黄金期ジャンプの影

主にジャンプ黄金期の短期終了作品について語ります

ジャンプを駆け抜けていった異端の漫画家

 何度も説明しているが、当ブログにおいてジャンプの黄金期は「DRAGONBALL」の連載が開始した84年51号を始まりとし、「SLAM DUNK」の連載が終了した96年27号までと定義している

 そして、その約十一年半という間にジャンプで連載を経験した事がある漫画家は原作のみの担当者を抜いても90人を超えるのだが、その中で最も異端の漫画家を一人挙げなさい、と言われたら貴方は誰の名前を挙げるだろうか? などと聞かれても、質問が漠然としている事もあって返答に困るかもしれない

 だが私なら困る事なくこの人物の名前を挙げる

 

 漫☆画太郎である

 

 89年にジャンプがギャグ漫画家の発掘、育成を目的に新設した漫画賞であるGAGキング、その栄えある第1回でキングを獲得した漫☆画太郎は、その受賞作である「人間なんてラララ」が90年6号に掲載されてデビューを飾る。そしてその後幾つかの読切を経て同年49号から連載デビュー作となる「珍遊記」が開始されたのだが、その作品はあまりに衝撃的だった。一度見れば頭から離れないようなクセが強すぎる画風と、それ以上にクセが強すぎる作風は賛否両論を呼び、今でも尚強く印象に残っているという方も多い事だろう。…まあ、悪い意味で印象に残っている方が圧倒的多数だと思うが。だが、どんな意味であれジャンプの黄金期においてこれほどの存在感を放った人物はそうそういないと言える

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画像は不完全版です

 そんな漫☆画太郎であるが、実はジャンプで連載していた作品は意外に少なく僅か2作品しかない。1つは前述の「珍遊記」、そしてもう1つが今回紹介するこの作品である

 

 まんゆうき 94年29号~50号

 漫☆画太郎(正確には☆の中にFが入る)

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作者自画像

 そんな本作品は、かつて妖怪どもによって占領されていた地上から妖怪どもを一掃し、人類を救った伝説の仙人である萬々の弟子、娘々が、再び姿を現した妖怪どもを退治していく仙術ギャグ漫画である

 因みに「ばばあとあわれなげぼくたち」というサブタイトルがついているが、「げぼくたち」と複数形でいいつつ作中に出てくる下僕は娘々1人いない。これはサブタイトルが「太郎とゆかいな仲間たち」といいつつ仲間が玄じょうしか出てこないという「珍遊記」のセルフパロディだろうか。まあ、考えてみれば「珍遊記」と「まんゆうき」という本タイトルからしてモロ被りだし。更に言えば、単行本2巻の表紙カバーにデカデカとババアの画が描いてあるが、このババアはサブタイトルにある件のババアこと萬々ではないどころか、描き下ろしに出てくるだけのババアで本編には一切出てこなかったりする

 ところで、作者について漫画家なのに絵が下手だと思っている方は少なくないだろう。だが、それは誤解であると言いたい。作者の絵は決して下手ではないと

 …いや、別に上手いなどと言う気は無いし、上手か下手かの二元論で言うなら私も前言を撤回して間違いなく下手の方に属すると言うだろう。だが、絵柄のクセの強さ故に実情以上に下手だというイメージを持たれているのではないかとも思うのだ

 まあ、そう思われるのも仕方がない。実際作者の絵、特にキャラクターを見ると、まるで子供の落書きにしか見えない代物である。だが、時々ある細かく描き込まれた背景に目を向けると、線自体は粗雑でリアルとは程遠いものの、描き込みの細かさ故に見辛くなるような事も無く、意外とスッキリ仕上がっているのに気付かされるだろう

 更に特筆すべきは本作品の主人公の娘々だ。作者の描く女性キャラなんてババアかブサイクしかいないと思っている方が多いと思うが、娘々は他のキャラとは違って普通に可愛く描けている。普通なんて言葉は作者を形容する言葉として一番似合わないかもしれないが、マジで良い意味でも悪い意味でもクセが無くて普通に可愛く、実は作者はそれほど絵が下手ではなく、ちゃんと描けばもっと綺麗で普通の絵が描けるのに敢えて汚く描いているのではないかと思ってしまう

 さておき、話の内容の方をもう少し詳しく説明…いや、しなくてもいいか。本作品に限らず作者の作品はいくら説明したところで実際に読まない事には半分も理解出来ないし、読んでもあまりものアクの強さに理解などしたくないと思う方が多数であろうから

 こんな事を書いていると私は作者が嫌いなのかと思われるかもしれないが、逆である。確かに最初に読んだ時は中学生が思いついたままに勢いで描き殴ったような支離滅裂な展開と、露骨なパクりネタや下ネタのオンパレードに嫌悪感を抱いたものだ。だが、本当に中学生ならまとめられずに投げ出してしまうような話を、強引で唐突さはあるもののまとめてしまう力技は作者ならではと言えるし、よくよく読んでみると話のテンポも良く、続きが気になるような所謂「引き」の技術が意外と上手い(個人の感想です)事からすっかり好きになってしまったのである

