黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

大晦日のあのイベントの前に

 早いもので今年もあと十日余りで終わろうとしている。この一年を振り返ってみると世間ではロシアのウクライナ侵攻など色々あったものの、私個人においては特筆するべき事は何もなしという年が今年だけでなくここ何年も続いていて、無為に齢を重ねている感で心が押し潰れそうになってしまう

 私の事はさておき、年末と言えば今年も先週に井上尚弥のボクシング4団体統一戦が行われ、あんまり知らないけどどうせ大晦日も何かある(調べたらRIZINがあった)といった感じで、いつの間にか格闘技イベントが定番となっている。私なんかはわざわざ同時期に集中するよりばらけて開催したほうが競合しないでいいと思うのだが、まとめてやった方が相乗効果があったりするのだろうか

 そんな訳で、今回紹介するのはこちらの作品だ

 

 PANKRABOY(87年13号~23号)

 富沢順

 

 作者の経歴についてはこちらを参考にされたし

 

shadowofjump.hatenablog.com

 そして「ガクエン情報部H.I.P.」の終了後、87年13号から本作品の連載を開始したのであった

 中学生の我王獣太は、プロレスラーの父がその跡を継がせるべく幼い頃から毎朝トレーニングをさせられていたが、その父が母の危篤時にも見舞いに来ず試合をしていたという事があった為に本人はプロレスラーになるのを嫌っていた。しかし、父のライバルの娘にして幼馴染である九堂風子の敵討ちにボクシング部の鮫島とプロレス技を駆使して戦って以来、暴走族や本職のプロレスラーなど色々な相手と戦っているうちにプロレスに魅せられていく、というのが本作品のあらすじだ

 ところで、本作品におけるプロレスとは同じ黄金期ジャンプ作品で言うと「THE MOMOTAROH」のようなオーソドックス(でもないような気もするが)なプロレスではなく、ましてや「キン肉マン」のような超人プロレスでもなく、所謂UWFスタイルのプロレスである

 知らない人の為に説明すると、UWFとは本作品から遡る事三年前に前田日明らによって結成された団体で、相手の技は基本的に受けてやる、ロープに飛ばされたら帰ってくる、みたいなプロレスの約束事を排し、打撃技や関節技を主体とした格闘技色の強いスタイルを推し出した事によって従来のプロレスにマンネリズムを感じていた人たちから支持され、熱狂的なファンを生み出した時代の寵児であった

 作者もそういったファンの1人のようで、単行本2巻のあとがきを見ると、従来のプロレスを否定して新しいプロレスの形を模索するUWFの理念に共感を覚えたのか、プロレスが好きなのではなくUWFが好きだとわざわざ言ったり、UWF以外のプロレス界を腐したりと熱狂的を通り越して選民思想的な言動がうかがえる

 ただし、支持されたのは一部の間での話であって、多くの人にとってプロレスという存在は既に興味を失われただけでなく、あんなものは茶番に過ぎないとバカにされる存在となり下がってしまっていた。実際当時の私の周りでもプロレスファンの友人が八百長だのインチキだのと囃し立てられていた光景が幾度となく見られたものである。もう何十年も会っていないが元気だろうか、T君

 そんな時代にプロレス漫画の連載を開始しようという時点で厳しい訳だが、本作品の場合はそれに加えて更に厳しい要素があった

 それは、作者が信奉するUWFスタイルである

 前述のようにUWFスタイルは従来のプロレスの約束事を排した格闘技色の強いスタイルだが、そういったリアル志向のスタイルは漫画としては見栄えがあまり良いとは言えず、向いていないスタイルである。特に派手なバトルが好まれるジャンプでは尚更に。それでも、今現在年末のイベントが定番になる要因となった総合格闘技ブームが起きた後ならこういったスタイルにも面白みを感じる読者も少なくなかったかもしれないが、あいにくそれは90年代になってからの話であり、本作品みたいにこの時代に数ページもかけてワキ固めの攻防を見せられても退屈でしかない。いや、ワキ固めは実際超痛いのだけどそれをわかる人は少数な上、如何せん見た目が地味過ぎて

 作者もそれに気付いたのか、威力は通常のパンチの30倍で技を出した方にもダメージがくるといういかにも漫画的な設定のコークスクリューキックなるオリジナル技(名前に全くオリジナリティが無いのはさておき)を出したが時既に遅し、その頃には連載終了が決まっていて僅か11話にして終了してしまった。皮肉な話であるが、作者の信奉するUWFスタイルよりも従来のプロレスの方が漫画の題材としては優れており、同じ年に開始されて二年以上連載が続いたにわのまことの「THE MOMOTAROH」と明暗がクッキリと分かれてしまった格好だ

 それから三十五年の月日が過ぎ、UWFは一度崩壊後再び結成されるが、内部対立によって幾つかの団体に分裂、その中には今も存続はしている団体もあるものの、名前だけ同じの別物だったり活動実態がなかったりとUWFの理念は露と消えてしまった。それでもネットを覗いてみると昔日のファンの中には今もUWFに幻想を抱き続け、UWFの象徴といえる前田日明を信奉し続ける者もいるが、作者は今どう思っているのだろうか