黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

ラブコメ-ラブ=

 71年にマガジンを抜いて少年漫画誌のトップの座に就いてから95年3・4号で653万部という空前絶後の発行部数を記録するまでの間、常に無敵の快進撃を続けたようなイメージのジャンプであるが、その実編集部では危機を感じた時が幾度もあったという

 その中でも最大級の危機の1つは、サンデーで81年から連載が開始されたあだち充の「タッチ」を嚆矢とするラブコメブームの到来であった。これは単に「タッチ」に加えて既に連載中だった高橋留美子の「うる星やつら」のヒットによりサンデーが急速に部数を伸ばしたという部数的な脅威のみならず、少年漫画誌でラブコメが流行るという事態は友情、努力、勝利といういかにも少年的な3つのワードを三本柱とするジャンプにとってはその根幹が脅かされる感じであったという。ジャンプの第4代編集長だった後藤広喜などは、その著書でこの時と95年に阪神淡路大震災地下鉄サリン事件が立て続けに起きた時がジャンプの読者像が揺らいだ時であったと記しているくらいだ

 そのようにジャンプ編集部はラブコメブームを苦々しい思いで見つめていたのだが、だからと言って人気のラブコメを誌面から排除する訳にはいかず、ジャンプにもラブコメ作品が連載される事となり、それ以降はどの時代でも1つはラブコメ枠、というかエロ枠が連載され、読者を引き付ける手段となっているのだから皮肉な話である

 

 そんな訳で今回紹介するのは、ジャンプにおけるラブコメの草分けと言える作者によるこの作品だ

 

 ショーリ‼(85年40号~52号)

 ちば拓

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自画像から察する通り作者は阪神ファンである



 作者は81年45号に読み切り作品の「キックオフ」が掲載され、翌82年5号から連載がスタート。同作品はタイトルから推察される通りサッカーをテーマにしたラブコメで、同じくサッカーをテーマにした「キャプテン翼」が既に連載中という厳しい状況であったにも関わらず二年近く連載が続いたまずまずの人気作となった。…まあ、作中ではボールを蹴っているより見つめあっている機会の方が多いと揶揄される程サッカーシーンは少なかったのだが。そして85年40号から連載が始まったのが本作品だ

 そんな本作品は、太陽学園の1年生部員である江夏勝利が同じく1年生部員の早見優一とエースの座を争いつつ、甲子園を目指す野球漫画である

 サッカー漫画でヒットを飛ばしたのにアッサリ野球に鞍替えかよ、などと言うなかれ。両者をかけ合わせたようなキックベースという遊びがあるくらいサッカーと野球は親和性が高いのだ。というのは冗談として、当時はスポーツと言えば見るにしろプレイするにしろ野球というのが世の情勢であり、あの高橋陽一も高校では軟式ではあるが野球部に在籍していて、「キャプテン翼」の後に以前紹介した「翔の伝説」をはさんで野球漫画の「エース!」の連載を始めたくらいなのだから

 そして作者もまた実は野球の方が好きで、「キックオフ」の主人公の名前も甲子園で印象的な活躍をした高校球児からとったというのだから、本作品は念願の連載だったと言えるだろう

 だが、その割には本作品は野球の描写が全体的にアッサリしている印象である

 まず冒頭からして主人公の勝利はライバルである優一とエースの座を競って張り合うのだが、その内容はボールを投げてどちらが風圧で女生徒のスカートをめくり上げる事が出来るかというふざけたものであったし、この勝利と優一のエース争いが物語の主軸となると思いきや、早くも第2話で直接的な対決が無いまま監督の裁定で勝利がエース、優一はキャッチャーにコンバートする事となり、優一も渋々ながらもアッサリ引き下がってしまっている

 そして公式戦を迎えるのだが、これまた適当&アッサリで、13話しかないのに関わらず3試合も描写されている程の薄さだ。スポーツ漫画はほんの一瞬の事を何コマにもわたって描く事が少なくないから試合の描写が長くなりがちであり、「SLAM DUNK」なんかは物語内での時間経過の遅さがよくネタにされているが、逆にここまで短いのもなかなか珍しい

 しかしながら、作者は代表作である「キックオフ」からしてラブコメに全力投球で碌にサッカー描写をしていないのだから、ある意味では平常運転だとも言える

 それより問題なのは、ラブコメのラブの要素が「キックオフ」に比べると著しく少なくなっている事だ

 一応本作品にも森ちえみというヒロインが存在しているのだが、勝利と優一が取り合うどころかそのどちらかと良い雰囲気になる訳でもない。「キックオフ」ではサッカーそっちのけで読んでいて恥ずかしいくらいに見つめ合っていたというのに、本作品では優一がクラスメイトと少しいい感じになるくらいしかラブの要素が見つからないのである

 さて、野球を主題にしたラブコメと思いきや野球の要素もラブの要素も薄いとなれば、何が残るであろうか?そう、コメ(ディ)である。そして、本作品は野球漫画やラブコメを期待して読むと肩透かしを食らうが、コメディとして読んでみると、これが意外と悪くないのだ。80年代の作品であるからテイストが古いのは否めないがテンポが良く、大笑いはしないが顔がニヤけてしまうような魅力がある

 ただ、本作品をコメディと認識していた読者は皆無であったし、例えそう認識されていたとしても、不幸な事に当時のジャンプはギャグ漫画の連載陣が非常に強力であった。安定の「こち亀」に加え、TVアニメが絶賛放映中だった「ハイスクール!奇面組」、そして後にTVアニメ化する「ついでにとんちんかん」というラインナップで、「シェイプアップ乱」すら連載終了に追い込まれる状況とあっては生半可な作品では太刀打ち出来ない。結局本作品は僅か13話で終了してしまったのであった

 

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結構ヒットした「キックオフ」の次の作品の割にはあまり扱いが良くない気が