 だが、そんなもの好きな読者は全体からすれば少数だろう。作者のクセの強すぎる作風は明らかに万人向けではないし、加えて作者は1つ1つの話をまとめるのには長けていても作品全体の流れをまとめるのは得意ではないようで、21話にして終了した本作品ばかりでなく、作者の代表作であり一年以上も続いた「珍遊記」すら結局グダグダになって投げっぱなしな最終回を迎えているように、長期連載よりは読切や短期連載に向いている人材なのだ

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 そんな漫画家としては極めて異端な作者にとって王道中の王道を行くジャンプは居心地のいい所ではないし、ジャンプとしても必要としている人材ではない。本作品が作者にとって最後のジャンプ連載作品となり、その後読切を数本掲載しただけで活動の場を他に求めたのは当然の帰結であったのだろう

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こんな似顔絵を描く漫画家はどう考えてもジャンプ向けではない

 

サンデーより来た男

 前回紹介した「海人ゴンズイ」で、同作品の終了と共にその作者であるジョージ秋山がジャンプを去った事により、ジャンプの純血主義は完遂したと述べた

 だが、それ以降にジャンプで連載した漫画家の中に他誌で実績のある人物が全くいなかった訳ではない。例えば以前3回にわたって紹介した巻来功士などは持ち込みからの再スタートではあるがキングでの連載経験を持っているし、江川達也なんかは「まじかる☆タルるートくん」の連載以前にモーニングで「BE FREE」を五年近くも連載していた

 

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 そして中にはなんとジャンプと共に三大少年誌と称されるライバル誌であるサンデーで連載経験を持つ者もいたりする

 それは桐山光侍である

 代表作の「忍空」は途中で連載が度々中断した挙句、結局完結せぬまま連載が無くなってしまったり、TVアニメ化されたのは良いが原作とは別物だったりと色々問題のある作品ではあったが、間違いなく黄金期ジャンプのバトル漫画を代表する作品の1つであった。因みに、ご存じの方もいるだろうが同作品は本誌での連載が止まってから約十年後の2005年にウルトラジャンプで「忍空 SECOND STAGE干支忍編」として復活を果たし、本誌より遥かに長い連載の末に一応の完結を迎えている

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画像は電子書籍版です

 そんな訳で今回は桐山光侍の短期終了作品を紹介したい。と思ったのだが、作者がジャンプで連載した作品は「忍空」のみである。それどころか、「忍空」及び「忍空 SECOND STAGE干支忍編」以外に単行本化されている作品はおそらく1つしかないので、ジャンプ連載作品でもなければ短期終了作品でもないが、そちらを紹介する事にする

 そう、先に挙げたサンデーで連載されていたこの作品である

 

 戦国甲子園(サンデー91年1月増刊号~7月増刊号、同年33号~92年27号)

 桐山光侍

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作者自画像




 作者は89年、ヤングマガジンに桐山浩二名義の「地球の上のいろんなあなた!」が掲載されてデビュー、90年にはサンデー32号に「嵐の如き男」が掲載される。そして翌91年1月増刊号から連載が開始されたのが本作品だ

 そんな本作品は、主人公の犬江親兵衛をはじめとする徳川高校野球部の面々が、石田高校を打倒しようと奮闘する高校野球漫画である

 石田高校は実に三十年もの間甲子園春夏制覇を続けているのだが、過去に一度だけ苦戦を強いられた試合があった。それが二十四年前の決勝で戦った徳川高校であり、徳川ナインは「里見八犬伝」の八犬士と同じ苗字(一組は双子)であった事から徳川九犬士と呼ばれた。その試合は延長18回の表に石田高校が1点先制した直後、落雷により裏の攻撃を迎える事なくコールドゲームで終了という無念の幕切れであった。そして現在、打倒石田の意思を継いだ九犬士の息子たちが徳川高校に入学して来るところから物語は始まる

 ところで、「里見八犬伝」を下敷きにした野球漫画には先達がある。それはジャンプで72年39号から76年26号まで連載されていた遠崎史朗原作・中島徳博作画による「アストロ球団」だ。そして本作品は「アストロ球団」から着想を得たのかは不明であるが、どちらも常人あらざるプレーが飛び交う所謂超人野球漫画あるばかりでなく、ライバルチームの主砲が実はメンバーの1人だったとか、メンバーの中に双子がいる(本作品の場合は先代九犬士が双子で現九犬士はその子供だが)とか共通する部分が散見される

 それと同時に、作者が同じなのだから当たり前なのかもしれないが後の「忍空」を彷彿させる部分も見られる。「忍空」連載開始当時でもまだ発展途上だった絵は、更に粗く未熟さが感じられるが、その癖のあるタッチで描かれるバトル、ではなく対決のシーンはどこか海外映画のような雰囲気があり、迫力も充分である。また、シリアス一辺倒にならぬようにちょこちょこ挟まれる下ネタ(オナラ多め)で緊張感を和らげるという手法も共通しており、作風はこの時点で既に確立してあると言えよう。加えて、九犬士の1人であるショートの犬川荘助は、伊賀で忍術の修業をしたという設定といい、何よりも丸く見開かれた目と出しっぱなしの舌というビジュアルからして明らかに「忍空」の主人公である風助の原型であろう事が窺がえる

