黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

金田一少年にもコナンにもなれなかった者たち その2

 今回も前回に続き、ライバル誌で「金田一少年の事件簿」や「名探偵コナン」が大ヒットしたのを見てジャンプでも後に続けと連載を開始したものの、短期終了してしまった推理漫画を紹介したい

 

 心理捜査官草薙葵(96年33号~97年5・6号)

 月島薫・中丸謙一朗・岐澄森

作者自画像?

 

 作者は「朱魔罹」で第74回ホップ☆ステップ賞佳作を受賞、同作品が91年増刊サマースペシャルに掲載されてデビューを飾る。更に同タイトル名で92年ウインタースペシャル、そして13号に掲載されて本誌初登場。95年に第2回黄金の女神像争奪ジャンプ新人海賊杯に参加して35号に「心理捜査官三島清人」を掲載、全エントリー作品中2番目の評価を得て連載化が決まると共に原作者(監修・ストーリー)を付け、多少設定とタイトルを変えて翌96年33号から連載が開始したのであった

 構成担当の中丸健一朗はマガジンハウスで「POPEYE」や「BURUTUS」の編集を経て独立、その後も様々な雑誌に編集者やライターとして関わるが、漫画に関わるのは本作品が初めてとなる

 そしてストーリー担当の岐澄森については…残念ながらネットで調べても本作品以外の情報は皆無であった

 そんな本作品は警視庁科学捜査研究所第11係に所属し「殺人博士」の異名をとる草薙葵が、新人女刑事の燈崎と共に数々の猟奇事件を解決する推理漫画である

 ところで、推理漫画で一番重要な所と言えば、やはり探偵役が推理をする場面であり、前回紹介した「人形草子あやつり左近」の左近が人形を操って一人二役で推理するなど各作品が差別化の為に色々工夫する訳だが、本作品が打ち出した特徴は2つある。1つはタイトルに心理捜査官とある通り推理に犯罪心理学を絡める事、もう1つはそれに加えて当時話題になっていたプロファイリングを駆使する事である

 などと言うと斬新な作品に思えるかもしれないが、実はそうでも無かったりする。プロファイリングだなどと銘打っているが、詰まるところ過去の類似事件と照らし合わせて犯人はこういう人間である可能性が高いと言ってるだけだし、犯罪心理学についても確たる証拠は無いが犯人の心理を考えるとこうするだろうという仮定に過ぎず、犯人から失言を引き出す為に一旦話題を逸らせて急に別角度から切り込む話術の誘導旋回法なるテクニックにしても、名前こそついていないが「刑事コロンボ」を始めとして多くの推理もので使用されている。要するにどれもこれも推理ものでは特に珍しくない手法に御大層な名前を付けただけなのだ。ついでに言えば、有能だが変わり者で周りから煙たがれている主人公と正義感の強いパートナーという組み合わせも特に珍しくない

 とはいえ、そういった部分が珍しいかどうかなどは大して事ではない。「人形草子あやつり左近」の紹介でも述べたが重要なのは推理の部分である。そしてやはり「人形草子あやつり左近」同様に問題なのはその推理の部分の質があまりよろしくない事だ

 本作品は推理ものに分類されるものの、作風としては犯人やトリックなどを読者に推理させる材料を満足に与えずに主人公が事件を解いていくのを見せるタイプの作品である。であるならば、読者に謎解きの楽しさを提供できない代わりに話の部分に力を入れて然るべきなのだが、本作品の話は推理ものでよく見られる要素をそれっぽくぶち込んだだけの薄っぺらな感じがして、どのエピソードも凄惨な事件なのにも関わらず、あまり印象に残らないのである

 どうしてわざわざ原作者を、しかも構成担当とストーリー担当と2人もつけておいてこんな事になってしまったのかというと、原作者が推理ものの経験がなかったからである。ストーリー担当の岐澄森については情報が見つからなかったので置いておくが、話の大元を考える構成担当である中丸謙一朗がどんな人物なのか興味がある方は是非ネットで調べてみて本人の事務所のサイトを見て欲しい。漫画に関わるのは本作品が初めてだという事は先に触れたが、それだけでなく関わった仕事の一覧を見ても小説などの物語を創作する仕事も、プロファイリングなど犯罪捜査に関わる著作も皆無で、代表作に本作品の名が見つからなければ同姓同名の別人かと思ってしまう程だ。一体どのような経緯でこの人物に頼む事になったのか全くもって謎である。あまりにも畑違いな人選に、もしかしたら最初から本作品に期待していなかったんじゃないかと勘繰ってしまう

 そう勘繰ってしまう原因はもう1つある。それは本作品の連載化が決まるきっかけとなった黄金の女神像争奪ジャンプ新人海賊杯が、エントリーした新人の作品のうち上位になったものは連載化される事が最初から決まっており、悪い言い方をすればあまり質が良くない作品でも他のエントリー作品よりマシであれば連載化されてしまうのである。そして本作品、厳密にはその前身がエントリーした第2回はエントリー総数4作品のうち3作品が連載されるというハードルの低さであり、しかも全ての作品が短期終了の憂き目に遭うという低調さから第3回が開催される事が無かった程だ(後にコンセプトが同じ金未来杯が開催される事になるが)

第1位の「鬼が来たりて」は13話、第3位の「かおす寒鰤屋」は9話で終了している

 少しフォローをさせて貰うと、エントリー作品が少ないと言ってもエントリー作品を選定する時点で多くの作品がふるい落とされているだろうし、本作品より順位の低かった「かおす寒鰤屋」の大河原遁はジャンプでは奮わなかったものの青年誌に移ってからは活躍しているのだからポテンシャル自体が低かったとは思えない。唯一連載化されなかった「抜繪道士」の山川かおりも数少ない手塚賞入選者だし

 ただ、ポテンシャルは高かったかもしれないが、それを生かせるかどうかは別問題である。話作りは任せられないと判断されたから原作をつけられたのだろうし、絵にしても前回紹介した「人形草子あやつり左近」の小畑健と比べるのは酷にしろ、原作をつけない他の連載陣と比べても特別上手い絵ではなかった。なので、決定事項だから連載化はしなきゃいけないけど、どうせ長く続かないだろうから原作者も適当に決めたのではないか、というのは穿ち過ぎだろうか

 以上はあくまで私の妄想であり、合っているかは知らないが、結局本作品は話も絵も特別見るべきものはなく23話で終了してしまい、今となっては木多康昭との語る価値もない場外乱闘だけが記憶に残る作品となってしまったのであった