から愛される店長さんになろうと思った。

 

 まあ、ギャグ漫画家の語る事であるから全てを鵜呑みにする事も出来ないが、こういう事を書いている時点で少なからずショックを受けたのは想像に難くない

 

 本作品の終了後、作者は同年に創刊されたスーパージャンプで「ふんどし刑事ケンちゃんとチャコちゃん」の連載を開始して一時ジャンプ本誌を離れる事になるが、その連載を続けながら88年には「ジャングルの王者ターちゃん♡」で本誌復帰を果たす事となり、それがどれだけヒットしたかについては冒頭で触れた通りである。が、その舞台設定が何でも出来るようかなり緩くなっていたのは、本作品の挫折を踏まえての事だと推測するのは穿ち過ぎだろうか