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左が荘助、右が風助。名前も似ている

 そんな読み応え充分な本作品であるが、不満点もある。物語の目的であり、ようやくたどり着いた石田高校との試合は、二十四年前の因縁の続きという事で0-1のスコアで18回裏の攻撃から始まってしまう上、その決着がハッキリ描かれないまま三十年後の未来に飛んで終了という幕切れは消化不良としか言いようがない。更に深刻なのは、作品そのものの問題ではないが、発行されている単行本全6巻では話が全部収まりきらずに最終回含む終盤数話が未収録であり、サンデーのバックナンバーが無ければその消化不良の最終回すら読む事が出来ないという点だ

 この理由については作者がサンデーからジャンプに移籍する際、強引な引き抜き工作があって小学館との仲が拗れたしまった為だという噂があるが、実際のところどうなのかは部外者である自分が知りようがないし、別に知りたいとも思わない。ただ、どんな理由であれ本作品を最後まで読む事が困難である現状は残念であり、いつの日か最終回までを収録した第7巻、もしくは新装版が出版されるのを、連載が終了して三十年近く経った今でも私は待っているのであった

ジャンプの幼年期の終わり

 今から三十七年前の84年11月20日は当ブログで定義するところのジャンプの黄金期が始まった日であるという事は以前の記事で述べた。という事は必然的にそれより一週間前、つまり三十七年前の本日11月13日は、黄金期前の最後のジャンプが発売された日になる

 

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 そこで今回は黄金期前のジャンプの掉尾を飾った作品を紹介したい

 と、その前に、何故84年11月20日がジャンプの黄金期の始まりと定義したのかを改めて説明しておこう。それはこの日に発売された週刊少年ジャンプ84年51号から、黄金期の、いや、黄金期に限らずジャンプ自体の象徴する作品と言える「DRAGONBALL」の連載が開始されたからである。が、実はもう1つ理由があり、その前号である84年50号で今回紹介する作品が最終回を迎えたからでもあるのだ

 それがこちらである

 

 海人ゴンズイ(84年40号~50号)

 ジョージ秋山

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画像は電子書籍版です

 

 さて、ジャンプと言えば既に他誌で実績のある漫画家は起用せずに自前で発掘、育成する所謂純血主義で知られているが、それは創刊時に予算が少なかった為に実績のある漫画家に依頼出来なかったが故の苦肉の策であった事は以前紹介した「さらば、わが青春の『少年ジャンプ』」で述べた

 

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 が、当時はまだ純血主義が徹底されていた訳ではなく、まだ知名度の無いジャンプに興味を持ってもらう為、そしてそもそも新人を発掘育成しようにも一朝一夕で出来る訳ではないという理由からか、全掲載作品数に対する割合は低いものの、赤塚不二夫川崎のぼる、そして手塚治虫といった既に実績のある面々も連載陣に名を連ねていたのである

 本作品の作者であるジョージ秋山もその一人で、ジャンプ初連載となる「黒ひげ探偵長」(69年6号~19号)の時点ではまだ「浮浪雲」や「恋子の毎日」といった代表作は生まれていないものの、67年にマガジンで連載を開始した「パットマンX」が講談社児童まんが賞を受賞した新進気鋭の若手として注目を集めていたところだった

 余談ではあるが、この「パットマンX」は私が物心がつくかつかないかの頃に家に置いてあり、私の漫画の原体験の1つだったという思い出深い作品である。…まあ、今となっては碌に内容を憶えちゃいないのだが

 さておき、作者は「黒ひげ探偵長」の終了後も他誌の連載と並行して「デロリンマン」、「現訳聖書」、「ばらの坂道」、「灰になる少年」、「どはずれ天下一」、「シャカの息子」とジャンプで数々の作品を連載する事になるが、その間にジャンプの純血主義は強まっていき、84年40号で本作品の連載が始まった頃には作者以外の連載陣は皆ジャンプが発掘育成した漫画家によるものになっていたのであった

 そんな本作品は、1854年、乗せられていた奴隷船が難破して八丈島近くの神無神島に流れ着いた黒人少年のゴンズイが、生きる為に奮闘するジャンル不詳の漫画である

 因みに黒人奴隷は基本的にアフリカ西岸で船に載せられ、大西洋を渡って新大陸で降ろされるので、奴隷船が難破しても日本に流れ着く事など無い。などというツッコミは野暮である(ならするな)

 ところで、私は本作品の連載中はまだジャンプを購読しておらず、今回紹介するにあたって読んだのが初めてであった。かなり異様な作品であるという話は聞いていてそのつもりで読んだのだが、それでも感想は異様の一言に尽きる

 神無神島は島流しにされた罪人の島であり、少しでも海に足を踏み入れた者は逃亡の意志ありとして看守に処刑されるという異様な環境。そんな環境故か頭がおかしくなって自分の子供が死んだ事もわからず、挙句にゴンズイを自分の子供だと思い込むアズサなど異様な島民たち。そしてボラやカマスがディフォルメされずそのままの姿で群れを成して人間に襲い掛かるという異様な風景。物語は途中で大人たちが八丈島に連れていかれ、子供たちだけが取り残された事によりジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」的な色彩を帯びてくるが、これから子供たちがどうなるかなんて事も気にならないくらい、ただただ異様な雰囲気に圧倒されてしまう

