黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

ラブコメ-ラブ-コメ=

 最近、という程最近でもないが、ラグビーのW杯が日本で開催されて以来、選手が一般メディアやTVCMにちょこちょこ登場したり、BSではあるがレギュラーのラグビー情報番組が開始したりとラグビーが急激にメジャースポーツ化した感がある

 と言っても、以前はマイナースポーツだったかというとそういう訳でもなく、実はW杯は第1回から日本でもTV中継が行われていたし、昔から国内の大きな大会はメディアで結構大きく取り上げていたおかげで、そこまでラグビーに興味ない人でも日本選手権を7連覇した新日鉄釜石神戸製鋼といったチーム名や、高校ラグビーの聖地である花園こと東大阪市花園ラグビー場といった単語は知っているという人も少なくないのではなかろうか

 また、フィクションにおいても「スクール☆ウォーズ」を筆頭に決して多いとは言えないが幾つかあるし、ジャンプにおいても「県立海高校野球部員山下たろーくん」でお馴染みのこせきこうじが黄金期前に「スクラム」というラグビー漫画を連載していたりする。そして黄金期にもラグビー漫画が1つだけあった

 そんな訳で今回紹介するのはこちらの作品だ

 

 ノーサイド(87年43号~88年1・2号)

 ちば拓

作者自画像

 作者の「ショーリ‼」までの経歴はこちらを参考にされたし

 

shadowofjump.hatenablog.com

 その後86年増刊ウインタースペシャルに「ゴール1/2」を、同年オータムスペシャルに「5Mのかなたに…」を掲載。そして翌87年43号から本作品の連載を開始したのであった

 さて、以前「ショーリ‼」を紹介した際に、同作品を作者の代表作である「キックオフ」というラブコメからラブ要素を引いたコメディだと評したが、本作品も「ショーリ‼」と同様、いや、それ以上にラブ要素が引かれてしまい、なんと作中に女性キャラが1人も出てこない。加えて本作品はコメディ要素すら引かれており、結果、ラブもコメも無いノーマルなスポーツ漫画となっている

 主人公である坂本光は両親がおらず群馬の山奥で祖父と2人暮らし。父との思い出は幼い頃に連れて行ってもらった先で見た屈強な男たちが激しくぶつかり合う光景と、試合が終わったら敵も味方も無いノーサイドの心を持てという父の言葉だけだった

 ある日、光は近くでラグビーの合宿をしていた人たちと偶然出会い、あの時見た光景がラグビーだった事を知り、選手たちに混じって参加した事ですっかりラグビーに魅了されてしまい、そして選手の1人からラグビーの名門である本郷高校に入る事を勧められて検討するが、ラグビー嫌いの祖父に止められてしまう。世話になっている祖父を裏切れないと一度は断念した光だったが、迷った末に結局単身上京して本郷高校に入る事となる

 とまあ、そんなあらすじから察せられる通り、本作品はフィジカルが強い初心者が経験を重ねてどんどん上達をしていくという王道的ストーリーのである。…のだが、それにしても上達速度が尋常じゃ無さ過ぎた

 それが良く表れているのが、光が碌に練習もしないままに練習試合のスタメン、それもチームの司令塔と言えるポジションのスタンドオフとして出場するエピソードの「スタンドオフ光!」である

 この試合は光を認めようとしない監督が恥をかかせてやる気をなくさせようと仕組んだものであり、試合開始当初はルールすらよくわからず反則を連発して次々と失点を重ねたチームであったが、相手スタンドオフの動きを見て理解すると即座に同じプレーをやってのけてトライを挙げるとそのままの流れで逆転勝ちを収めるという、前回紹介した「力人伝説 鬼を継ぐ者」の主人公である若貴兄弟顔負けの現実離れした活躍を見せるのだ。向こうはまだ事実だから許されるが(長期連載は許されなかったのはさておき)、完全フィクションである本作品では問題だ

 問題はもう1つある。作者は「ショーリ‼」や本作品の単行本の余白に観戦した試合の思い出を書くほどにスポーツが好きなのは感じられるのだが、そのわりにはどうもスポーツシーンを描くのがあまり得意ではないと思える事である。これは「ショーリ‼」の時にも若干感じていたのだが、本作品で扱うラグビーは1チームが15人もいるうえに選手がボールに密集して入り乱れて描きづらい事で顕著になってしまった。中でも逆境と、そこからの逆転を描くのが苦手なようであり、ピンチが深刻に感じられず、大したきっかけもなくすぐに逆転してしまうのでカタルシスが無いのだ。「ショーリ‼」もそうだったが試合の描写がアッサリなのも、上で触れたように光の上達速度が尋常じゃ無さ過ぎるのも、ここに根本的な原因があるのだろう

 「キックオフ」で成功したラブコメからラブもコメも無くなってスポーツ漫画となったのに、肝心のスポーツシーンに難があるとなっては苦しい。そのせいで前作である「ショーリ‼」も好きだった私ですら正直言うと本作品はあんまり面白くないと感じたくらいなのだから他の読者の目はさらに厳しく、様子見期間の四週間が過ぎると即掲載順が2桁になり、僅か11話で終了するのもやむ無しだっただろう