黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

昭和は遠くなりにけり

 今から三十八年前の本日9月13日は、野球漫画の金字塔である「キャプテン」や「プレイボール」などの作者としてお馴染みのちばあきおが亡くなった日だ。という訳で今回はちばあきおの作品集であるこちらを紹介したい

 

 校舎裏のイレブン

 ちばあきお

 作者は夜間高校に通いつつ玩具工場に勤めていたが、身体を壊して療養中に兄のちばてつやの手伝いをする事になって漫画に関わるようになり、67年なかよしに「サブとチビ」が掲載されてデビューを飾る。翌68年にはたのしい幼稚園に「あかねちゃんとさくらちゃん」で連載デビュー。そして72年から月刊ジャンプ「キャプテン」の連載を開始する事になるのだが、本書はその頃の作品を収録した初期作品集である

 ところで、私は先日、本書を偶然ブックオフで見かけて購入したのだが、それまでは本書の存在も知らなかったし、本書に収録してある作品も1つも読んだ事が無かった。なにしろ本書が発行されたのは79年と私がまだ小学校にも入学していない頃だし、収録作品が掲載された時期などは生まれてすらいなかったのだから。おそらく多くの人も知らないと思われるので、全収録作品を簡単に紹介していこう

 

 校舎裏のイレブン

 表題作にして71年に別冊ジャンプ2月号に掲載された作品。隅谷中学に赴任した杉本が弱小サッカー部の指導に奮闘するスポーツ漫画。主人公が選手じゃなく監督で、種目が野球ではなくサッカーという差異はあるものの、代表作である「キャプテン」を連想される作品となっている。…のだが、舞台となる隅谷中学はドヤ街(私の主観ではなく作中でそう説明している)にあり、生徒たちは食う為に盗みもやれば恐喝もするという今となってはとても考えられない設定となっている

 

 いってきま~す

 70年にデラックスサンデーに掲載された作品。勉強嫌いの主人公さとしとその教育ママが一冊の本との出会いによって変わっていくファミリードラマ。テーマとしては今も定番ではあるがオチは現代では非現実的で受け容れ辛い

 

 がんばらなくっちゃ

 73年に別冊ジャンプに掲載された作品。作者が兄であるちばてつやのアシスタントを経て漫画家になるまでを描いた実録漫画。因みにタイトルは「キャプテン」の原型となった読切作品と同名である

 

 サブとチビ

 67年になかよしに掲載された作者のデビュー作。主人公のサブが泥棒の手引きをする為に入り込んだ邸宅でそこの娘と出会うボーイミーツガールもの

 

 私のお気に入りは少ないページで作者が漫画家になる経緯と共に漫画家としての生みの苦しさをよく表現している「がんばらなくっちゃ」だが、それも含めて全作品を改めて読み返してみると設定がかなり時代がかっているのが目についてしまう。前回春日井恵一の「アカテン教師梨本小鉄」を紹介した際に同作品を古いだの昭和だのと評したが、そちらは昭和といってもあと数年で平成に替わる頃であり、まだ当時の読者である我々の想像の範疇に収まっているのに対し、こちらは更に十年以上、最古の作品だと二十年近く前の作品とあって、古いを通り越して世相が全く違って最早ファンタジーと言えるような世界観となっている。「サブとチビ」なんか子供が泥棒の手引きをしようなんて話を少女漫画誌に掲載しているのだから、現代と比べると倫理観が狂っていて作品に没頭できないというのが正直な感想だ

 そんな作品群ではあるのだが、後の作者の作品と共通する点も見受けられる。前述の通り「校舎裏のイレブン」が「キャプテン」を連想させるだけでなく、どの作品も根底にあるのは、作者の人間性が反映されているのか、特別な何かがある訳ではないが悪い人間のいない弱者に優しい世界であり、それ故に作品に没頭できなくても読後感は悪くない。…泥棒の手引きをする人間が悪い人間じゃないかと突っ込まれそうだが、食っていく為やむを得ずにやっているだけで芯からの悪人という訳ではないので

 作者が亡くなってから既に三十八年が経ってしまい、作者の新作が読めなくなって久しい。「キャプテン」や「プレイボール」はコージィ城倉によって続編が描かれており、それはそれで素晴らしい事ではあると思うし、作品に対するリスペクトも感じられるのだが、いくら作者に似せて描いてもあくまでコージィ城倉の作品であって作者の作品を読みたいという欲求は満たされない。そんな時は代わりに本書のような(おそらく)未読の作品を読んで、作者が今も健在ならどんな作品を描いていただろうなどと想いを馳せてみてはいかがだろうか。紙の本は絶版だが、同時期の短編集である「半ちゃん」に収録された作品まで入った電子書籍版が配信されているので入手も容易であるし