 そんな感じで本作品はその異様さ故に読んだ者に強いインパクトを与えるのだが、じゃあ面白いのかと問われると返答に困ってしまう自分がいる。と言うか本作品は異様さが目立ち過ぎて面白いのかどうか自分でもよくわからないのだ。だが、これだけは間違い無く言える。本作品は明らかに大衆向けのエンタテインメント作品ではないと

 本作品の連載当時に編集長を務め、「さらば、わが青春の『少年ジャンプ』」の著者でもある西村繁男などは作者と本作品を評して以下のように語っている

 話がすごく面白い人。でも肝心の漫画が全然面白くない。少なくともジャンプの読者からの人気は最下位だった

 なんとも辛辣であるが、その言葉の通りに本作品は連載開始間もなく巻末付近に追いやられて11話で最終回を迎えてしまい、そして本作品を最後に作者がジャンプを去る事で純血主義は完遂される事になる。またその誌面は、入れ替わりに連載が開始された「DRAGONBALL」に代表されるようなエンタメ全開の作品ばかりになり、本作品のように独特な雰囲気を持つ作品が連載される事もめっきり無くなってしまった。そういう2つの意味において本作品の連載終了は旧きジャンプの終わりを告げる出来事だったと言えるだろう

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 そんなジャンプのターニングポイントとなる本作品は、単行本が出版されてすぐに絶版となってしまった為に長らく入手困難であったが、今では電子書籍版が容易に手に入れる事が出来る。因みに「パットマンX」も同様に入手可能なので、興味を持たれた方はこちらも是非

ジャンプナイズの功罪

 ジャンプを象徴する漫画ジャンルは?と問われれば、殆どの人は「それはバトル漫画である」と即答する事だろう。黄金期の看板である「DRAGONBALL」、現在の看板である「ONE PIECE」、そして映画の興行収入記録を塗り替えた「鬼滅の刃」など、ジャンプの歴史はそのままバトル漫画の歴史と言っても過言ではあるまい

 ただし、それらバトル漫画の全てが最初からバトル漫画を志向していたという訳ではない。中には最初は問題解決の手段としてクライマックスに数ページ程度のバトルが行われていたものが、読者の反応が良かったのか編集者の要望かどんどんバトルの割合が増えていき、いつの間にやら目的と手段が逆転してバトルの方がメインとなってしまったものも少なくなかったりする。「DRAGONBALL」なんかも元々はタイトル通りにドラゴンボールを巡る冒険活劇だったのが、いつの間にかバトルがメインとなり、ドラゴンボールは忘れた頃に出てくる便利アイテムと化していたという、まさにその典型例だと言えよう

 Wikipediaによると、このように作品をジャンプのカラーに合うように改変する事をジャンプナイズというらしい。そして、このジャンプナイズによって件の「DRAGONBALL」をはじめ、「幽☆遊☆白書」、「ジャングルの王者ターちゃん♡」など多くの作品がバトル漫画に変身し、人気作品となった訳である

 …が、全ての作品がジャンプナイズによって恩恵を受けた訳ではない

 

 そんな訳で今回紹介するのはジャンプナイズによって逆に魅力が削がれる結果となってしまったこの作品だ

 

 タイムウォーカー零(91年26号~48号)

 飛鷹ゆうき

 

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こんな自画像だが作者は女性である

 

 作者は88年、一条馨名義の「HERO⁉」で手塚賞佳作受賞。90年に増刊スプリングスペシャルに本作品の前身でありタイトルも同じ「タイムウォーカー零」が掲載されてデビュー。更に同年サマースペシャル、38号にも同タイトルの作品が掲載されて本誌デビューを飾る。そして連載デビュー作として翌91年26号から開始されたのが本作品である

 そんな本作品は、時間遡行能力を持つ刹那零が、依頼を請けて時間を遡り、未来を変えようと奮闘するSF漫画である

 物語の基本的な流れとしては、冒頭で依頼を持ち込まれた零が、渋りながらも依頼人やその関係者の境遇にほだされてて結局受諾。その原因となった事件の起こる前に遡って介入。それによって依頼人若しくは関係者の未来がどう変わったのかを描くというSFと人間ドラマを併せたようなスタイルで、1話から数話で完結するエピソードを重ねていく形だ

 主人公の零は右の掌に六芒星の形をしたアザがあり、ここにプラーナ(気)を集中させる事で時間遡行能力や瞬間移動などの超能力が使用出来るのだが、消耗が激しいので超能力を使用し過ぎたり体調が良くない時はアザが消えて超能力が使用出来なくなってしまう。その上、使用出来る超能力も戦闘向きの能力ではない為、時間を遡った先で揉め事に巻き込まれると一般人相手ですらピンチに陥る事も少なくない。そもそも相手を倒す事が目的ではないので逃げる事もあるし、最大のピンチが災害という場合があったりと、その活躍はジャンプの連載作品の主人公としては比較的地味な方だと言えよう

