黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

翼だけではない

 突然ですが質問です

 高橋陽一といえば何を思い浮かべるでしょうか?

 え?キャプテン翼

 でしょうね。ではその他に何を思い浮かべるでしょうか?

 え?無い?

 …でしょうね

 

 などと勝手に脳内で連想ゲームを繰りひろげてみたが、実際それ以外のものを思い浮かべられる人はあまり多くないのではないだろうか

 まあ、正直キャプテン翼の印象が突出しているのは否めない。ジャンプが黄金期を迎える以前の81年に開始したキャプテン翼は長期にわたって連載が続きアニメ化も果たすほどの人気作だったというだけにとどまらず、サッカーブームを起こして日本のサッカー人口の底上げに貢献したとされ、私のようなインドア派の人間さえ学校の休み時間にはサッカーをしたりスカイラブハリケーンの練習にいそしんだりしたものだ

 更に本編終了後にはワールドユース編を、ワールドユース編終了後にはヤングジャンプに場を移してプロ編、その後も続編や関連作品をいくつも発表しているのだから、キャプテン翼以外の印象が残っていないのも無理のない話だろう

 

 しかし印象には残っていないかもしれないが、高橋陽一キャプテン翼以外にもジャンプに複数の作品を連載しており、野球漫画のエース!(全9巻)やボクシング漫画のCHIBI(全6巻)は一年以上連載が続いたまずまずの人気作品となっている。高橋陽一は決してキャプテン翼だけの、サッカー漫画だけの人間ではないのだ

 そして今回紹介するのはそんな高橋陽一の手によるこの作品である

 

 翔の伝説(88年39号~89年13号)

 

f:id:shadowofjump:20201109125822j:plain

似ているが断じて大空翼ではない

 

f:id:shadowofjump:20201109125755j:plain

お馴染みの自画像だが本物はもっと目つきが悪いよね(失礼)

 画像を見ればわかるように本作品で作者がテーマに選んだスポーツはテニスである

 主人公である高見沢翔は物語開始時点では5歳。母親は既に亡く、テニススクールのコーチしている父親の涼はかつて学生選手権を制した有望プレーヤーであったが妻を亡くしたショックから酒浸りになり、父を慕っている翔にも冷たいという結構ヘビーな設定で、本作品が始まるほんの数カ月前まで連載していたキャプテン翼の全くと言っていいほどの陰の無さとは対照的だ。勝手な推測ではあるが、作者はキャプテン翼の連載中に思いついたものの、作風にそぐわないから描けなかったアイデアを描こうと考えたのかもしれない

 ところで余談だが、本作品の主人公である高見沢翔が5歳、キャプテン翼大空翼は連載当初は小学生、更に本作品終了後に連載したエース!の主人公の相羽一八も小学生、CHIBIの主人公の仲本智は中学生であるがタイトルから察せられるように小柄で小学生のような体格をしているのだが、もしかして作者はショタ好きなのだろうか

 と、話を元に戻そう

 本作品には主軸となる物語が2つある。1つは当然テニスプレーヤーとしての翔の物語、そしてもう1つは家族の物語だ。これは話の殆どが試合で完結して家族なんか作中に出ていたかどうかも思い出せないキャプテン翼とは決定的に違う点と言えよう

 先に触れたとおり涼は翔に冷たく、テニスを始めさせたのも練習している間はまとわりつかれないで酒が飲めるという酷い理由からだったのだが、翔のひたむきさに感化されてちゃんとテニスを教えるようになるとともに自らはプレーヤーとしてカムバックし、全日本選手権に出場する事を決める

 そして父の練習についていった先で翔はひょんな事から1人の少年と試合をする事となり、ストレート負けを喫してしまう。相手の名は白鳥純、奇しくも涼が準々決勝で戦う事となる高校チャンプ、白鳥研の弟であった

 こうして翔親子と白鳥兄弟の因縁を軸に物語が進んでいく、と思いきや父は全日本選手権が終了するなり渡米、翔は祖父の実家である飛鳥家に引き取られる事になってしまった為に心を閉ざし、誰にも頼らず自分自身の力で伝説を作ってやる、と決意したところで第1部が終了し、いきなり五年も時がすっ飛ばされてしまう。そう言えばキャプテン翼も小6から中3まで飛んだなあ…

 

 そして第2部。10歳になった翔は別人のような変貌を遂げていた

 大会に遅れてきた挙句選手宣誓をしている白鳥純にボールを打ち込むという傍若無人ぶりは誰にも頼らないなんていう孤高のタイプではなくタダのクソガキにしか思えない。これじゃ主人公というよりはライバルキャラのようだ。それもかませ犬タイプの

 本来ならその後ライバル達との激闘や養家の人々との衝突を経てテニスプレーヤーとしても人間としても成長していく姿を描くつもりだったのだろう。…が、第2部が開始してから僅か4話で最終回を迎えてしまい、白鳥純と戦う前の前座的ライバルを相手にピンチを迎えつつも皆の応援でアッサリ改心して勝利したところで終わりという短期終了作品によくある最終回となってしまって正直拍子抜け感は否めない

f:id:shadowofjump:20201110181833p:plain

キャプテン翼の直後の連載作品だけに期待が高く序盤はかなり優遇されたのだが…

 この終わり方は作者も消化不良だったのだろう。第3巻あいさつでは最初の構想の10分の1も描けないまま終わってしまったと悔恨を述べている

 そしてその後悔恨を解消するかのようにキャプテン翼路線ではなく翔の伝説路線を踏襲し、エース!では野球の為に父も叔父も不幸になってしまった少年を、CHIBIでは酷いいじめを受けて自殺を考えるまで追い込まれた少年を主役に据えて新境地を模索していたのだが、キャプテン翼のイメージがあまりにも強すぎるが故に現在では顧みられる事が無いのは残念な事だ

 皆の中にはキャプテン翼(=高橋陽一作品)は作品全体がポジティブ過ぎてちょっと苦手という人もいるかもしれない、というか自分がそうだったりする。本作品はそういう人にこそ是非読んでみて欲しい1冊である