今回紹介するのはジャンプ史上最大にして日本漫画史上最大の発行部数を記録した1995年3・4号に掲載されていた短期終了作品、即ち日本で一番読まれた短期終了作品である
この号に掲載されている短期終了作品は2本あるのだが、今回紹介するのはこちら
BAKUDAN(94年42号~95年8号)
このBAKUDAN、読んだ事のない方はカバー絵からしてヤンキー漫画と勘違いしてしまいそうだが、実は撲針愚、いやボクシング漫画だったりする
ところでボクシング漫画といえば昔のあしたのジョーから現在のはじめの一歩まで多くの人気作品が少年誌で連載され、試合内容はほぼバトルと言えるのでジャンプと相性がいいジャンルのように思えるがさにあらず、黄金期には幾つものボクシング漫画が連載されたものの、10巻を超える作品は神様はサウスポーのみで、黄金期以外を含めても人気作品と言えるのはリングにかけろくらいというボクシング漫画不毛の地だったりするのだ
そんな中で敢然とボクシング漫画に挑戦したのは宮下あきら、黄金期を代表する作品の1つである魁‼男塾の作者である
BAKUDANを一言で説明すると少年院上がりの極道、爆燎介が地上げの為に訪れたボクシングジムのオーナーに見込まれ、日本人初のヘビー級チャンピオンを目指すという話であり、こういった設定はあしたのジョーを始めとするボクシング漫画の二大王道と言えよう。因みにもう1つの王道はいじめられっ子が己を変える為にボクシングをはじめの一歩タイプだ。
しかし、基本設定は王道ではあるがそこは男塾の宮下あきら、只の王道で済ます筈がない。第1話からして極道が一堂に会して見どころのある不良をドラフトで取り合うというトリッキーな導入だし、ボクシングを始めたばかりの燎介に課すトレーニングも洒落が効いている
燎介はこの手の主人公にありがちな、地味な基礎トレーニングを嫌うタイプである。そこで主人公が惨めな目にあって基礎トレーニングの重要さを痛感したり、無理矢理やらされながらもその効果を実感して真面目に取り組むようになる、というのが王道だ。競技は違くともSLAM DUNKもそうだろう
だが本作品では「こんなもんやってられるか」と拒否する燎介に対してトレーナーも「だろうな」とアッサリ頷き、別のトレーニングを用意する
それは部屋に放った何匹もの蜂と戦うというものだった
トレーナー曰く「史上最強と言われた偉大なるチャンピオン、モハメド・アリは言った『俺は蝶のように舞い蜂のように刺す』とな。お前はその蜂から多くのことを学び取れるはずだ」と
あまりにも有名な言葉であるが、モハメド・アリはそんな意味で言ったわけではないと思うぞ
更に「日本ではこのハチを使った特訓を取り入れているジムはまだ殆ど無いが、アメリカ南部ではボクサーとして重要な動態視力・反射神経を発達させ防御と攻撃の技術を短期間に飛躍的に上達させるトレーニングとして広く行われている」と宮下節の効いた説明で追い打ちがかかる。最後に「民明書房刊○○より抜粋」みたいな文言が無いので
もしかしたら実際に行われているのではと思って一応調べてみたのは秘密だ。当然ながらそんな事実は見つからなかったが
尚、作中において燎介はこれ以外のトレーニングを一切行う事なくプロテストに合格している
そんな宮下節全開のストーリーに比べ、肝心のボクシングの方はアッサリ風味だ。まだ序盤でファイト内容にページを割けないという事情もあるかもしれないが、攻防は大味であまり見どころは無い
これは1巻のカバー折り返しにも書いてあるが、作者があまりボクシングの事を知らないのが原因だろう
時に例外があるにせよ、作者がテーマとなる競技についての知識が無ければ面白い作品は描けないというのは言うまでもない事であろう。特にボクシングはリングという非常に狭いスペースで、おまけに両の拳以外は使用出来ないという制約の強い競技であり、作者に知識が無ければ細かい描写のない只の殴り合いになってしまう。というか、本作品がまさにそれだ
加えて作者の性分がボクシング漫画に向いていない感じもする
作者の代表作と言えば言わずと知れた魁‼男塾であり、その見せ場は必殺技が飛び交うバトルシーンだ。しかし、よくよく見返してみると大半のバトルはハッタリが効いて派手な反面、決着自体は割とアッサリついている事に気付かされるだろう。これは細かい技術の応酬や心理戦で何ラウンドも戦うボクシングとは正反対の展開だ
思えばトレーニング風景もその気があればちょっと調べてそれらしい描写が出来ただろうにそうしなかったのは作者の性分が許さなかったのだろう。こちらの方がいかにも宮下あきらといった感じで私は好きだが、ボクシング漫画としては決して正解とは言えない
そんなこんなが祟ったのか、本作品は17話で最終回を迎えてしまう。因みにプロテストに受かるまでに16話も費やしてしまい、残り1話でプロデビューから世界チャンピオンになるまでを描くという超駆け足っぷりである
ラスト1話で端折りに端折って強引に大団円までもっていくという展開は短期終了作品でよく見られる事で、拍子抜けする場合も多いが、本作品は作者の筆力とヤケクソさが相まって非常に見応えのある最終回となっている。この最終回だけでも読む価値はあるといえよう
だから私はこう思う。本作品に限っては短期で終了して良かったのではないかと
もし本作品が長期にわたって連載が続いたとしたら、作者のボクシング知識の無さと性分からグダグダになってしまうのは想像に難くない。あの男塾ですら最後の方はグダグダで終わってしまったし
だが本作品作品はそうなる前に終了した事で、最後は駆け足過ぎるという不満はあるものの、何度も読み返そうと思う面白い作品に仕上がっているのだ
漫画の連載は長く続いた方が良いとは限らない。それを示してくれる好例がこのBAKUDANなのである