 それよりも焦点が当てられているのは依頼人(若しくはその関係者)の心の内であり、現在の後悔と遡った過去での葛藤、そして零の介入によって変えられた現在の様子の対比など、今読んでみるとベタな展開と思ったりもするが、それでもなお物語として楽しめるものが多い

 そう思っているのは私ではないようで、今回本作品を紹介するのにネットで調べてみると好意的な声もちょこちょこ見られる。なんだ、ちょこちょこかよ、と思われるかもしれないが、当ブログで紹介するような短期終了作品だと憶えている人もおらず、全く語られないような作品も少なく無いのだからかなり異例である

 だが、その作風は連載が始まって二ヵ月を迎えようとする頃からガラリと変質してしまう

 まず、零と同様の能力を持つ九条京介といういかにも漫画的なライバルが登場し、更に5つ集める事で全世界の人々の心を操る事が出来る漏尽珠といういかにも少年漫画的な秘宝の存在が明らかになり、この漏尽珠を巡ってバトルが繰り広げられるといういかにもジャンプ漫画的な話となってしまったのである

 この結果本作品独特の魅力が失われて、ジャンプによくある作品、それも正直作者の特性と合っていないので平均より下のものになってしまったというのが私の感想だ。そしてこれ以降本作品の掲載順は巻末近くに追いやられて22話にして連載終了、その後作者はジャンプで連載を持つ事はなかった

 本作品における作風の転換=ジャンプナイズは失敗だったのか? 結果から見れば失敗だったと言わざるを得ない。だが、そのままの作風で良かったのかというと、そういう簡単な問題ではなかったりする

 下のグラフを見て頂きたい

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 九条が登場して作風が変わったのは8話目の33号からだが、そこを境に一気に掲載順が落ちているのがわかるだろう。そして以前紹介した「ラブ&ファイヤー」でも説明したが、アンケート結果が掲載順に反映されるまでには4週程度のラグがあると考えられる

 つまり、元々の作風からして私や一部の読者からは好評だったものの、全体的な人気はイマイチだったのである。そして何とか人気を獲得しようと作風の転換を試みるも、逆に従来のファンにすら受け入れられなくなるという誰も幸せにならない結果になってしまったのだろうという事がグラフから読み取れる

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 ジャンプナイズという風習が悪などと言う気はない。上にも挙げたがジャンプナイズによって人気作品となったものは枚挙にいとまがなく、その功は非常に大きいものがある。それに本作品にしても、せっかく掴んだジャンプ連載というチャンスをフイにせず、作風を変えてでもなんとか連載を続けたいという作者や担当の苦悩や努力を考えると、そのままの方が良かったなどとは軽々しく口にはできない

 だが、それでもやはり当初の作風のまま最後までやり遂げる本作品が見たかったという気持ちは今も消えず、私の胸の中でわだかまり続けているのであった

柳生の剣は誰が為に

 前回紹介した「甲冑の戦士雅武」の舞台は戦国時代だったが、今回紹介するのはそれより少し後の江戸時代初期を舞台とした作品である

 という訳でこちらの作品だ

 

 柳生烈風剣連也(92年14号~24号)

 野口賢

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作者自画像

 作者は89年に巻来功士のアシスタントを務めた後、91年増刊スプリングスペシャルに「リエカ」が掲載されてデビュー。同年36・37合併号に「幕末人斬り伝 壬生の狼」が掲載されて本誌デビューを飾る。そして翌92年14号から連載デビュー作として開始されたのが本作品である

 尚、余談ではあるが作者は学生時代レスリングをやっており、全国大会で準優勝、国体でも3位の成績をあげたバリバリのアスリートである。そんな人物が何故イメージが真逆の漫画家になったのか不思議なところではあるが、作中にマグネットコーティングやらガンダムをパロッたような台詞がチョコチョコ出てくるので元々素養があったのだろう。考えてみれば刃牙シリーズでお馴染みの板垣恵介もボクシングで国体出場経験があるし、トップアスリートの中にも漫画やアニメが好きな人が結構いるから意外と親和性があるのかもしれない

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巻来功士の「連載終了」でもその事に触れられている

 そんな本作品は、柳生新陰流の使い手である主人公の柳生連也が、さらわれた姉のサヤカを取り戻す為、闘いの旅を続ける剣術バトル漫画である

 さて、柳生新陰流と言えば、かの有名な真剣白刃取りこと無刀取りで知られ、剣術流派の中でもトップレベルの知名度があり、また、徳川将軍家御家流でもある事から漫画に限らず時代物の作品に登場する事が多い。そしてその場合は、主人公サイドとしては幕府の隠密として幕府転覆の陰謀を阻止したり、逆に敵サイドとしては幕府の犬として汚れ仕事に手を染めていたりと、その立場上幕府と密接に関係した役どころとなるのが常である

 だが、本作品の主人公である連也は肩書きこそ柳生本家の人間であるものの、作中ではあまり幕府との関係は描かれないどころか、そもそも殆ど日本にいなかったりする。というのも、サヤカをさらった相手は日本人ではなく、現在でいうトルコを根城とするベルガ人であり、追跡の為に第1話の終盤で既に日本を離れ大陸に上陸しているからである

