黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

ある意味ジャンプ黄金期を象徴する作品

 先日、Hondaが2021年をもってF1事業から撤退するというニュースが発表された

 15年に復帰以降当初はなかなか結果を出せずにいたものの、19年には復帰後の初勝利を挙げるなど3勝、今年もこれまで既に2勝を挙げるなど好調で、近いうちにコンストラクターズタイトルも狙えるというこのタイミングでの発表にF1ファンは落胆しているだろうが、私を含む多くの人にとっては今更F1とか興味ないわ、というのが正直な感想ではないか

 

 今となってはその程度のF1であるが、かつてはHondaエンジンが絶好調で86年から91年にかけて6年連続でコンストラクターズタイトルを獲得、特に88年は年間16戦のうち15勝を挙げるという圧倒的な強さを見せつけており、更にドライバーでは音速の貴公子と称されたアイルトン・セナを筆頭にアラン・プロストナイジェル・マンセル、そして日本人初のフルタイムF1ドライバー中嶋悟鈴木亜久里といった面々が激闘を繰り広げた事から人気が沸騰、TV中継は深夜にも関わらず高視聴率を記録し、日本GPは録画中継なのにゴールデンタイムで放送されるという熱狂的なブームとなっていたものだ

 

 そんなF1ブームの真っただ中にあった90年のある火曜日、いつものようにジャンプを買って読んでいた私の目に衝撃のニュースが飛び込んできた

 

 ジャンプとマクラーレンがスポンサー契約を締結

 

 当時のジャンプは日の出の勢いであったものの、あくまで日本のみで流通しているいち少年誌に過ぎない。それが世界中で人気のF1の、それも王者中の王者と言えるマクラーレンのスポンサーになるなんてのは前代未聞だ

 という事で衝撃を受けた訳ではない

 私が衝撃を受けたのはスポンサーになった事でマシンに入れられたジャンプのロゴの位置と大きさだ。あまりのインパクトに当時の読者は憶えている人も多数だろうが、コレである

 

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これでも実際よりは大きく描かれていたりする

 フロントノーズの先っぽ、その幅は10㎝ちょっとである

 

 噂によるとジャンプが支払ったスポンサー料は数千万とも億とも言われる。大金ではあるが当時はバブルの真っただ中、走る広告塔とも言われるF1のスポンサーになりたいという企業はいくらでもいるという状況でははした金に過ぎないのだから、今考えると妥当な大きさだろう。それよりも金ならいくらでも出すという企業が数多ある中でマクラーレンのスポンサーを射止める事が出来たのは快挙と言え、当時のジャンプの勢いがうかがえる

 のだが、ガキであった当時の私はそんな大人の事情など汲み取れるはずもなく、こんな所にちっちゃいロゴ入れて喜んでるんじゃねーよと内心悪態をついたものだ

 

 そしてこのスポンサー契約によって1つの短期終了作品が誕生する事となる

  

 GP BOY(90年31号~47号)

 赤井邦彦・鬼窪浩久

 

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 原作担当の赤井邦彦はモータースポーツジャーナリストとして現在も活動中で、今回のHonda撤退の件についてもネットに記事を挙げているのが確認出来る

 そして作画担当の鬼窪浩久は今となっては成人漫画家として有名であり、こちらの方で知っている人もいるのではないだろうか

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おそらく左のサングラスが赤井邦彦、真ん中の芋虫みたいのが鬼窪浩久だろう

 

 そんな2人のコンビによる本作品は、レーサーとして将来を嘱望されながらも事故死してしまった父を持つレーサーの飛鳥トオルマクラーレンのテストドライバーからF1ドライバーの座を目指すレーシング漫画である

 スポンサー契約の中には漫画に描いてもいいという条項があったのだろう。マクラーレン関連の人物はドライバーのアイルトン・セナゲルハルト・ベルガーだけでなくマクラーレンのドンであるロン・デニスや開発部門のニール・オートレイ、Hondaのプロジェクトリーダーの後藤治といったマニアックなメンツまで実名で登場する

 のだが、主人公の立場はあくまでテストドライバーである。故にマクラーレンのマシンをテストドライブはするけどF1に出場出来るわけではありません、代わりにマクラーレン関係のチームでF3のモナコグランプリに出場します、という展開になっており、マクラーレンの看板をデカデカと掲げている割には肩透かしを食らった感じだ

 物語は天性の才を持ちながらも熱くなりやすいトオルと、冷静で卑怯な手も厭わないライバルの対決を主軸とした王道ではあったのだが、結局本作品はスポンサー契約のニュース程のインパクトを残せず17周、いや17週でリタイヤを余儀なくされる事となる 

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最終回前に掲載順が上がったのは日本グランプリ特集号だったから

 1つの疑問がある。何でマクラーレンという極上の題材を手にしながらテストドライバーという日陰の存在をわざわざ描いたのだろうか

 マクラーレンの権利は取れても他のチームの権利が取れなかったのだと考えた事も有った。他のチームを描けないのなら、レースに出る必要のないテストドライバーにすれば他のチームを出さないで済むじゃん(なぜか鈴木亜久里だけ出てたけど)と。しかし本作品の翌年に連載が開始されたFの閃光は他のチームもバッチリ描かれているからよくわからない。翌年は権利が取れたのか、それとも他の理由からか、所詮いち読者に過ぎない私に真相など知る由もない

 

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こちらも短期終了してしまったFの閃光。原作は代わったが鬼窪浩久は続投した

 理由は何であれ、本作品はマクラーレンとのスポンサー契約があってこその企画で、最初から長期連載を意図していなかったのだろう。本作品も翌年のFの閃光も日本グランプリが終わると役目が終了したとばかりに最終回を迎えているのでリタイヤは予定通りだったとも言えよう

 その後、いつの間にかマクラーレンのマシンからジャンプのロゴは無くなり、Hondaも92年限りでF1から撤退(後に再参入)、そして94年にはF1ブーム最大の立役者だったセナがレース中に事故死してしまった事からF1ブームは終息に向かい、一方のジャンプも95年にジャンプの大看板だったDRAGONBALLが終了した事でこれまで右肩上がりだった発行部数が減少に転じるという皮肉な相似を見せる事となってしまった

 今となってはF1もジャンプもすっかり往時の勢いを失ってしまっている。最早両者のコラボレートなど実現の可能性は極めて薄く、例え実現したとしても大して話題になる事もないだろう。そう考えると本作品は両者がまばゆい輝きを放っていたあの時代の貴重な遺物だと言える