 なので本作品はタイトルから連想されるような和風な風景ははほぼ見られない。代わりに異国情緒に溢れ、加えて大きな車輪がついて移動が可能な要塞やら装着しても体の動きを阻害する事のない機動甲冑やらが出てくるフィクション色の強い世界となっている。このあたりは「風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」の影響を受けたのだろうか。いや、ガンダムが好きなようだから同じサンライズ作品の「聖戦士ダンバイン」や「機甲界ガリアン」あたりか。と言っても、オーラバトラーや機甲兵みたいな巨大ロボット兵器は登場しないが

 そしてもう1つ本作品の特徴としては、女性キャラが多めだという事が挙げられる。短期で終了してしまったので物語に深く絡み出番の多いキャラは少なく、連也の他に5人しかいないのだが、そのうち3人までが女性という占有率の高さだ。表紙カバー折り返しには「連也のまわりには、いつも美女がいる」などと書いてあるので、本作品がもっと長く続いていれば、それに連れて女性キャラももっと増えていただろう

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 上に挙げた2つの特徴を兼ね備えた作品を黄金期ジャンプで探してみると、比較的近い作品としては萩原一至の「BASTARD!」が挙げられる。あとは、そこまで女性比率が多くないが「ダイの大冒険」も割と近いと言えるだろう。そしてその両作品がヒットしている事実を鑑みれば、本作品もヒットする素地があったと思われるのだが、残念ながらヒットどころか短期終了作品の中でもかなり短い全10話という結果に終わってしまう

 上に挙げた両作品と本作品で明暗を分けた要因は何か? まず挙げられるのはわざわざ加えたフィクション要素が生かされていない事だろう。片やガンズンロウだのメドローアだの設定を生かした豪快な魔法が炸裂する派手なバトルが展開するのに対し、本作品は魔法が登場しないし、移動要塞や機動甲冑も見た目だけでバトルを盛り上げるのに貢献していない。フィクション要素を加えた理由は途中で出会う亡国の公女サーシャの祖国に伝わる古代の超兵器であるアグネアなるものの為だと思われるのだが、短期で終了してしまった為にほぼ触れられる事がなかったので、結果的に全く必要の無い設定になってしまった

 更なる要因としては絵柄の問題が挙げられる。「ダイの大冒険」と「BASTARD!」だけに限らず、ジャンプ、というか少年誌でヒットする作品は総じて線がシャープでポップな絵柄なのに対し、本作品は表紙カバーの画像を見ればわかる通りかなりアクが強い所謂劇画調の絵柄で、しかもキャリアが浅い為に正直あまり上手ではないので、せっかく数多く登場する女性キャラも魅力的に感じられない。人の第一印象は九割は見た目で決まるなどとよく言われるが、本作品も絵柄だけであまりいい印象を抱かなかった読者も少なくなかった事だろう

 そして何よりの要因は、同作品が連載を開始した時には、作品的に近く散々比較対象として挙げた「ダイの大冒険」が既に連載中で人気を博していたという事だ。…以前も同じような事を言った気がするのは気のせいだろうか

 

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 さておき、実際問題として同系統の作品というのは優劣がハッキリつけられ易いものである。そして何か1つにでも明らかに劣っているとみなされるものは別の何かと比較される時に不当に低く見られがちであり、これはアンケートでの相対結果が連載継続の是非を決めるジャンプでは非常に不利に働いてしまう

 勿論これは本作品にだけ言える話ではなく多くの作品、特に競合作品の多いバトル漫画全般に言えるものである。逆に言えば同系統の作品の中でも頭一つ抜きんでた作品だけが長期に渡る連載を成し遂げる事が出来るという事だ。そしてこの過酷な競争こそが数々の名作バトル漫画を生み、ジャンプを日本一の漫画雑誌へと押し上げた原動力なのである

 

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歴史は犬によって作られる

 毎年年末になると、清水寺でその年の世相を一文字で表す今年の漢字なるものが発表されるが、それに倣って黄金期のジャンプで連載経験のある漫画家を一文字で表そうとすると、相当メジャーな漫画化でもかなり困難である。例えばMrジャンプと呼べるような鳥山明にしても、バトル漫画の大家だから「闘」とか「戦」とかと表そうにもバトル漫画は他にも沢山あるし、悟空達の道着に描かれている「亀」と表そうにも「こち亀」の秋本治の事だと勘違いされかねない。結局は名前やキャラから一文字頂いて「鳥」や「悟」とするのが関の山であろう

 だが、今回紹介する作品の作者の場合は簡単に表す事が出来る。それは

 

 

 

 である

 そう、今回紹介するのはこちらの作者の作品だ

 甲冑の戦士雅武(88年35号~50号)

 高橋よしひろ

 

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 尚、画像はジャンプコミックスセレクション版の為「銀牙外伝」というサブタイトルがついているが、連載時及び通常のジャンプコミックス版ではついていないので、当ブログでもサブタイトルは無いものとして扱う事を断っておく

 

 作者は71年に本宮ひろ志のアシスタントとなり、72年に高橋義広名義で手塚賞に応募した「下町弁慶」が選外になるものの編集部の目に留まり、同年51号に掲載されてデビューにして本誌初登場を飾る。翌73年には「おれのアルプス」で手塚賞佳作を受賞して同年35号に掲載。同作品はタイトルから山の話を想像する人もいると思うが実は犬の話であり、この頃から既に犬漫画家の片鱗が見てとれる

 74年には月刊ジャンプの前身である別冊ジャンプ1月号から高宮じゅん名義で武論尊原作の「ボクサー」で連載デビュー、同年4月号からは入れ替わりに「あばれ次郎」を連載。因みにこの高宮じゅんというペンネームは本名の「高」橋義廣、師である本「宮」ひろ志、そして本宮の妻のもりた「じゅん」からとったものだという。更に同年9月号からはまた入れ替わりに結城剛名義で牛次郎原作の「げんこつボーイ」の連載を開始し、75年12月号まで続いている

 76年5・6合併号からは高橋よしひろ名義で「悪たれ巨人」で本誌初連載を飾ると、ほぼ同時に月刊ジャンプ2月号から闘犬漫画の「白い戦士ヤマト」の連載も開始。同作品は「悪たれ巨人」終了後、「男の旅立ち WILD ADVENTURE」、「青空フィッシング」、「翔と大地」と本誌での連載作品が代わっていくのを尻目に月刊ジャンプの看板の1つとなり、その人気を受けるかのように83年50号からは本誌でも犬漫画の「銀牙 流れ星銀」の連載を開始すると、これがアニメ化も果たして作者の代表作となり、作者は犬漫画の第一人者としての地位を確立したのであった

 そして87年13号で「銀牙 流れ星銀」の連載が終了、翌88年2月号で「白い戦士ヤマト」も終了した後、同年35号から連載が開始されたのが本作品だ

 そんな本作品は、戦国時代を舞台に、牙忍=所謂忍犬を育てて戦場に送り込むのを生業としている陽炎一族に育てられた牙忍の雅武が、元々同族でありながら陽炎一族を滅ぼした牙魔一族と闘いを繰り広げる戦国犬漫画である

 雅武をはじめとする牙忍は兜の裏に仕込んだ鬼神針を脳に打ち込む事によって脳を活性化させ、並の犬をはるかに超える能力を得るのだが、その能力たるや犬どころか人間までもはるかに凌駕してしまっている。単行本表紙カバーに見られるように刀を口に咥えて自由自在に操るなんてのは序ノ口で、馬に乗って手綱を操る事も出来るし、人間の言葉を理解して会話も出来る上、テレパシーや念動力等の超能力まで備えているというスーパーマン、いや、スーパードッグぶりだ

 そんな能力を持つ牙忍だから戦場での活躍も凄まじく、雅武を含むたった3匹の牙忍で5000もの部隊を全滅させるし、あの桶狭間の戦いにて小勢の織田信長今川義元の大軍を破ったのも、戦場での牙忍の働きがあっただけでなく、そもそも奇襲作戦を立案したのも雅武であった。まさに牙忍様様である

 身体能力だけでなく頭脳まで優れているのであれば、別に人間なんて必要ないんじゃないかと思う人もいるかもしれない。実際その通りで、陽炎一族の宿敵である牙魔一族は戦国大名をも影で操るという程の力を持っているが、現在の党首の座に就いているのは主人を殺した牙忍であり、一族の人間までもその下知に従っているのだ。作者は「白い戦士ヤマト」、「銀牙 流れ星銀」と犬漫画でのし上がった事から犬に対するリスペクトが強いのだろうが、流石に強過ぎの感がある

 このまま物語が進めば天下を統一して江戸幕府が開かれたのも牙忍のおかげでした、ありがとうお犬様。などとなりそうな勢いであったが、幸か不幸か本作品は作者のジャンプ連載作品史上最短の16話で終了となり、時代の行く末を描かれる事は無かった。流石にフィクションと言えども歴史上に残る戦国大名たちが犬に平伏する姿を見たいという読者は少なかったようである

  

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序盤の掲載順から銀牙の次の作品という事で期待された事が窺がえる

 …いや、実はフィクションではないのかもしれない。考えてみれば江戸幕府の5代将軍である徳川綱吉の通称は犬公方。これは江戸幕府成立に多大なる貢献をした牙忍を敬い過ぎるが故の事だったのではなかろうか? まあ、ないだろうが

平松伸二版「愛と誠」

 今回紹介する作品はこちらだ

 

 ラブ&ファイヤー(85年51号~86年13号)

 平松伸二

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画像は電子書籍



 タイトル名はヒロインである愛と主人公の炎からとったもので、こういうタイトルのつけ方は漫画に限らず昔からいろいろあったりする。「ロミオとジュリエット」、「安寿と厨子王」、「タイガー&ドラゴン」、そして当ブログで紹介した「はるかかなた」等、タイトルを挙げればきりがない程だ

shadowofjump.hatenablog.com

 そんな先達の中に本作品が影響を受けたと思われる作品が存在する。それは梶原一騎原作、ながやす巧作画で少年マガジンに連載し、映画やTV化もされた大ヒット作である「愛と誠」である

 何を以て本作品が「愛と誠」の影響を受けたと言っているのか。その根拠としてはまずヒロインの名前が一緒である事。そして「愛と誠」の主人公である太賀誠には眉間に大きな傷が、本作品の主人公である飛雄河炎には左腕に大きな火傷と、幼少の頃に大怪我を負っている事。更に、誠は両親が蒸発した事で、炎は両親が事故死した上に引き取られた家族まで火事で死んでしまい、共に荒んだ人間になってしまった事などが挙げられる

 そんな本作品は、「愛と誠」のような恋愛物語、ではない。ボクシングチャンピオンを父に持ちながらも、網膜剥離が原因で父が交通事故を起こして両親が死亡、自らも左手に大火傷を負ってしまったが故にボクシングを憎んでいる主人公の飛雄河炎が、かつて父が所属していたジムの娘にして幼馴染の愛と再会した事等をきっかけとしてボクシングを始め、絶対王者であるシュガー・レイ・ジーザスの打倒を目指すボクシング漫画である

 但し、作者が「ドーベルマン刑事」や「ブラックエンジェルズ」でお馴染みの平松伸二であるから普通のボクシング漫画になる訳がない。本作品はジャンプにおけるバイオレンス漫画の第一人者たる作者にふさわしくバイオレンス溢れる作品に仕上がっている

 物語の冒頭、炎は敵対する不良グループとケンカをおっぱじめる。それ自体はボクシング漫画によくある展開だが、場所がアメリカのスラムという事で相手は普通に拳銃を持ち出してくるなど殺意が段違いである。更にその後、強引にボクシングをさせられる事になるが、そのリングには男塾名物撲針愚にでもインスパイアされたのか、ロープの代わりに有刺鉄線が張り巡らされているという過激さだ

 そんなボクシングの範疇を著しく逸脱したような内容でありながらも、ギリギリで、本当にギリギリではあるが、なんとかボクシングとして成立させているのは流石である。このあたりはボクシングではないが、プロレス漫画の「リッキー台風」の連載を二年近く続けた経験が生きたのだろうか

 そしてボクシングを始める事となった炎がボクサーとしての階段を駆け上がっていく、のかと思いきやさにあらず。何故か急に舞台が替わり、「まぼろしボクサー」と呼ばれ、リングに上がれなくなったボクサーの代わりに試合をし、その恨みを晴らすという草影幽児なるキャラが登場して、そのエピソードが中心になってしまうのだ

 キャラ紹介としてライバル的な存在にスポットを当てるような手法は特に珍しい事ではない。だが、それにしてはスポットが当たる期間が長すぎた。何せ4話分丸々が草影のエピソードに費やされ、その間炎も愛も一切登場しないどころか名前すら出てこないのである

 このあまりにもラブ要素もファイヤー要素も無いタイトル詐欺的展開に困惑した読者も少なくなかっただろう。私なんかもいつの間にか別の漫画が始まったのかと思ったものだが、勿論そんな訳は無い。5話後には何事も無かったように炎が再登場してデビュー以来連勝を重ねていると、試合後の炎の前に草影が現れて対戦をアピール。そして二人はさも深い因縁があるかのように激しいファイトを繰り広げるの事になるのだが、二人の間には直接的にも間接的にも何の因縁も存在しないどころか、対戦アピールに来た時が初対面という赤の他人に過ぎないので、読んでいる側としては何で2人がそんなに盛り上がっているのか分からずに困惑してしまう。そして困惑が収まらぬまま、この戦いに片が付くと作品の方も片が付いて13話にしてアッサリと終了してしまったのであった

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 本作品はなぜこんなチグハグな展開になってしまったのか? 私見ではあるが、上に挙げた掲載順の動きから推察できる。草影が登場するのは86年8号なのだが、その直後から掲載順が下がり、巻末近くに追いやられているのがわかるだろう

 アンケート結果が誌面に反映されるには四週程度のラグがあるから、これは草影が登場したから人気が下がったという訳では無く、逆に人気が下がったからテコ入れの為に草影を登場させたのだと思われる

 元々出す予定だったのを前倒ししたのか、人気低迷を受けて急遽考え出したのかはわからないが、どちらにしろ本来の予定通りではなかった事だろう。ここで問題となるのは作者はデビュー以来「ドーベルマン刑事」、「リッキー台風」、「ブラックエンジェルズ」と3作品の連載経験があるが、いずれも一年以上続いた作品で、本作品のように短期終了した経験が無い事だ。それ故、急な予定変更に作者が慣れていない為にうまく纏められる事が出来ずにチグハグな展開になってしまい、結果、テコ入れにならずそのまま連載終了になってしまったのではないだろうかというのが私の見解である

 真相が何にせよ、本作品は展開がチグハグで名が体を表しておらず、連載も短期で終了してしまった事もあり、名作とは言いづらい。だが、草影絡みのエピソードは作品からは浮いてしまっているが、それ単体で見ると腐れ外道に天誅を食らわすといういかにも作者らしい話になっている。本作品は紙の本は絶版になっているが、現在も電子書籍で入手可能な上、「ブラックエンジェルズ」などと違って僅か2巻で完結とい手軽に読めるので平松伸二作品の入門用としてはうってつけなのではないだろうか